建てる手立て    吉田葉月


3回目のビヨンド自然塾の小屋作りワークショップにて。木に登る子どもと、小屋を建てる人々。参加者それぞれが無理なく好きなことをしているように伺えた。 (撮影:吉田葉月 2015年11月 山梨県北杜市)

3回目のビヨンド自然塾の小屋作りワークショップにて。木に登る子どもと、小屋を建てる人々。参加者それぞれが無理なく好きなことをしているようにうかがえた。

北杜市の小屋を建てるワークショップの第1回目に参加した私は、続いて3回目の同ワークショップに参加した。3回目は1回目、2回目の続きで、同地で開催された。
1回目の時に、子供たちが斜面に土と木で階段を作っていたのだけれど、こちらはだいぶ崩れていた。
今回メインの作業となったのは、外壁を張っていくことと、屋根の土台となるような部分を作ること。
外壁となる板材を大人たちがほぼ水平に壁面に乗せると子供たちが寄ってきて、一斉に「どどっどどっどっど」という音を上げて釘で板を打ち付けていく。私たち大人よりも小さな手で、体で、数人の子ども達が一斉にこれをやっている姿を見ていると、「どどっどどっどっど」という音とともに、喜びが湧き上がってくる。

ワークショップに行く前、そしてその後という間に流れのようなものがあるとすれば、それはこんなことだ。現在、知人と共同生活している、知人が親から譲り受けた昭和50年代に建てられた家は、外から入ってくる車の音が大きかった。それは生活に支障を来すくらい酷いものだった。それが嫌だった私は、自分の静かな空間が欲しかった。予算の関係もあって、家を借りることよりも「住むのではなく通って滞在するような隠れ家でいいから建てることができないだろうか」という可能性に向かっていった。

そこで、練習になることをしようと思った。インターネットの検索でビヨンド自然塾の小屋づくりワークショップを見つけた私は、学生の時暮らしていた懐かしの山梨県に出かけた。家を建てる手立てが欲しい、という欲求の湧き上がりが明らかになって、目的に向かって動く。…などと、そんなに難しい話でもなく、「うわーやりたい!やりたい!」という気持ちを認めて、既に動き出している人たちに合流してやってみる。そのワークショップを2度体験した。全部の回に参加したかったのだけれど、都合上全部は無理だった。けれども、私には「建てたい」時に「建てたい」思いを伝える言語が体に生まれていて、分からなくなったら教えてくれそうな近場に住んでいる大工さんと話すことができた。そんなこともあって、現在は、栃木県で、知人と共に住居とまでは言えない小屋のようなものを建て始めている。

私と知人で建築中の小屋のようなもの。(2016年1月 撮影:吉田葉月)

私と知人で建築中の小屋のようなもの。

私が一坪半の小屋のようなものを建てるという行為には、どんな場所ににどれぐらいの規模なら建てても大丈夫であるかを知るために、伝手を頼り近隣に住む大工さん連絡をとって助言を得るのに伺うことであったり、一見難解な境界線の地図を引っ張り出してきて、昔から住んでいて土地の境界に詳しい年配の農家と共に歩いたりすることも含まれたのであった。
建てようとするものは、大変小さな建築物だけれど、土地を決めると今度はなんだか間取りにこだわりたくなった。光の入り方をその場で感じようとしてみたりする。窓やドアはどんな大きさでどこにつけるのか検討する。木材をインパクトドライバーで打ち付けていくというような、道具を握って行う作業だけではなく、下見のために歩くことや、助言をくれそうな人を探すことや、土地の傾斜や太陽の動きを感じることを含めて建てることがあるのだった。

建築に関することに限らず、未だ体験したことのない「手立て」は、漠然とした不安が不安でなくなる手掛かりになりそうだった。

ビヨンド自然塾の小屋は、今頃どうなっているのかな。おおっ、なんだか素敵なことになっているみたい。


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吉田葉月 について

Yoshida Hazuki / 1983年福島県双葉郡に生まれる。お絵かきが好きな子供だった。生まれてから18年双葉郡で過ごす。山梨・東京で暮らした後、再び生まれ育った地で暮らす。311の後、各地を転々とし現在栃木県で暮らす。自分の手を使い、何かに携わりたいと思うようになる。趣味は図画工作や美しい海に潜ること。 I was born at Futaba gun in Fukushima ken in 1983. When I was a child, I liked drawing. I had been at Futaba gun until 18 years. I lived in Yamanashi and Tokyo and then, hometown. After the 11th of March in 2011, I moved around and now I live in Tochigi. I hope to make any handmade one. I like swimming, snorkeling, and drawing and manual arts.