ご挨拶

こんにちは。天井といいます。茨城県に住んでいます。

この場をお借りして、福島県との関わりの中で感じたことをいくつか書かせていただきたいと思います。その前に、僕自身の震災後の福島との関わった経緯を少し書かせてください。

震災時、僕は茨城県水戸市に住んでいました。
当時していた仕事の合間に、
被災した近所や水戸市内や大洗町で復旧作業を手伝っていました。

一週間ほどすると徐々に自分の生活が落ち着き出し、
テレビが伝え続けていた東北で何かできないかと考え始めていました。

そんな中、出会ったのが「茨城NPOセンター・コモンズ」というNPOでした。3月中旬から茨城県北茨城市や福島県いわき市への物資支援活動を始め出していた団体です。

物資調達・整理の手伝いに参加し、4月から始まったボランティアバスでいわき市へと通いました。6月からはNPO職員になり、いわき市へと派遣され、市内に設けた事務所を拠点に動き始めました。いわき市で出会った方々の話を聴きながら必要な場所で活動をするというものでした。

主な活動としては、

・小名浜地区災害ボランティアセンターの運営サポート
・他の地域より復旧の遅れていたいわき市北部の久ノ浜での活動
・避難所から仮設住宅に移った方々の話しをうかがうこと
・新たな住宅での自治会発足のお手伝い
・仮設住宅内の広場で子どもたちと遊ぶこと
・福島県内の状況や活動している方々の情報収集・情報共有

また、原発事故の大きな影響として
福島県(東北や関東)から全国へ移り暮されている方々が多くいます。

2011年後半には団体として茨城県内に移ってこられた方々へのサポート体制をつくっていくことになり、それに合わせて僕も2012年始めに水戸市へと戻ることになりました。

それから2014年春に退職するまでの2年間は
茨城県内の団体と連盟でつくられた「ふうあいねっと」の事務局として

・つながりの場づくり・情報面のサポート
・相談の橋渡し
・支援団体間の調整役
・福島県と行き来して福島県のことを知る

などをしてきました。
その中で産まれてから約2年づつ住んでいた
福島、宮城、岩手のことに気持ちが入っていきました。

やってきたことだけ書くと沢山ある気もしますが
若いからこそできたこと・できなかったこと。
よそ者だからできたこと・できなかったこと。

求められていることに対してできたこと・できなかったこと。
なにをやっているんだろう、なんて無力なんだと思うこともありました。
そんななか気の合う方々に出会ったり、可愛がってもらったり、
福島、宮城、岩手で過ごしてきた子ども時代のことを思い出したり、
たくさんの感情や視点や状態とも巡り合いました。

それが嬉しくもあり、楽しくもあり、悲しくもあり、苦しくもあり。
明確な答えはないし、浮き沈み変化も確実にすると思いますが
答えはシンプルなものの中にある気がしています。

そんな未完成な状態の中にも、
今は確かに「その何か」が自分の中にあると感じています。

長くなりましたが、どうそよろしくお願いします。

天井優志