私の戦争論 吉田邦吉

私は思う。

何の証拠もないので信じてもらえないと思う。
あくまで仮説として。

部分戦争なら何が驚異だろうと、
支援だろうと、武器を税金で消費できる。

それを、
互いの国が戦争ストーリーを、
結託してしていたらどうか。

儲かるのは重工業と国。
命を供出するのは庶民。

まるで震災原発事故と同じ。
国と国が真面目に正面対立の時代か?

戦争は仕込みで起きる。
戦争はビジネスで起きる。

ミサイルが飛んできていたその
タイミングや情勢を見てほしい。

私達には「敵国」が本当に居るのか?
私たちからむしりとるのは誰だ?

敵は本能寺にあり。
私はそう思う。

成熟をはばむもの   伊藤千惠

7月17日、安全保障関連法案の強行採決に対する国会前での抗議集会に行ってきました。
法案は集団的自衛権が大きな争点でしたが、現憲法では集団的自衛権が行使できないので、今までの解釈を変えようというもの。
しかし、自民党が2012年に策定した憲法改正草案についてのQ&Aでは、「9条1項・2項の全体」の解釈により行使できないので、現行2項を削除して新2項で改めて自衛権の行使には何らの制約もないように規定したと書いてあります。はっきり、違憲なので法を変えると言っているわけです。
改憲はハードルが高いので、現行解釈を変えようというのはずいぶん乱暴なはなしであり、本当に集団的自衛権を行使してアメリカの防衛費を軽減させる必要があるというのであれば、憲法改正を国民に問うべきでしょう。そもそも集団的自衛権は他国をまもることで、自衛のためという理由はおかしいし、議論をつくしたとも思えない。
誰が総理であれ、とてもいやだと思っていたので、採決されてしまったということで、そんなものはのめないという意思表示にいきました。

抗議集会、抗議デモは国民が持つ権利のひとつであり、道路を占有する届けを事前に出します。
国会議事堂前の建物をぐるっと囲む四周の道路は封鎖して、正門前に対面する歩道にステージがもうけられ、主催者のシールズの人たちがスピーチやコールをしたり、議員や学者、ジャーナリストなどのゲストがスピーチします。
3メートルくらいしかない歩道をコーンでしきって、一方に参加者がたまり車道側は人が通行するためにあけておくようです。
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人がたまるスペースがないので、細く長く歩道に人が並び、まるで行列のできる国会議事堂のようです。途中に給水所もありました。
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清志郎のCDをガンガンにかけている人も。
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ステージに近くなると人がぎっしり。若い人が多い。報道陣もたくさん来ていました。
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抗議の内容はネット上でたくさん拡散されているので、ここではふれません。
実は、私がこの日一番感じたことは抗議の内容ではなく、過剰警備とも思える車道側にもうけられた鉄柵と、終始「たちどまらないで下さい、押し合うと危険です!」という警察官の呼びかけと、狭い歩道におしこめられたことからくる閉塞感でした。
まあ、大人数が集まり押し合う危険性もあるでしょうし、車道は原則として使わないというのは理解できます。暴徒と化す可能性はほとんどない性格の集会ではありますが、可能性がゼロとはだれも言えない。いたしかたないことと思いますが、なんだか自立した大人としての扱いではないという気がしたのです。
これはデモや集会に限ってのことではありません。駅のホームでひっきりなしに流される放送や、たばこやに書かれているリスク、電化製品を取り扱う際の注意など、成人であれば一般的に理解していることを、注意は与えたからあとは何があっても自己責任ね、とでもいうようなスタンスは、未熟な社会の証左である感じがするのです。いわば過剰なおせっかい社会は成熟した人間を育てる環境にはほど遠いような。
そんないろんなことを感じた日でした。

帰りぎわ、取材に来ていたロシアのメディアの方に少しお話しをうかがいました。
ロシアの国内向けに世界中の情報を特派員が伝えるそうで、3時間撮影したものを4分くらいに編集されるとのこと。
彼は、ロシア国内では日本人全体が軍国主義に戻りたいかのようにとらえられているので、現政権に反対の人たちもいるということを伝えたいのだと話してくれました。
福島にも取材に来てくださいと言うと、2012年に警戒区域に行った、今はとても複雑な状況なので、明るい話題がないとね、とちょっとことばを選んでの話でした。
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なにか社会全体がきゅうくつな、非生産的なものを疎んじるような雰囲気につつまれており、それが成熟するということをはばんでいる気がしてならないのです。