デモや反戦に「反対」で「平和活動」ですのお花畑な人達へ 吉田邦吉


ブログ「わたしは戦争にも原発にも反対しません」が流行ってるようなのですが、たいへん違和感です。

まず、あなたがたが、「自分でどんな活動をしているのか」を書いてください。それで十分です。他人のデモ活動を否定する必要はどこにもありません。「反対」をネガティブとレッテルばりしないでください。福島で言えば被災も悲しみも「見えないポジティブ復興」という偽善まっぴらごめんです。

私達ふくしまの被災者は「見えない放射能」じゃないんです。

デモにいくのに、まず、「決意」して、「予定」を考えて、「予算」を考えて、「勇気」をもって、「逡巡」して、それから「声を出すかどうか考え」て、さらに「ゆらゆらと電車に揺られ」そうしてやっと「長い道のりとなるデモ」を行い、「ふらふら」になり、「家路も遠い」んです。

それを何知ってるんだと私は言いたいです。私も一度しかデモしたことないんですが(場所は福島の浜通りです)、少なくとももうデモをバカにするやつはお前一度でも行けって思います。ボランティアってそんなにエラくてデモ活動がそんなにサゲなんですか?

集会結社表現の自由、デモ活動は憲法で認められている人権です。
同じく人の営みではありませんか。

優劣をつけようとする姿勢。
悲しいと思います。

防衛という美名で侵略をした大東亜戦争を、「ボランティア活動」「平和活動」で、すぐさま防げるんでしょうか。長い長い、気が遠くなるほど遠い道のりではありませんか。それはそれで立派なんですから、自分を万能と思っちゃいけません。デモ活動をしている人達は、自分たちを万能の神だなんて絶対思っていません。

同じ志で、同じく平和を目指すために、やっていることなのです。
対等で居ましょう。お互いにリスペクトしましょう。

お互いに片方だけならなおのこと相手を知らないはずです。
お互いを思いやり、お互いを尊重しましょう。言葉で言うのは簡単なのですよ。


カテゴリー: エッセイ   タグ: , , , ,   作成者: 吉田 邦吉   この投稿のパーマリンク
吉田 邦吉

吉田 邦吉 について

CHIEF EDITOR ▼Yoshida Kuniyoshi / 1981年1月大熊町生まれの原発避難者。中大法卒、2000年より塾長。2013年4月、赤坂憲雄の活動のもと文の道へ、2014年9月22日に卒業同日、「WELTGEIST FUKUSHIMA」で独立し出版事業を開始。エッセイで致知出版大坪社長特別賞。会津民俗学研究会員、書籍編集長、雑誌共同執筆、講演、対談、私設図書館「ふくしま本の森」での読書普及などを行っている。facebook / website / Amazon▼ Essayist. Nuclear evacuee. Independent publisher. Majored in law. Private school. Essay prize. Speeches and Talks at prefectual Museums etc. Like learning languages.

デモや反戦に「反対」で「平和活動」ですのお花畑な人達へ 吉田邦吉」への51件のフィードバック

  1. 「戦争にも原発にも反対しません。平和活動を・・・」
    なんという気持ち悪さか・・・とFBの書き込みを思わず削除していた私です。
    いろいろな考えがあって、それぞれに主張して行動して・・・それが自由に当たり前であって欲しいと思います。
    同じこの時代に生きているもの同士、上から見下す目線だけは嫌です。

    • 椎葉さん、コメントありがとうございます。おっしゃる通りに存じます。人を見てすぐ上から目線、困った時代です。。

    • 仰る通りに存じます。
      ただこうして炎上しすぎればリアクションを取らざるを得ないと感じることもあります。

    • ああ、すごい!
      こうなるとむしろ、このお三方がどういう経緯でこの記事を載せたのかが気になるところですね。
      政府に弱みでも握られていたのかしら??

  2. FBでコピペのような、この気持ちの悪い文章を読んで、本当にゾッとしました。
    「戦争に反対しないわけ」じゃなくて「面倒なデモに参加しない言い訳」じゃないの?
    でも、それと並んでこちらの記事も紹介されていて、読んで心底ホッとしました。
    ありがとうございました。

  3. 自分は元自衛官の立場で、そして海外派遣も経験した身から、集団的自衛権の今回の限定的な許容は賛成派です
    それは実際にいわば「戦地」に行ったからこそ、そして実際に国防の任についていたからこそ見えている部分として、現行の交戦規定や武器使用基準では国民や国土はもちろん自衛官自身の命も守れないからです。
    反対されている人たちは果たして現在の自衛隊の交戦規定や武器使用基準、そして防衛出動へのプロセスを本当に理解しているとは正直思えません。
    ご存知ですか?たとえば中国がミサイルを日本に向けて発射したとします。発射を探知し、報告を上げ、閣議をもって防衛出動の命令が下り、それから体制をとっている間に着弾をします。
    中国から日本まででしたら10分もかかりません。
    現行法下では「ミサイルを発射しそうだから防衛出動を」はできないのです。
    さらに現行法下では邦人救助をしている他国の軍や艦船が攻撃されても見ていることしかできません。
    自衛隊の武器使用基準はあくまでも「警察の武器使用基準に準じる」
    そして他国との一番の違いは「なにをしたらダメか」ではなく「これはしていい」という交戦規定
    今のままでは国民や自衛官の命の犠牲が無い限り何もできないのが現実です。
    もちろんだからといって反対が悪だとも当然思っていません
    それぞれに考えがあるのは当然ですから
    それと、筆者の方の反原発デモについての記事には同意します
    現地の人たちがどんな思いでデモを決起されているのかを理解されている人は少ないと思います
    現地の人たちの本当の想いや願いを伝えるためのデモ、すごく大事だと思います
    ただ、そこに便乗して騒いでいる人たちには嫌悪感を感じますが
    長文失礼しました

    • そうですか。私は反対です。個別と集団、安保、ちょっといろいろ混ぜてるようにも見えるご意見だと感じました。あくまで私の個人的な感想です。賛成自由。どうぞ。どうぞ。

    • 私は現場で自衛官が殺されるまたは殺されそうになるまで何もできないと言うのはオカシイと思っています。もちろん戦争は反対です。
      が、身にかかる火の粉を振り払うことさえも焼死するまでできないという現在の法制には疑問を感じます。自衛官の方はそういうジレンマの矢面に立たされているので上記の自衛官の方の意見は至極まっとうだと思いました。
      こと対応のタイミングということに関して言えば、イジメの問題と同じ構造で、殺されるか自殺に追い込まれるまでは誰も動いてくれないという状況に非常に酷似しているように感じます。
      とは言えデモの是非という観点ではグログ主の方の仰るようにお花畑の人たちには全く同意はできません。どんな形であれ行き過ぎた現状変更には正しい意思表明が必要だと思います。
      私は私の方法で。貴方は貴方の方法で。それぞれを否定することなく自分の意見や考えを自由に発信できる世の中を維持できるよう自分にできることは頑張ってやっていこうと思いました。

      • 戦闘地域にいくからそうなるのでは?戦争に反対であればまず自衛隊の海外派兵をやめさせたほうがいいと私は思います。

        そうですね、お互いそれぞれに、まず関心があることが何より良い感じだとわたしは思っていて、ここにコメントくれる皆様に大感謝なのです。

        松尾さんも私も、お互いに一番欲しているのは「関心」かもしれません。

  4. 私はデモをリスペクトしています。ただ「エライ、サゲ」の表現があったのでお伝えしたいです。ボランティアや支援はポジティブなエネルギーから成り、周囲をもポジティブな方向へ導きます。デモや批判は、ほぼ毎日見に行きます。ちゃんと立ち止まり、発信している事に耳を傾けようと努力しています。残念ながら共通しているのは、代わりの案が出ていなく、批判と攻撃に終始しています。私が運悪くそのような人達ばかりに会ったのかも知れません。ただ一つ言えるのは、「批判は簡単」で、デモも復興支援やボランティアより簡単で、更に生産性が残念ながら見えません。

    批判やデモを行うのは結構です。エネルギーも使うのは分かります。しかし、代わりの案が無いのであれば、そのエネルギーを苦しんでいる人達に使うべきと思います。私は「今」苦しんでいる人達にエネルギーを注いでいます。少額ですが、結果も出しています。生産しています。デモも多数の賛成があれば生産的ですが、多数では無いのが現状です。

    民主党があんなに人気をほこり、すぐに叩き落とされましたよね。そして圧倒的な勝利の自民党を一部がまた叩いています。その時点でおかしいと思いませんか?我々が選んだ代表です。多数で選んだ党とその代表の決断をリスペクトしないのであれば、民主主義の意味はあるのでしょうか?デモのエネルギーを選挙に使うべきだと思います。自分が立候補するのか、自分を代弁する人を全力でサポートする方が、批判をするより難しいですが、生産的だと考えます。

    • 法案に代案は不要です。改善か廃案か、しかありません。はい。デモは憲法で認められている自由です。残念ながらあなたのように他人へのいっちょかみのほうが非生産的です。私はボランティアしています。デモしました。それのなにがあなた様と関係が?

      いえいえ、かなりおかしな理屈ですよその選んだ代表者はなにしてもいいって、それこそ民主主義の否定、独裁の肯定です。何党であろうと間違いだと思ったら反対の意思表示をしていいことに国民主権ではなっているんですよ。おわかりですか。誰が叩くとか選んだとか関係ないんです。

  5. 吉田 邦吉様
    初めてブログ拝見させていただきました、16.17日にこれらの記事が上がりシェアされていることに驚きました。友人すらシェしています、たぶんプロの作家が作った文章のコピペです。
    読みやすいしSNSの裏側になれてない人はなんとなく納得してしまうのかもしれません。マザーテレサは完璧な政府側捏造ですね。反戦運動どころじゃない身を呈した方ですから。
    反原発2011最近は色濃くないですが、2011年から名古屋、岐阜、測定所を周り勉強しました、あの当時のSNS本当にすごかったですね。
    私も国会前、交通費を計算しながら行っています、週に一度が限界ですが、映像や写真いろいろ出しています。
    わかりやすく素敵な文章私のFBで明日シェアさせていただいてもよろしいでしょうか?よろしくお願いいたします。
    https://www.facebook.com/minepen

    • ありがとうございます。お疲れ様です。もちろんです。感謝

  6. 「お花畑なひと」のゆめゆめしいブログのことばに
    もやもやとした違和感がありました。でも、なにをどう、
    表現したらどこかに噛み合わせを見いだせるのか、
    その見通しもなく。吉田さんの書かれたものを読んで、
    整理が着いてきました。「お花畑さん」の、現実と遊離した
    感じの「ポジティブ」に胡散臭さを感じていたのです。
    「反対運動ではなく、賛成運動」の胡散臭さ、です。
    件の法案の名前さえ「平和のための」法案と銘打っているこの状況で、
    「反戦」とセットになっていない「平和のためのボランティア」なんて。

    ありがとう。

    • こちらこそありがとうございます。仰る通り、竹を割ったように生きたいものですね。

  7. この場合、目指している場所が同じなら、ことば自体には然程意味は無い気がします。それらの言葉が必要な人々にとって、動き出す為に効能があるだけだと思ったほうが良いと思います。
    なので、そのブログを批判しなくても、きっと大丈夫です。

    というのも、いろんな人がいるからです。
    声をあげられる人、あげられない人、
    デモに行ける人、行けない人、
    燃える人、怒る人、辛い人、悲しむ人、呆然とする人、笑おうとする人、忘れようとする人、遠ざけてしまう人、いろんな人がいます。
    きっと、それは、それぞれが、いま立っているために、それぞれの身体が選択していることです。

    反対活動は辛いが平和活動だと思えば、その活動ができる、という人達もいるわけです。
    きっと、そのブログを書いた人は、反対活動を批判するために書いたわけではありません。思いがあるのに踏み出せない。動きたいが心が重い。きっと、その考え方であれはやっと一歩を踏み出せる人達のペースや心持ちの為に書かれたものなのだと思います。

    だから、大切なのは、同じ方向を向いているか、向いていないか、だと思います。
    そこを見て、同じだと分かるのであれば、応援し合えたほうが、力はより大きくなると思います。

    インターネットは便利ですが時に難しく、受け取る人々をなかなか思ったように選択することができません。
    だけど発信しないよりは、したほうがプラスなこともあります。
    そこのブログの投稿が自分に必要なければ、スルーで良いのです。

    ほんとうに皆で辿り着くためには、様々な歩み方が、逆に必要です。
    一人一人、みんな違っても良いのだと思います。

    様々な人々と、一歩一歩、一人一人のペースで、みんなが望んでいるそこ(あるべきせかい)へ歩めることがまず大切です。

    • そうですね。平和を目指す同じ気持ちでいいんじゃないの?っていうふうに私は思います。私が批判するのではなく、むろん、これらの同時多発の同内容ブログがデモを批判しているのです。ブログ主にはそこに気づいてほしいものですがね。

  8. 「戦争に反対しません」というフレーズが流行っているのですね。そういう人には、まあ、戦争ってどういう大義名分はあれ「誰かを殺す」ことですから、「反対」と「言う」ことがネガティブエネルギーだというなら、「私は誰かを殺すことに反対しません。だって、反対ってネガティブだから」と言ってみてほしいですね。「私たちの子供が戦争に行くことにも反対しません。だってネガティブだから」とか。ネガティブなことを認めることほどネガティブなことはないですからね。
    それから、デモって、りっぱなボランティア活動だと思います。自分のためだけじゃなくて社会のために、他の人の幸せのために、虐げられている人のために、声を上げることですから。人に誤解される恐れもリスクもありながら自分の身をもって弱者を助けようとすることは幾多のボランティア活動よりエネルギーを使うボランティアです。もちろん、反韓デモのようなものも多々あり、すべてのデモが人の役に立っているとは思いませんが。

    • 仰る通りに存じます。コメントありがとうございます。

  9. ごめんなさい。先ほどの書き込みは、なんとなく勢いで書いてしまいました。
    自分の意見に、しっかりとした自信があるわけではありません。
    ほんとうはことばを書くのはこわいです。
    ことばを書くのは、自分の書くことがほんとうに正しいのかわからず、辛いです。
    でも、ただ、デモなどの場所で心が形として見ることができる人々より、声をあげられない、この問題と向き合えない人々が非常に多く存在していることを、職場や友達など、日常でものすごく感じています。
    その時に、どんなアクションが有効的なのかをいつも考えます。それは一人一人に対して考えます。

    その思いで、先ほどのコメントは書いてしまっただけです。
    状況をちゃんと把握してあるわけでは無かったので、、とても軽率な書き込みだったかもしれないと思いました。
    すみません。。

    • お気になさらないでください。自由な場です。仰る通り、いろんな状況の人がいます。デモでなくて本を読むでも討論会を聴くでも、なんでもいいです。みな同じ人の営みですね。

  10. この考え方は仏教的な哲学がだいぶ入っていると感じました。
    頑なにならずにどうぞ柔らかい気持ちで聞いてくださると幸いです。
    怒りや悲しみ迷いは煩悩です。その煩悩に支配された人々は何かを求めて欲しいよ欲しいよとのたうちまわる。その姿は心ある人たちからは倦厭され、一般層からは欲望を剥き出しにした哀れな人々にしか映りません。
    かけがえのない自分を他者に認めてもらいのに、他者のいう事には耳を傾けないで
    自分たちの煩悩の赴くまま口に合う意見ばかりを食べてさらに渇きを増す。
    ですから、自分たちとは意見の違う人たちと話し合う下地を失っていて、意見交換する余裕がないので自分達の意見とは違う人たちを反射的に敵とみなす思考回路が出来上がってしまっている。
    こういうのは世の中にもあなた達のメンタルヘルスにとても良くないのです。
    だから、ひとまずその煩悩の連鎖的な核分裂を止めてみましょう。
    という意味じゃないですかね。

    • それこそそれを逆に言われる内容にそれらのブログがなっているんですよね。ブーメラン投稿。

  11. 怒らせてしまったようですね。すみません。あなたを攻撃するつもりは無いのですが…。デモが違憲であるような事は一切申し上げて無いですし…。

    あなたは結局少数派なんですよ。と言いたいのです。なのでデモよりも、周りを説得して政治家になって改善なり廃案に向かった方が生産的なんじゃ無いですか?デモは、多数派にならなければ、野次と変わらないですよね。野次は自由です。エネルギーがもったい無いなー。と思うだけでただ私の価値観で、押し付けようとも思ってません。仰る憲法や個人の自由です。あなたが公開されたこのブログと同様の主張で、攻撃の意図では無いので…。

    • 野党のほうが得票していますので決して一概に少数とは言えません。怒ってないですよ、大丈夫です。

      あなたがそう思われるならあなたからそうすればいい、それだけのことです、はい。私の意見。

      それと、批判をすぐ野次にしないでくださいね。首相のほうが野次問題ですし。それに、私はあなたの意見を聞いて、ご返信していますよ。

      ※匿名でも真摯なコメントには真摯に応対致します。

  12. コメントさせていただきます。私は最近友人のスピリチュアル好き女史と似たような論争(喧嘩)をしました。私はハードコアパンクのバンドを長年やっていて、震災以降は地元高知新聞に政治的投稿をしています。年寄りしか読まないかもしれないけれどデモと同じ意味があると思うからです。片や、音楽は思念の塊であり、しんどいツアーをやってそれを観に来てくれた観客に作用します。某女史は君(私)の怒りの感情や音楽は「癒し」には程遠いと言う。でも彼女は何もしていないのです。私は精神エネルギーの世の中への作用を否定しません。でも自分の経験から信じます。つまり思念と発言の両方を行動に移してやって来ました。しかし何もしない人は自分で納得して自己完結しているからタチが悪い。それが「上から目線に感じられる」ということだと思います。頑張ってください。どうもコメント失礼しました。

    • 土居さん、コメントありがとうございます。おお、ハードコアパンク、良いですね。しかも論考も出されている。同じ意味あると思います。どしどしご投稿ください。なるほど、そうでしょうね。「何もしていない」っていうのは、やはり今のご時世、せめて誰かを「応援する側」にまわるほうが良いような気がします。何もしていないってことは誰かの意思表示に頼るってことですからね。……「上から目線」。まさにそうなんですよ、その通りだと思います。ありがとうございました。土居さんこそ音楽にご執筆にがんばってください。

  13. appleさん、デモがネガティヴエネルギーなんて言ってませんよ。念の為…。戦争に賛成とも言って無いですし、暴走した誇張解釈に見受けられます。デモは結構です。満足するまで、個人が望むならば、永遠にやり続けて良いです。それが、政治家になる事や政治家を選ぶよりも確実で生産的だと思うのであればそれで良いと思います。

    • 「匿名希望ですみません」さん、私がコメントしたのはあなたのコメントがアップされる前でしたので、私のコメントは「匿名希望ですみません」さんの内容とはなんの関連もありません。
      「ネガティブエネルギー」は、「ブログ:わたしは戦争にも原発にも反対しません」の中に「戦争反対ということがネガティブエネルギー」というような言葉がありましたので、それについてのコメントです。「戦争に賛成」とも誰も言ってないと思います。

      • そうですね。ちょっとしたすれ違いです。忘れましょう。

  14. よくぞ言って下さいました。(笑)
    たった今FBでお花畑さんのブログ二つ読んで、吉田さんのブログを読みました。
    お花畑では私もまず、「で?あなたは具体的にどんなアクション起こしてるの?どこかで平和集会でも企画してるの?」という反応に続き、読み進むうちに「なんだよ(ーー;)、結局、自分が正しいって、エゴ満たしたくてジャッジしたいだけじゃん。」と思ってしまったのでありまするよ。
    引き寄せの法則も、自分が持つエネルギーが周りで起こる物事を引き寄せる事も理解してます。人間の行動は大別すると愛か怖れかがベースになっているという事も。
    が。
    人の行動の根底に何があるかなんて、お花畑ちゃんにも誰にも判らないワケで。
    表面的な事だけ見て、ジャッジしてる暇があったら、祈り以外にアクション起こせ、っつーの。
    思考が浅い。浅すぎる!

    とジャッジしてるアタシも浅いね〜…(笑)

    おじゃましました。

    • 仰る通りです。

      「何もしない、何も言わない」割に「私は反対しない」という意思表示をしっかりして「他人をジャッジ」している(笑)

      困ったものですよ。いえいえ、私も深く思考したいものだと常日頃思います。コメント感謝

  15. デモ、もちろんOKですよ。意思表示を行うことはいいことだと思います。

    挙げられてるブログを読みました。平和を念じれば、オーラの色が良くなって、むしろ平和が実現するとのこと。反対するのは良くないと。

    一体この人はどうしちゃったんだろうか、と。私はデモに興味はないが、デモをしてまで意思表示したい人達を否定するつもりはありません。

    念ずれば、実現する、か。凄いな。

    悪いものは悪い、良いものは良い、それは声を上げた方が良いことはあると思うけどね。ただ念ずるだけだと動いてないし、意見も言ってないしね。平和を願うなら、戦争反対なんだけどね。平和と戦争遂行は成り立たないから。ただ、「汝、平和を欲するならば、戦争に備えよ。」これが一番正しい解釈でしょう。古代ローマの諺ですな。

    • ありがとうございます。

      そうですね、「どうしちゃったんだろうか」その通りに私も思いました。

      「戦争に反対しない」というタイトルをつけて、何がしたいのか。「見てほしい」だけかも。

      そうです、物事はハッキリ竹を割るのが分かりやすくて良いと思います。特に法案は「賛成か廃案か、改善か」どれかしかないのですよね。

      対案は示さなくても「廃案」は十分な対案なのです。

      念ずるとか、まあ、、念ずるのは自由だと思いますが、やはり「戦争に反対しない」っていうのは、どうにかしてると思いますね。つまり「矛盾」ですよね。思弁の世界に浸っちゃった挙句なのかもしれません。

      戦争に備えよ、大事だと思います。自分の身は自分で。こんなご時世ですから。それまでなるべくみなの身をみなで。

  16. 私の個人的な意見ですが、私は集団的自衛権の行使は反対です。日本の平和が続く為には、どちらの選択が正しいかどうかはわかりません。でも、やっぱり反対することは一つの表現で意味のある事をだと思います。私も反対すると同時に、世界の平和を祈っています。
    なぜなら、戦争を経験したことのある人にしか現実の苦しみはわからないからです。もし、自衛隊が人を殺めることがあったら、その人は一生それを背負って生きて行くことになります。
    私は、戦争経験者の実体験を聞いたことがあります。
    私が十数年前に神戸の港町の小さな医院で働いていた時の事です。そこの医院の常連の患者さんでした。彼は、戦艦大和の生き残りでした。絶対に沈まないと言われていた戦艦大和が沈没し、戦友達が目の前で死んで行ったそうです。その事は何十年たっても忘れられないと話していました。
    自分が生き残ってしまった事を悔やんでいること、銃弾が自分の足を貫通し通り抜けたこと、苦しみが蘇り脳裏に焼きついていること、戦争は絶対に反対しなければいけない事、そして今の平和があることは、多くの友が国を守る為に赤紙一枚で、自分の命をかけた人生があること、それを自分が伝えて行くことが、戦死した戦友が許してくれる事なのではないかと話していた事。いつも彼は、自分の命がある事を感謝しながらも、戦死した仲間が目の前で命を落としていった悲しみを背負っていました。
    戦争は、苦しみの積み重ねで、今の平和な生活とかけ離れ過ぎているため、想像がつかないのです。戦争は、そういうものなのだと思います。
    命とは温かいものです。温かい血液が流れ、温かいもので人は癒されるのです。例えば、温かい心、言葉、音、仕草等です。だから、この世に選ばれて生まれてきた命を大切にするために、どうしたら良いのかを、それぞれが考えて実践していくことだと思います。

    • 熊見紀子さん、熟読しました。貴重なお話をありがとうございます。おっしゃる通りだと思います。ぜひぜひ、いろいろな人に教えてあげてください。とても重要なお話だと思います。

  17. 「私は戦争に反対しません」という同工異曲のブログたちが人気です。確かにね~、賛成反対問わず、正義は我にありと考えると視野狭窄になるというのは危険ですね。でもですよ、彼らの主張も、それに勝るとも劣らず危険だと思う次第です。
    だって、た・と・え・ば、レイプ魔が自分の娘を犯そうとしたときに、
    「私の娘がレイプされることにも反対しません。だって、反対ってネガティブだから」っていう態度をとることがよいってことになりますからね。私が親だったら体を張って止めますよ、そんなもの。
    それにですよ、こうも書いていらっしゃいます。
    ”何かに反対している時、その人の発するエネルギーも、ブラックなのです。”
    ”「セクハラ反対!」という方、、、発しているエネルギーは、なんと!ブラックだったのです。”
    ”「セクハラ反対!」と言っている人は、「セクハラ」に集中して、エネルギーを集めてしまっているのです。意志に反して。”
    つまり、戦争反対というと、戦争エネルギーが集まって具現化するらしいんです。原発反対と言うと原発にエネルギーが集まって具現化するらしいんです。
    でも、昨日のニュースで、新国立競技場計画は白紙撤回されましたよね、反対運動が高まっていたわけですけど、かれらの「引き寄せの法則」によれば、新国立競技場計画は白紙撤回されないはずですけど、どうして撤回されたんですかね?
    それから、この人たち、本当に平和を望んでいるのかすら怪しいもんですよ、だって、だって、この人たちが本当に平和を望むなら、「平和推進を願う」んじゃなくて、「平和反対」って訴えなきゃいけないんですよ。そうすれば平和が実現するんです。
    だってこう書いてるんですよ。
    「大勢で『戦争反対』と言えば言うほど・・・・『争いの世界』を現実化させやすくなってしまうのです。」
    つまり、あるXを実現したければ「X反対」って言うのが、いちばんいいんですよ。「意に反してエネルギーが集中する」らしいですからね
    何で彼らは「平和反対」って言わないんですかね?
    そうすれば平和が実現しやすくなるのに。

  18. 「意識高い系」のお話は、うんざりです。
    自分の意見を語らず、誰かの批判をするだけでは、世の中はなにも変わりません。
    高くとまっているだけの世の中であればよかったかもしれませんが、もう、そういう予断を許さぬ時期ではないのでしょうか。
    だったら、生き死にかけて、自分の子孫のために、自分の言葉に魂をこめて発信すべきと思います。
    私も、そう思って、批判を受けることを承知で発信し続けます。

    一生懸命を、笑うな。

    • おっしゃる通りです。

      かっこいいほど見た目は地道なものだと思います。

  19. はじめまして。

    最近、snsなどでデモをされてる方や政治批判をされている方々が周りの人にも嫌味っぽく、『意思表示しない奴は駄目だ』『善人の沈黙が、、、』など批判的な感情を向けてくる傾向があるので疑問でしたが元凶はこういった内容の話でしたか。。。

    ちなみに私は工作員でもなんでもありませんので変な妄想で片付けず、一意見として真摯に受け止めていただきたいです。
    ハッキリ言って今のデモや街宣活動は間違っています!
    道いく人々にむかって、ヒステリックに叫び嫌な感情をぶつけている。
    なんの為のデモ?街宣活動?って思います。

    人々に訴えかけたい事があってのことで、ただの鬱憤晴らしなら
    どうかやめていただきたい。

    デモや街宣活動の中身や効果を検証せずに自己を正当化し押し通すことは
    【原発や戦争を止めることへの真逆の効果になるからです】

    反対でも賛成でもない、よく分からない人達はその行為や神経が理解出来ず、なんか恐いし気持ち悪く逆に心が離れていくのは確かです!
    デモのとき、街宣活動しているときに通り過ぎる人達の顔をよく見てあげてください。
    表情で何となくでも人の感情って読み取れますよね?

    人に対して思いやりも持てない心で平和だなんだのいっても人の心に響きません。

    想像してみてください。
    仮に自分の大切な人の両親や家族が自分とは真逆の思想の人ならば、相手の主張も聞かずに自分の意見だけを通して合意ができますか?
    デモも反対運動も今やネガティブに使われる材料(風潮)になっていることにそろそろ気付いてほしい。
    金や権力を持った相手は自分たちよりも上手です。利用されている事に気付かず
    ヒステリックになる様は滑稽です。

    世の中の流れ、タイミングで如何に効果的に反原、反戦のメッセージを多くの人に伝えられるかこのブログに賛同している方々も真剣に考え【行動】してほしいと切に願います。

    私は自給自足の生活をしながら一人一人と対話する機会を多く持っています。
    デモをしていたときよりも確実に共感を得てくれる人達を増やしています。

    • いえ、それぞれの思いでそう言っているのであろうですから、「元凶がそれ」ってことは違うと思います。その例のブログのことですが、出たのは16~7日ぐらいですからね。

      誰も意思表示しないやつがダメなんて言ってないと思います。少なくとも私の周りでは。さらに「善人の沈黙」は確かだれか偉人の言葉ですよね。そういう思に共感して表現することがあなたにとって重いのであれば、ぜひその投稿を非表示にすることをオススメしますよ。

      当然わたしはどなたの意見も真摯に受けていますので、何卒「真摯に受けてくれ」と言わないでも大丈夫です。ここは異論賛成論なんでもありの場所です。

      その「今のデモ」と十把一絡げでなくても良いんじゃないんでしょうかね?それは「その人」が「そう」なのであって、「デモが」ってことじゃないと、私は思います。いろんなピースフルデモ沢山ありますよ。

      街宣活動ならほら、例の人達が沢山いるじゃないですか。そちらをも御批判しているっていう理解で良いのでしょうか?

      うーん、まずミッキーさん、大前提の理解が違うような気がします。まずミッキーさん、あなたはデモに参加していない。デモとは関係のない人間です。世の中には、多くのあなたに気に入らないことがあるでしょう。そのすべてについて、あなたはそうして「こうすべき!」と他人をコントロールしようとするのでしょうか?

      であれば、まず「あなたからお手本を」ですよ。ここは自由の国。

      私は笑顔でデモしていますし、道ゆく人達から手を振られまくりましたよ。あなたの主観だけが全てではないので、どうぞ、全てのデモにレッテルにならないよう、お気を付け下さい。もう一度申し上げますが、「世の中にはいろんな人がいる」のです。

      それから、誰がどうヒステリックなのか、なんの根拠もお示しではないのに、勝手にレッテルをはらないほうがいいですよ。

      あなたは、かなり、なにかのことに執着していらっしゃる。あなたの暮らしがどうとか、対話がどうとか、それはご立派なご活動、しかしこの上の文章については、少々「過干渉すぎる」とわたしは思います。

      まずあなたからお手本を示し、それに共感した多くの人があなたについてくれば、世の中も変わるでしょう。それで良いんじゃないんでしょうか?だれかを否定して自己肯定しないほうがいいですよ。恰好悪いので。

      私個人はあなたの思いを受け止めていますが私個人の感想ですが、少々「表面的にすぎる」感じを受けます。もし「いや、ちがうんだ!」という確固たるものがおありであれば、ぜひ、ここだけにとどまらず、世の中を自分の思うように動かしたいのであれば、自立してご活動がんばってください。あなたにはあなたの考えがあるように、他の人にも他の人の考えがあるのですよ。

  20. はじめまして! 会津に住んでおられるのですね!私は三陸沿岸で 父と二人どっこい 暮らしている者です。ここ 釜石市は 市内全体 仮設団地です。
    FBで 偶然 お花畑さんの記事から こちらの記事 続けて見てしまい たまらずコメントさせていただきました。。 お花畑さんの記事は お子さんを抱っこされた写真とともに 平和を願いまあす って。。 お花畑さんは 甘いと思うわあ!! 大昔から 女たちは 平和を願ってきたのです!平和を願うだけで かなうなら とおっくの昔に 世界は平和になってたはず。。 国が震災の復興道路の 予算をカットした時、 「 オリンピックには巨大な予算を だすのだなぁ、オリンピック ➡️ おもてなし ➡️ ひとでなし ➡️ やりなおし。。。じゃないかあ!」と、思いました。私のこころの 反戦歌が 二曲あります。マービン.ゲイの 「 ホワッツ.ゴーイングオン」。。ベトナム戦争に行った弟の手紙を もとに つくられた歌詞 。。この世界は いったいどうなってるの⁇。。そして マイケル・ジャクソンの「マネー」 この唄は マービンの どうなってるの?? への アンサーソングだと 私は思っています。。「マネー!マネー! あんたたち 金のためならなんでもやるよね。。人殺しでも、スパイでも。。」そして 間奏で ウィスパーボイスで あんたたち の名を囁いていきます。。 モーガン。。。ロスチャイルド。。。。etc…。。。。マイケルは 実は根性入った男だったのです。。闘って 名誉の戦死したのです。。 日本だけの話しではなく 地球まるごと で あんたたちの 仕組みの道具になって 戦争の道具にされるのは もうこんりんざいごめんだ‼️ と、腹の底から ことばにする時 なにかが動かせる。。 お花畑さんの記事は 読んでると みぞおちが きもちわるくなります。正直な反応です。ごめんなさい。あなたが 私の気持ち や、ベトナムの兵隊の弟のために 唄ったマービンゲイの気持ち、マイケルジャクソンの 愛と勇気 本気で理解できるのはいつかしら? お花畑な ママたちは その腕に抱いてたベビーに いつか もし 赤紙が来る日が来たら お腹の底から 理解できるのかしら?? そのベビーに なんて言って送り出すの? ママはここで 平和を願っているわ というの?

    • どうぞどうぞ。犬亦ルリ子さん聞いてくださってありがとうございます。

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