「風にたじろがず日々を生きる ~ 5回目の3・11によせて ~」 酒井政秋

2011年3月のあの日からもうすぐ4年。

未だ置かれている状況は『避難』という中の非日常のような日常を送っている。

いつ日常という平穏な暮らしに辿り着けるのだろうか。

4年という月日で自立再建の決断をそれぞれ迫られている。

その中でいつも心は揺れ動き定まらない状況だ。

「安住の住まい」とは、プライバシーが守られ、日々の中で最も落ち着く空間でなくてはならない大切な場所。そこが未だないというのは落ち着かない。

日々、仮設住宅では救急車のサイレンや隣の足音や物音の中で生きるというのは、心を乱される。

飯舘村で育ち暮らしてきたものにとって『音』の変化でもあったと思う。

飯舘村にいるときは鳥の鳴き声、カエルの鳴き声・川のせせらぎ、風の音それが生活の中での『音』だった。

そして、その『音』は四季を感じるとても心休まる当たり前の音だった。

 

原発事故というのはひとり一人の人生や生活を一変させ、住み慣れた環境だった故郷を汚染された。

確かにそこにあっても、自由に入ることが出来ても『生活』ができぬ土地になってしまった。

原発事故前の暮らしは二度と元には戻らない。

あの日あの時の厳しくとも心は豊だった暮らしは、思い出でしか味わえない。

未来へとゆく者として原発事故は日本のどの地域においても、世界のどの地域においても起きてはならない事だと思う。もう歴史は繰り返されてはならない。

 

風が運んできた放射性物質。

いつもわたしたちはこの4年、

ある意味で風に心を乱され続けた日々であった気がする。

風潮であったり風化であったり、良いも悪いも常に取り巻く風がある。

追い風にも向かい風にも成り得る風。

その風にたじろがぬように。

 

歴史の中で人は誰かが最先端として作ったもので、時を経てまた別の関係のない誰かが苦しめられるという現実がある。

そんな歴史の繰り返しで良いのだろうか。

いつもこの時期はやけに大きなプレッシャーがのしかかる。

そして

結びに2011年3月11日から現在まで多くの尊い命が旅立たれた。

人・ペット・家畜・自然

静かに深く祈りたい。

 

 

2015年3月5日 飯舘村の風景

2015年3月5日 飯舘村の風景