書の海を漂う~乱読日記*その五  「読みと他者 : 吉川宏志」   伊藤千惠

短歌時評集2009-2014年「読みと他者」  吉川宏志著  いりの舎 2015.11.10発行

日ごろ、短歌にいそしむわけでもなく古典に明るいわけでもないが、時おり目にする歌の表現に新鮮な驚きを覚えることが多い。
「ことば」に心を砕くのは文芸を生業とする人には当然のことだけれども、それにしてもごく個人的な体験が短いことばを媒介に、
こころの深いところまで届くことの魔術的すごさ。
なんてことを少ない短歌経験のなかで思う。

いりの舎発行の「うた新聞」に、おもに新しい短歌を紹介した「これからの秀歌」という吉川宏志氏のコラムがある。みずからも塔という短歌結社を主宰する歌人である。
毎月、びっくり仰天の新人の短歌や(私だけが)知らなかった名歌をていねいに解説、知識のない私にでも共感でき楽しみにしている。
短歌の評論集なんて読むのははじめてだが、吉川氏の2009年から2014年までの時評を中心にした本を読んでみた。

私は長いこと幻想文学や虚構の世界を愛読していたので、現実生活の一部をきりとったような描写や、花鳥風月をうたう、自然をめでることを少し軽んじていた。今日はこれこれをしました、というような報告日記みたいなもんははつまらないと思い込んでいた。けれども、この本を読んで自分の「読み」の甘さに蒙をひらかれた思いである。

他者の日常的な体験がそのひと固有のことばとリズムで詠われることで、自己の感情が揺さぶられたり共感したり反発したり、他者との関係性がたちあがる。
吉川氏は、他者を完全に理解することは不可能であるが、短歌の読みは自他とのあわいに新しいものを創造する行為ではないかと言う。
その「読み」は作った歌人とも他の読者ともそれぞれ違うかもしれない。むしろ違って当然であろう。読みかたに正解はない。
すぐれた「読み」にであったとき、自分も何か言いたくなることを「対話可能性」と彼は言う。
歌の感想や意見を語り合うことで、他者と触れるフィールドがさらに広がる。他者の価値観にも触れようとすることが短歌の読みには必要であると。

これは、私たちが日常生活で他者とコミュニケーションするときも心に留めおくべきことだろう。
小説や絵画の解釈をめぐって他の人と議論するなんて、ふつうの人は日常生活ではやらないだろうが、たぶん俳句や詩歌に親しんでいる人たちは、自分のし好は別にして「読み」を評価しあうという素地が伝統としてあるのだろうと推測する。

他者に対して開かれているからこそ、時代を敏感に感じとり危うさを感じる歌人が多いと感ずる。吉川氏の原発事故に対する当事者としての姿勢、社会を詠った作品に私は非常に共感する。ともすれば二項対立の不毛な論争に終わりがちな原発や社会問題に対して、タブーを作らない、誰もが言いたいことを言える言語環境を作ることが率先してやることだという意見に深く首肯する。
「ことばによって人間が操られている」という彼の指摘もまた重い。
大量消費された「ことば」は、すぐさま手あかがついて薄っぺらなものになる。歌人のことばに対する感受性、自分固有のことばであろうとする姿勢は私たちも見習いたいと思う。

素人ゆえ、もうひとつ蒙がひらかれたのは、短歌の定型がリズムをうみだすというところ。ラップや韻を踏むというようなことば遊びもあるけれど、ビジュアルにとびこんでくることばの羅列がリズムを持つというおもしろさ。
文体がその人をあらわす、ということもあるのだ。
技巧的に使われると深みのない歌になってしまうのかもしれないが、自己とことばとの間にかい離のない作品は、激しいものも生活をうたったものも関係なくひきつけられる。

ここでは具体的な歌をあげなかったけれど、「読みと他者」には、多くのすぐれた歌をひいて読みを紹介している。短歌になじみのない人でもわかりやすく、他者のことばがどのように輝きを放っているものか味わってみることを皆さんにおすすめする。

紹介コーナー 『歌集 青白き光』 佐藤祐禎 : いりの舎文庫  -伊藤千惠

歌集「青白き光」 :佐藤祐禎 入りの舎文庫

歌集「青白き光」 :佐藤祐禎
入りの舎文庫

いつ爆ぜむ青白き光を深く秘め原子炉六基の白亜列なる

わが町に稲あり魚あり果樹多し雪は降らねどああ原発がある

鼠通るごとき道さへ舗装され富む原発の町心貧しき

「この海の魚ではない」との表示あり原発の町のスーパー店に

反原発のわが歌に心寄せくるは大方力なき地区の人々

原発に勤むる一人また逝きぬ病名今度も不明なるまま

原発に怒りを持たぬ町に住む主張さへなき若者見つつ

(歌集 青白き光〈いりの舎文庫1〉より)



これらの短歌は、いずれも2011年3月11日以前に詠まれたものです。
詠み人は、福島県双葉郡大熊町で農業を営みながら、反原発をうたってきた佐藤祐偵氏。

75歳にして初めて上梓された歌集「青白き光」は、平成16年発行当時、安全神話がまかり通っていた時代ゆえに問題作とはならなかった、とあとがきにあります。
原発事故後、「予言の書」として注目され、平成23年12月に文庫版としていりの舎から再版。カバー裏の写真は、まぎれもない農業者の朴訥な顔を映しだしています。

「青白き光」というタイトルを見て、私はまっさきに東海村JCO事故を思い出しました。
短歌や俳句、古典などに浅学な私にも祐禎氏のうたはまっすぐに入ってきます。

事故後、家族バラバラの避難生活を余儀なくされ、2年後の平成25年3月12日にいわきの病院で逝去されています。


七人の家族が五ヶ所に別れ住みケイタイに日々の言葉をつなぐ (福島県短歌選集 H23)

原発にわれの予言はぴたりなりもう一度いふ人間の滅亡 (避難後、歌集未収録)

(いりの舎発行:うた新聞 2014年3月号より)


祐禎氏が師に言われたという、『今歌わなければいけないものを詠め』
ということばが深く刺さりました。