熊川が泣いている。吉田邦吉

20180522 東京電力福島第一原子力発電所 撮影:吉田邦吉 大熊町 Fukushima First Nuclear Power Plant

20180522 東京電力福島第一原子力発電所 撮影:吉田邦吉 大熊町 Fukushima First Nuclear Power Plant

 初夏の陽射しが強い5月22日。フクイチが目の前だった。小さな崖を降りれば目の前にフクイチが居る。あの野郎が居るということだ。まだ居座ってやがった。しかしここは潮風が吹きつけ、寄せては返す波間に、美しそうな海、東のほうには船が浮かぶ。中筋純さんと宮尾節子さんが東北旅行だそうた。私は一部の案内をした。大野駅は言っている、「観光名所 原子力発電所」。中筋さんにはいつもお世話になっている。新しくできた立派な大熊食堂を御馳走になった。高い。地元の人は誰も来てない様子だったが原発関係の人が多いのかもしれない。周囲は東電ヒルズのような住居群が建てられていた。食堂のサイズの割りに小さい客用駐車場は彼らでいっぱいだった。「客用」。宮尾さんの「明日戦争が始まる」に私は影響を受けた者の一人だ。宮尾さんはふるえながら「笑顔」という詩を読んでくれた。スクリーニング場ではF1レースのピットインのように大勢が声をあげて一気呵成に仕事を為す。ああ海……この海は太平洋!この向こうにはアメリカ!昔からそう思った。太平洋と草木たち、の向こうにはフクイチが!原子力は爆発した!ゲートだらけの「off limits area」には日本のために押し付けられた闇のピラミッドの群れが森をなしていて、その奥には、やつが潜んでいた。わずかのぞかせるやつの顔を私たちは肉眼で見た。大地震と大津波で家がボロボロのまま。あとは基礎だけ。まだ瓦礫がある。その付近の神社にはむかし巨木にカミナリが落ちたような記憶がある。その周りを黒い山が囲み始める。音もなく匂いもなく、色もなく味もなく、ただ、ぎらぎら、ギラギラ、ギラギラ、ギラギラ、みんな吹き飛ばした。・・・・・・振り返れば、そよそよ、さらさら、きらきらとかがやいて、細くなって流れていた、熊川の光が、ひんやりした海に、とろけるような黄金色で、よこたわっていた。たまたま計測した地点の砂浜は県内でもだいぶ低いほうだろう0.07mSV/hだった。だれかが山のような瓦礫を片づけた後だった。ひっくりかえった堤防に小石が積まれていた。線量が高いのは地面だった。電気柵に囲まれた牛たちが梨畑に居て草を食べていた。「やあやあ」集まってきた。「そうやって挨拶するの?」。少し話した後、ぶふぉん!ぶるうん!なぜか猛ダッシュでリーダー格の巨牛の号令か、どこかへみんな走っていったのは迫力があった。マイペースな数匹は行かなかった。草むらにはイノシシが居た。家々の跡に大津波がつくった潟があった。あやめが咲いていた。野ばらは美しく咲き誇っていた。大自然が飲み込もうとしていた。朽ちていく匂いがした。白い月があがっていた。「女の子が傷ついた理由を泣きながら話すとき、ひっく、ひっく、となりながら、言葉になっていないのに、伝わること」「はい、ニラの苗」「詩は人間の感情を文字という記号に転化させたもので、いわばレトリックを超越した呻きのような、人間の原始の言葉そのものだね」「ずっと思い続けてきた場所が今ここに!」。黄色い屋根の喫茶店がなくなっていた。酒屋さんかもしれない大谷石造りの蔵は今も在った。友人の家がなくなっていた。見慣れた風景がところどころ消えてなくなっていた。傷だらけ。しかしまだ100年も前に存在したかもしれない青春を思いながらクラシック音楽を聞くようなセピア色の風景のなかに居た。ここで遊んだんだ。すこしの貝殻に、さらさらの砂に、海の家があって、浮輪があって、沢山の人達が居た。きれいだな、本当にきれいだ。

2018年5月22日 大熊町熊川海水浴場の熊川 撮影 吉田邦吉 Kumagawa river(しかし標識にはkumakawaとあり、あれは間違いではないのか)

2018年5月22日 大熊町熊川海水浴場の熊川 撮影 吉田邦吉 Kumagawa river(しかし標識にはKumakawaとあり、あれは間違いではないのか、正確には「くまか゜わ(kumag̃awa/ kumangawa)」だ)

※後日、お二人が作品を創造してくれた。
吉田果樹園の除染前後 中筋純 201806 
スピカ 宮尾節子 20180615

磐城の山々 吉田邦吉

 ああ、こんなにいわきの山々って美しかったんだ。

 山国会津で培われた観察眼に違いない。春4月初旬、温かく、いつものように明るい陽射しが照らしていた。今年は双葉郡の桜も会津の桜もみな一度に咲いたぐらいだった。三春はすごいことになっているに違いない。どことなく春ぼけしたまま車に乗る。平のロッコク(国道6号線)辺りで桜が咲いていたのを眺めた。差塩(さいそ)辺りだとたびたび思うが。ふわふわもこもこと雑木が色とりどりになりつつあった。黄土色から茶色、緑の木々に、薄桃色、濃い桃色、白色、黄色の花々そして椿が咲いていて、会津では少ない竹が浜通りには生い茂っていて、家々が犇(ひし)めき合っていた。避難の友人たちともときどき話すが今回はいわき市で90歳のお爺ちゃんとたまたま話した。あの辺に住んでる。ここから近い。ちょっと耳が遠いんだという合図をしていた。誰も何も言わずとも「うん、うん、うん」と、何度も小さく頷いていた。口数の少ないおじいちゃんの眼はとても優しく、この山々の春のようであった。昔々、磐城で私が観るモノは何だったか、少し考えていた。洋服、アクセサリー、小物、音楽、食べ物、海、……ふつうの暮らしがそこにあったことを思い出す。幼い頃はスケート場にも行ったことがあった。双葉郡の外で買い物と言ったら、南相馬または、磐城であった。稀に郡山、そして仙台または東京である。いわきの今は、どうなったのだろう。あの直後から昨年までと今年とでは、また違う風景になった気が最近している。磐城を出るころ、磐城は暴風警報だとラジオが伝えたのは、阿武隈高原あたりだったか。

 雪の縞が残る磐梯山は雲に届き、その上に繋がっているかのようだった。

通巻12号「夢語り」著:吉田邦吉 発売開始2018年3月

単行号(通巻12号)
2018年3月発売「夢語り」(yume gatari)
40頁、定価550円 ISSN 2189-4639

WELTGEIST FUKUSHIMA 12号 執筆・編集・発行:吉田邦吉 2018年3月 

WELTGEIST FUKUSHIMA 12号 執筆・編集・発行:吉田邦吉 2018年3月 

解説
 自分が観た夢を詩の形式で語る。3・11原発避難の文として異色かもしれない。
 それを心理学の研究基礎にしようとする意欲作である。

執筆・編集・発行
 吉田邦吉

ーーー

定価550円

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1、送り先 2、氏名 3、冊数

・送料(スマートレター・ゆうメール [旧冊子小包] )

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1~5冊まで180円

※送料はあくまで指針です。60ページのもあれば40未満のもあり、文字組がハーフサイズの単行本なみに大量に入ってる組もあり(定価が違うのはこのためです)、場合によって少し変わることもありますので、注文を受けてから計測し、ご連絡いたしております。

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定期購読の申し込みもいつでもお待ちしております。

心よりありがとうございます。
歩みは遅くとも続けていく所存です。
何卒よろしくお願い致します

通巻15号 聞き書き二幣地 著:吉田邦吉 発売開始2018年3月

単行号(通巻15号)
2018年3月発売「聞き書き二幣地」(kikigaki niheiji)
40頁、定価550円 ISSN 2189-4639

Weltgeist Fukushima 15号「聞き書き二幣地」著:吉田邦吉 2018年3月発行

Weltgeist Fukushima 15号「聞き書き二幣地」著:吉田邦吉 2018年3月発行

解説
 廃村となった会津の山奥の小さな村、千年の、炭焼きの歴史ある旧二幣地村の現場を訪ね、山を登り、川の水を飲み、熊に出会い、炭焼きのご本人からお話を伺う。民俗学として聞き書きの形式でまとめた。著者が会津民俗学研究会の研究会員として研究してきたことであり、第一弾の集大成である。

執筆・編集・発行
 吉田邦吉

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◇月いちリレーエッセー◇ 共に過ごしてきた「我が家」が無くなるとき~酒井 政秋~

2017年も残すところあと14日。

今年は3月末日に飯舘村避難指示解除になり、ようやく解除後に我が家の除染がはじまり、我が家の家屋解体をした。

家が無くなるという事は、はじめは想像すらつかないし実感すら持っていなかった。ただ、漠然と家を解体するんだな。という事だけだった…。

家屋2017しかし、いざ、除染が始まり、土が削られ、家屋周辺、田畑などがどんどん剥がされていくたび、心の中で何かが削られるような、いや、何かをえぐられる様なそんな気持ちがした。それは自分が育んできた生活をむしり取られるような感覚かもしれない。

除染も終わり、いよいよ家屋を解体するという連絡が入った。
祖父母が一代で築きあげた家が壊されていく。祖母からしてみたら、どれほどの心の傷なのかは孫であるわたしにも想像できない。もしかしたら、今まで生きた人生を一瞬で奪われる様な気持ちなのかもしれない。けれど、本心は分からない。
9月解体現場を見に行こうと決めた。家にたどり着くまで何を思って車を走らせたのかその時の記憶はないけれど、解体がはじまった家を見て、心臓がバクバク音を立てて早くなっていくのは感じた。この時にようやくこの家が、私が生まれてから共に生活をし、台風の日も、雪の日も、あの地震の時にさえも共に過ごしてきた「我が家」が無くなるときだと実感したのである。

壊されていく我が家変わりゆく姿を行ける日に足を運び写真で撮り収めた。
だんだんと崩れていく我が家が哀愁を帯びてゆく。

解体家屋

季節は初秋から本格的な秋へと変わる中、一軒の家は、更地になった。

更地

幼い頃、囲炉裏の淵でどこまで遠くに飛べるか姉と競い合っている中、誤って落ち大やけどをした囲炉裏も、よく寝坊をしそうになって急いで滑り落ちてた階段も、親戚がお盆に集まり従妹たちと蚊帳に入って遊んでいた客間も、受験勉強を夜遅くまでやっていた部屋も今では私や家族の心の中にしか存在しない。そこに行っても、影も形も今はない。けれども、そこは私が生まれた故郷ではあることは確かなわけである。

原発事故というものは、どこまで私たちの心を汚していくのだろうか。
わたしの住んでいた集落(わたしたちは「組」とも言っている)は帰村する人はゼロである。いずれ誰かが住むにはもう一度、先代が行ってきた「開拓・開墾」をしなければ住めないであろう。そういう「時の継承」をも失ってしまったのである。

これから、集落に祀ってある神様はどう継承していくのか、今の世代の人たちですら年配者である。次世代と言ってもこの集落では私を含めて2名しかいない。話し合いを重ねながら解決していくとは思うが、20年後の未来が原発事故のおかげで時を越えてのしかかってくる。緩やかに継承するはずがそうもいかない状況にさらされている。それもまた問題である。こうして、一つの集落、個々の問題だけでも問題は山積しているのである。飯舘村全体で大小問わずにどれだけの問題が日々増えていってるか予想をはるかに超えるだろう。そのなかで、当事者が沈黙してはダメ。と風の便りでそういう声が聞こえてくる。しかし、それ以上に現場では日々その問題と向き合い打開策を考えている人もいるという事を知ってほしい。そのうえで、無理のない範囲で発信を出来る人はやっていると理解をしてほしい。

来年は原発事故から8年目、時だけが足早に過ぎ去っていくが、それとともに県内の中での温度差、県外の温度差、自分の中での記憶の風化、どれだけ「自分事」として考えられるのか、当事者としても試される1年になるのではないかと思う。

 

本年もご愛読くださり誠にありがとうございました。

来年もできるだけ発信できるように精進していく所存でございます。