中筋純写真展<The Street View. Chernobyl to Fukushima>を見る   伊藤千惠

中筋さんはチェルノブイリ、そして福島県浜通り地区をずっと撮り続けている。
原発事故後の「流転」していく土地の姿。
事故の起きたその日の刻印が押されたまま、生活は途絶し、町は廃墟となり、少しずつ緑に浸蝕されていくプリピャチの町。
富岡町や浪江町、大熊町はまだ人の息づかいが感じられ、
ギャラリーの壁に広がる“ストリートビュー”さながらのパノラマ写真を前に私は困惑する。
時の浸蝕途上にある町の人たちがいる。
遠いロシアの地ではなく、自分の生活圏内に。
そのことをかみしめる。

うず高く積まれたフレコンバックや、富岡町の凄絶なる混沌とでもいうべきスーパーマーケットの写真が当事者のごとく訴えかけてくる。
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浪江町出身の歌人、三原由起子さんの短歌が中筋さんの撮った浪江町を背景にうかびあがっていた。
「二年経て 浪江の町を散歩する Googleストリートビューを駆使して」
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三原さんの歌集「ふるさとは赤」には、原発事故以前と以後の歌がおさめられている。
みずみずしい、十代の頃や結婚前の心うきたつような歌と
事故後の憤り、揺れうごき立ちどまるかのような思いの歌と。
ストレートなことばがあざやかに響き共振する。

「iPad片手に震度を探る人の肩越しに見るふるさとは 赤」
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銀座という華やかな消費地にて、ぜひとも東京の人に鮮烈なるFukushimaストリートビュー体験をしてもらいたい。

The Street View.
-Chernobyl to Fukushima-
銀座ニコンプラザ
2/3 (水) ~2/16 (火)
10:30~18:30(最終日は15:00まで)
休館:2/6(土)・7(日)銀座
https://www.facebook.com/events/1708451556066740/

ようやく戻れた町…まだ戻れぬ町を歩く(下)  米田博

(中巻から続く)

2016-01-03-21-08-05_deco長い坂道をのぼりながら楢葉の竜田駅へ向かう

福島第二原発の社員専用と書かれたバスを何度も見る

乗っているのは、1人か2人…

なんだかなぁと思いつつ歩いた

15時の水戸行きの電車に乗り込んだ。

広野、いわき、そして水戸

どんどん乗客が増えていった。

耳に聴こえてくる言葉が福島弁から茨城弁にかわる

福島から離れていくんだなって感じた

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お腹が空いたから駅のすき家に入ってカウンターに座った。座ってびっくり、私以外、カウンターに座っているのはインド人。インド人がすき家のカレー食べてる。甘くて口にあうのかなぁ

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また、電車に乗り込んだ

人が多く座れない。足が痛ってぇと思いつつ

こんなに人がいるんだ…

人がいない町を見たあと

この差に戸惑う

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東京駅で降りてみた…

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薄気味悪い空に高層ビルが建ち並ぶ東京

澄みきった青空のもとにひっそりしているまだ戻れぬ富岡

同じ日本なんだよね…

被災地を置き去りにして、私の故郷の鹿児島では2基の原子炉が稼働している

偉い人が口にする福島の復興…ますます意味がわかんない

復興すべきは、この薄気味悪い空の下の

人の心じゃないのかな…

ようやく戻れた町…まだ戻れぬ町を歩く(中)  米田博

(上巻から続く)
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2016-01-02-11-13-53_deco2016-01-02-11-55-36_deco楢葉から富岡へ、山道を福島第二原発の排気塔を横に見ながら歩いた。富岡に入った途端、少し線量が上がった。

1ヶ所ホットスポット、高めでアラームが鳴るように設定したガイガーがいきなり鳴り響く。

ホットスポットの印のピンクのヒモ、フレコンバックが積まれていた。

線量が高くて除染しきれないんだろう…

足早にそこを通り過ぎた。

2016-01-02-11-17-35_deco県道244号線から国道6号にでて富岡を目指す。

通る車のドライバーのほとんどと目があった。

ここを歩く人間がめずらしいんだろうな。

パトカーも減速して私の顔を見て通り過ぎていった。

なんか、目立っている気がして…裏道に入り海沿いから富岡駅に向った。

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2016-01-02-01-01-03_deco写真館のウインドウに貼られた夜ノ森 桜まつりのポスター

2011.4.9開催と書かれていた

時が止まったまま…

DSC_2629解体の工事もだいぶ進んで更地になっている所も多い

富岡を歩き街並みをみて

生活しやすそう町だなと素直に感じた

でも震災…放射能…

この場所を奪われた気持ちって…

2016-01-02-14-22-43_deco2016-01-02-11-16-15_deco2016-01-02-14-23-09_decoあんまり高くないんだなと思いながらまちを歩くと国道6号
そこを横断した途端…ガイガーが鳴り響いた。

2016-01-02-14-20-29_deco2016-01-02-14-16-51_deco1μSv/hをこえる所でモニタニングポストがあった。近づくと少し下がった。でも、モニタリングポストの数値は表示されていない。故障なのか…どうなんだろうね

2016-01-02-01-02-53_deco夜ノ森駅まで行きたい気持ちはあったが、あそこは、線量がここの何倍もあるはず…

そして14時になろうとしていた。

15時までに町外にでてくださいと防災放送が鳴り響く。

町外にでるのに1時間はかかる…

楢葉の方に足を向けた。

2016-01-02-01-03-20_deco帰り道、鳥が柿をつついていた…

ごめんね…

そんな言葉が頭に浮かんだ

2016-01-02-01-08-47_deco帰り道に咲いていたタンポポに

強いね…

と声をかけた

2016-01-03-17-08-58_decoまだ戻れぬ町…富岡

富岡は負けん

という横断幕の文字に

なんとも言えない気持ちになる…

15:00ちょうどの水戸行きの電車に乗った…

5時間、歩き続けた…

ちょっと疲れた

6時間かけて東京へもどる

(下巻へ続く