南相馬のしんさいニートは東京で漫画を  カトーコーキ(下)

中巻から続き)

高田「自分で作った陶器を販売なさっていたんですよね?」

カトー「陶器に対しての情熱がそんなにはなかったんですね。バンドをもともと東京でやっていて、それではやっていけないからそのかわりという感覚が陶器にはあったのかもしれない。陶器は音楽のかわりにはならなかったですね。かわりにしようとしたことが間違いだったんでしょう。

陶器作りに夢中になれなかった自分を考えると、今の方がきっとイキイキしていると思います。お店は素敵な空間ではあったけど、自分の生き方としては、震災後の方が自分に対して真摯だと思います。

伊藤「美容師には執着がないんですか?」

カトー「これから描くところですが、美容は徒弟制度の名残が強くて、カウンセラーは美容に戻ったらまた同じになると言うんです。型にはめる教育に意味を見いだせなかったんですね。父が僕にした教育とかぶってしまって。一人前になるまで耐えられないと思ったし、自分のやりたかったようなアーティスト的な美容師はとても少ないし。

カトー「最近思ったことがあって、人間は容姿とか才能とか生まれとか、平等ではないと。しかし唯一、死だけが絶対に平等に誰の上にもある。父の死と震災があって、死ぬということを人間が忘れかけている、遠くに置きすぎていると思ったんです。

科学や医学が発達して、死が特殊なことのように感じているけれども、実は病死も災害死も同じだと言う気がする。お坊さんに言うと、仏教の考えに似ていると言われました。
見えないものを遠くに置きたがるが、見えないからなくなるわけではなく、必ず死ぬと言う約束の上に立っていると。動物であるということを忘れすぎていると思います。

自分は何で人間として生まれてきたんだろうと思うんですよね。生物の中で一番偉い雰囲気出しているけど、本当は劣っているんじゃないかと思っていて。例えば人間は美味しければ際限なく獲ってしまうが、動物は自然にバランスを保つじゃないですか。
ケモノはすごいなかっこいいなあと。人間はずるいし。美しくない。自分もずるいところはいっぱいあるけど。

星野道夫さんという写真家が好きで、アラスカで熊に襲われて亡くなったんですが、素敵な死に様だなあと思いました。」

高田「冒険家とか登山家とか自然の中に入って行く人って、自然の中に消えていくみたいな感じはありますよね。」

カトー「それは、僕らのいる現代社会へのアンチテーゼではないかと思いますね。
CDの2曲目の『星の遊び』という曲は、熊を殺して自分を生かすという歌詞なんです。
結局、人間は殺生しないと生きていけない。最初から罪を背負って生きている。
僕らは星に生かされているというか、遊ばれているという感じがする。そういう関係性。

この漫画を描き終わったら、もう余生だという思いがあって。たとえ出版されなくても、やることはやった、使命は果たしたと思える気がするんです。どれだけの人に響くかわからないけれども。

高田「カトーさんの漫画はシンプルだけども、下手すると文章よりすごくよくわかる。ひとコマ、ひとコマに凝縮されているんですよ。」

カトー「すごく嬉しいです。僕には他の地域の人のことはわからない。唯一わかることは、僕が感じたことだけです。注意しているのは誰かを傷つけることを書かないということだけで、あとは制限していない。経験したことを感じたままに伝えることだけが自分の仕事だと思っています。明確な立ち位置があるのでぶれようがない。だから伝わるのかもしれない。

からだを割って、心臓をとりだしたときに芯の部分で何を感じてるのかということが真実なのだと思う。
僕は自己分析に関しては自負があって、これをどう説明すれば自分の感情がわかってもらえるかを念頭においています。心の動きを文章にするにはいかに言語化できるかが勝負で、ずっとそれをやってきたから、いい形で表出したのが漫画だったのかもしれないですね。

今の状況がいいとは思っていないけど、30年を半年でなおすのは難しくて、時間も人の助けも必要だと思っています。漫画や音楽の存在が必要なんです。それでゆっくりやっていけるようになるのではと思っています。これが仕事になるのが最高だけど。」

彼はとうとうとよどみなく話してくれた。
実によく自分を観察し分析し把握している。
決して自分をごまかさず一心に見つめることで、逆に苦しさが募ってしまったのかもしれない。しかし、そこから生み出される漫画や楽曲が私たちの心をとらえる。
すべて手書きのジャケットとブックレットと漫画と、とても魅力的です。

CD「しんさいニートのテーマ」

CD「しんさいニートのテーマ」  (撮影:伊藤千惠)

CDジャケットの消しゴムはんこ

CDジャケットの消しゴムはんこ (撮影:伊藤千惠)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

南相馬のしんさいニートは東京で漫画を カトーコーキ(中)

上巻から続き)

伊藤「漫画を見ると、お父さんの影響は大きいですよね」

カトー「これまで、自分が考えている既存の働き方に固執し、それに何かやりたいという衝動を抑えつけられてきたんですが、それを一回捨ててしまおうと。どこかの企業に就職して給料をもらって生活することが、社会人としてのあり方だと自分の中に強く植えつけられていて、それは親の教育によるものでした。

自分ではそう思っていなかったけど、あなたの受けたトラウマから考えると、お父さんの教育は精神的虐待に当たる、とカウンセラーに言われショックでしたが、楽になった気持ちもありました。だから僕はこうなってしまったと理由づけられたので。今までそれがなかったから苦しかったんです。自分が悪いと思っていたから。

カウンセリングを受けて、ずいぶん楽にはなりましたが、まだ少し苦しいです。
30年間苦しんできたものが、そうそう置き換えられない。だからこそ、教育は大事だと思いましたね。子供を持つことに対して恐怖があるんです。自分以外の人間が自分をコントロールしようとする行為、外的コントロールというんですが、それを受けた人間は同じことを人にしてしまうという連鎖がこわい。

それ以前に、自分は人を愛する機能が備わっていないという感覚を持ってしまっているんです。自分が人を愛するためには、コップの中に親が注いでくれた愛がないと人に注げないという理屈を持っているんですね。この年齢でもう一度自分を再構築しようとしたとき、誰かを愛せるのかなと思うと難しいと思わざるを得ない。また同じように人を傷つけてしまうのではないか。そうすると自分も傷つく。それは自分でよくわかりますから。
そういう苦しみはすごくあるけど、漫画や音楽で自分を表現できるようになってきたことに関しては良かったなと思います。

自分の人生に意味があるとはそんなに思ってないんですが、何か使命があって生まれてきているとしたら、この漫画を描くことだと思っています。日本に生まれて、 あの場所で育って、原発事故にあって、いろいろ苦しい思いをして、ここまで生きてきたことの理由づけにしたいなと思っているんです。

本当は、僕は人間の生に意味はないと思っている。だから、あんなに簡単に津波で人が亡くなるし。人間は知能があるから意味づけたがるけど、動物としては子孫繁栄にしか意味はなくて、自然はそんなもの関係ないですよね。
震災以降に組んだバンドなので、作る歌もそういうことになりますね。」

伊藤「以前やっていたバンドは、そういう感じではなかったんですか?」

カトー「多少はあるかもしれませんが、今ほど明確な感覚や思想はなかったですね。
漫画を描く以前に、カウンセラーに何でもいいからやりたいことをやってくださいと言われたとき、音楽がやりたいと言ったのですが、書くことがなくて困っちゃった。
漫画を描き始めてからいろんなことが整理できるようになって、そのあとにバンドを組んだので書くことができました。それ以前は何を歌っていいかわからなかったんです。今は明確に言いたいこともありますね。

昔は誰かの真似といわれることに抵抗があったんですが、今は開き直って、誰しも影響はあると思えるようになって楽になりました。今ほど楽しく音楽をやれているときはないですね。ずっと苦しかったので。」

高田「いろんな人のいろんな気持ちを聞くと、その時点でぶれたりするけど、カトーさんはぶれてないと思ったんですよね。」

カトー「僕は宗教を全然否定しないけど、僕自身は無宗教で、震災以後、自然信仰に近いんだなと感じてるんです。勝手にガイア派と呼んでますが。(笑)信仰までいかない。
星に対して動物としての人間でしかないという感覚。熊や鹿や犬や猫とたいしてかわらない。多0少、知恵があって科学が発展し、自分もそれを利用するし悪いとは思わないですけど、生命としての分をきまえていないと思うんです。

どこか根底に自分たち人間の力に対しての過信があるから、あんなところに原発を作る。津波も噴火も地震も台風も、自然の営みとして当然あるだろう。人間はそんなにたいしたものじゃないという地点に立っているからぶれないんだと思います。

他人の立場は理解できるし、それぞれ正義を貫けばいいと思う。それで僕は勝手に傷つくけれど、仕方ないことだと思うんです。だから、僕は現地人としてできることをただするだけで、それをどう受け止められようがかまわない。全員がこの漫画をいいと思ってくれなくてもいいんです。どう思ってくれてもいい。

本がとても好きな人に、あれは現代版人間失格だね、と言われたのがすごく嬉しかったですね。社会に順応できなくて人も愛せないクズ人間の話でしょう?と。言いたいのはまさにそこなんで嬉しかった。こいつクズだなと思ってくれてもいい。」

高田「それは関心があるからそう思うんですよ。」

カトー「そうそう、漫画がきっかけになって何かを考えたりするステップになればそれでいい。出した瞬間、自分のものでなくなるから。ただ、出すにせよ極端なことを言って気持ちよくなりたいような出し方はしたくない。みんな面白いと思うところが違う。それでいいと思う。

いま自分のやっていることで、地元の人たちや県内外の人たちを傷つけたくないと思っているんです。あくまでもこういう事実があって、自分はこう考えたということを発表しているだけで、誰も傷つかなければいいと思っているんです。

『しんさいニートのテーマ』という曲のなかに、「帰りたい、帰れない、戻したい、戻せない」という詞があるんですが、帰りたければ帰れるんですよね。もしかして原町の人が聞いたら、帰れないことはない、僕たちはここに住んでいるじゃん!という気持ちになるかもしれない。それがこわいところ。だから、それは僕個人のスタンスだよ、という立場を貫かなければいけないと思っています。
罪悪感をごまかすために、寄付するという意識があるかもしれないですね。」

伊藤「でも相当な覚悟がないと描けないし、とても冷静に自分を分析してますよね。」

カトー「赤裸々にしないと伝わらないと思ったんです。ぜんぶかっさばいて出さないと。実際は描いてて辛かったのは父親のことくらいでした。

カウンセラーが言うには、うつの人は記憶と感情がくっついていて、記憶を時系列に整理して、感情と引き離す作業が必要なんだそうです。実際にカウンセリングでそれをやるんですが、漫画はそういう効果があったと。漫画を描き始めて楽になったのはそういう理由だと思います。

カウンセラーに、自分のことをこういう理由でこういう状態になっている説明したとき、間違ってない、よく分析されてますねと言われました。だけど、理由がわかっているのに解決できないのが辛いし、こわいんです。トラウマはべったりこびりついていてなかなか離れないんですが、自分の人生に対して理由づけできることがトラウマ処理の効果的方法だと教えてもらいました。自分の経験を漫画で描くということが過去を肯定したことになると言われて、楽になりましたね。」

伊藤「カウンセラーの先生もすごいですね。」

カトー「合ったんですね。僕は一番最初、うつになった瞬間というか、「死にたい」というワードにとりつかれた瞬間がはっきりわかりったんです。冷静な自分がそれを取り払われなければいけないと思っているんですが、全然頭から離れなくて通用しなかった。
父親がうつだったし、兄にも気をつけろと言われていたので、すぐに精神科の検査技師だった母に電話して病院にいったんですが、最初の病院はひどくて、薬を出すだけで信頼できなかったのでやめました。

死ぬ死なないということが自分の中であって会社をやめたあと、ほぼ寝たきりになり、昼も夜もなくベッドに吸い込まれて、おなかがすいた時だけコンビニへふらふら行って、食べて、また寝るという繰り返しでした。

30年自分に向き合ってきた人生なのに、自分では解決できなかったことに気づいたんですよね。自分の力なんてそんなもんだなと諦めがついて。ずっと自分で考えて解決できないことはないということを信念にしてきたのに、ずっと考えて原因がわかったのに解決方法が導きだせない。

でも、もう何でもいいから、人の手を借りてでも幸福感を感じたいと思って、カウンセラーを探したんです。職業として信用していなかったけど、最初に行ったところがすごくよかったんですね。最初から誉められて、自分を肯定されてすごく嬉しかった。いい出会いでした。

でも3.11が近づいたときは、しんどかったです。去年はまだカウンセリングを受けて日が浅く、浮上してない状態だったので、はなからしんどくて3.11が来てもあまり感じなかったんですが、今年は、バンドと漫画をはじめて楽しくなってきていたので、調子がよくなってきて、3.11が近づいてきたらずーんと下がった。通り過ぎて楽になりましたが。
4年たってもこんなですから、よけい置き去り感がありますね。」

下巻へ続く)