ようやく戻れた町…まだ戻れぬ町を歩く(下)  米田博


(中巻から続く)

2016-01-03-21-08-05_deco長い坂道をのぼりながら楢葉の竜田駅へ向かう

福島第二原発の社員専用と書かれたバスを何度も見る

乗っているのは、1人か2人…

なんだかなぁと思いつつ歩いた

15時の水戸行きの電車に乗り込んだ。

広野、いわき、そして水戸

どんどん乗客が増えていった。

耳に聴こえてくる言葉が福島弁から茨城弁にかわる

福島から離れていくんだなって感じた

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お腹が空いたから駅のすき家に入ってカウンターに座った。座ってびっくり、私以外、カウンターに座っているのはインド人。インド人がすき家のカレー食べてる。甘くて口にあうのかなぁ

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また、電車に乗り込んだ

人が多く座れない。足が痛ってぇと思いつつ

こんなに人がいるんだ…

人がいない町を見たあと

この差に戸惑う

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東京駅で降りてみた…

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薄気味悪い空に高層ビルが建ち並ぶ東京

澄みきった青空のもとにひっそりしているまだ戻れぬ富岡

同じ日本なんだよね…

被災地を置き去りにして、私の故郷の鹿児島では2基の原子炉が稼働している

偉い人が口にする福島の復興…ますます意味がわかんない

復興すべきは、この薄気味悪い空の下の

人の心じゃないのかな…


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hiroshi

hiroshi について

Yoneda Hiroshi/ 1973.1.17生まれ、二十歳から14年間、介護従事者として働き、その後、ゴルフ練習場。3.11後にいろんな疑問を抱きいろいろ考えました。政治家の後援会活動をするが3月で退職。2015年7月に南相馬、会津、郡山、帰宅困難区域の双葉を取材。I was born on 17th of July, 1973. I had worked as a nursing care staff for 14 years since I was 20 years old. After that, I worked at a golf practice range. I deeply thought a lot about things after the 11th of March, 2011. I acted at a society in support of a politician, but I have been suffering from depression again, so I face my life.