鮪の解体ショー  吉田葉月


今日は、母が栃木県内に借りているアパートに来ている。
震災後、今の同居人と暮らすようになるまで、居候させてもらっていたりしていたところで、今も時々来ている場所。

歩いて20分ほどの決して大きくはないスーパーに、食材を買いに出かけた。途中の道の両端には、メガソーラーがびっしりと並んでいる。一年くらい前までは田んぼだったことを覚えている。あれよあれよという間に、更地になり、メガソーラーの場所となった。このメガソーラーから発電された電気が何に使われているのか、私は知らない。

スーパーのドアを通り抜ける。スーパーは騒然としていた。
男性の威勢の良い声が響く。人々が群がっている一角がある。

マグロの解体ショーをしていた。
近づいていくと赤身がちらついた。付近に30人くらいの人たち集まり、集中して解体を見ている。
漁船の乗組員の作業着みたいな恰好をした鉢巻姿の男性が包丁を入れていく。骨から身が外されていく。魚の身の赤い色が綺麗だなと思う。魚の形が変形していき、大きく切り分けた身が、別のまな板に乗り、別の2人が更に小さな身に分けていく。それがパックに詰められ、キャスターの付いた商品棚の上に乗せられるや否や、誰かがさっと受け取る。そんな光景をその場で何度か目撃した。お客さんの食いつきが大変良いのだ。その場の補助に当たるお店の人たちの表情や声や姿も、心なしか生き生きして見える。

あれよあれよという間に鮪が捌かれていく。栃木県のスーパーにて。

あれよあれよという間に鮪が捌かれていく。栃木県のスーパーにて。

気付けば今日は土曜日。小さな子供たちは父親と思しきランニングシャツ姿の男性と、目の前でマグロの解体を見ている。大人たちは、お目当ての部位が商品となるまでマグロの姿を見つめているように見受けられる。小さな子供から年配の人まで、老若男女が、食べ物になっていく過程の生き物の姿に見とれているように見えた。見ている人たちには僅かながら、頬の紅潮も見て取れた。ごちゃごちゃガヤガヤしていていながら、集中と興奮が混在したようなかんじ。自分の好きな雰囲気だ。
こんな風にいきいきとした顔つきで食い入るように、生き物が人の手で変形する姿にみんなが感心を持っている。それが新鮮だった。あれ、意外とみんなもそういうとこあるのかな?という意味で新鮮だった。

私は福島の海辺の高校で水産高校生だった。私自身はあまり真面目ではなく、まともに技術らしき技術は習得していないけれど。マグロが海から漁師たちの手によって甲板につぎつぎと上げられ、頭に細い棒状のものが刺され息の根が止められる。ホースの水で血が抜かれていく。マグロの体重を測る。キャスターの付いた大きな青いトレイに寝せられ、冷凍室に運ぶ。その工程の中に、自分たち学生が当番で入っていく。作業着には血が付き、血を噴出された船首には生臭さが広がっている。

解体ショーの光景を見ていて、その様なことを思い出した。魚の匂いや赤い色は、私の若い時の記憶と繋がっている。

山梨で暮らしているときは、当時知り合った猟師に仲間らとついていき、犬でけしかけながら猟銃で撃つようなイノシシ猟に同行し、撃たれたイノシシの解体を見た。
猟師の手によってナイフが扱われ、河原で見る見るうちに赤い色を晒していくイノシシの姿。マグロの解体ショーに見入る人たちのように、目が離せなかったことを覚えている。マグロとも違うにおいがする。そんな体験は、生き物が死んで、ただ悲しいというようなものとは違った。死んでいく動物に戸惑う余裕はなく、素早く解体される。だから、それほど寂しくも悲しくもなかった。それよりも、目の前で肉とそうでないものに分けられていく空間が現れると、ともかく見届けたくてたまらない。そしてもう納得するしかない。当時は漁師や猟師に尊敬とか畏敬の念のようなものを抱いたものだった。漁師たちや猟師たちとの空間を、僅かでも過ごせて嬉しかった。

そういうわけだからか分からないけれど、動物の内側にある赤い色を見たり生臭い匂いに触れると、居場所を感じるような嬉しいなつかしさが自分の中に漂ってくる。

切り分けられるマグロ。₍撮影・吉田葉月₎

切り分けられるマグロ。₍撮影・吉田葉月₎


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吉田葉月 について

Yoshida Hazuki / 1983年福島県双葉郡に生まれる。お絵かきが好きな子供だった。生まれてから18年双葉郡で過ごす。山梨・東京で暮らした後、再び生まれ育った地で暮らす。311の後、各地を転々とし現在栃木県で暮らす。自分の手を使い、何かに携わりたいと思うようになる。趣味は図画工作や美しい海に潜ること。 I was born at Futaba gun in Fukushima ken in 1983. When I was a child, I liked drawing. I had been at Futaba gun until 18 years. I lived in Yamanashi and Tokyo and then, hometown. After the 11th of March in 2011, I moved around and now I live in Tochigi. I hope to make any handmade one. I like swimming, snorkeling, and drawing and manual arts.