【 郡山市からのメッセージを鹿児島経由で… 】(中) 米田ひろし


上巻から続き

【福島県のとある高校教員からのメッセージ】

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放射性物質は目に見えず、匂いもない…

体は、ひっそりと痛めつけられ続け
自覚症状が出てからでは遅いし、肉体的にも精神的にも辛いしキツイ…

3.11の数日後の2011年3月15日〜16日には、私の家族に雨と雪が降り、
買い物に列をなしたスーパーの前で、見えないヨウ素が体に降り注いだ。

匂いも色も知識もないから、「直ちに健康に問題はない」という情報に騙された。2015-05-19-05-57-20_deco
妻のボランティアに同行、強制的に避難させられた2千数百人の姿を見た。

私は、高校の教員だが自作のガイガーカウンターを作った。自作の線量計で福島県じゅうを走りまわった…本やネット文献と照らし合わせて見えないものが見えてきた。

住んでいた地域よりも線量が高い中通りに避難させられた人達がいる…身をもって感じた。

国や行政が適切な場所に避難指示を出していれば、もう少し苦しみも少なかったかもしれない…それを私は身をもって知っている。 2015-05-19-05-56-32_deco
人は火を使うが、大量に使えば、危険なのは誰でもが知っている。

タバコ、酒、自動車、飛行機etc

危険はいっぱいあるが、勝手にばら撒いておいて「ごめんなさい」も言えないものは要らない。 2015-05-19-05-57-58_deco
経済・理想優先で屁理屈こねて「安心だ安全だ」それは言い訳。

今流行りの解釈を捻じ曲げれば「悪が善に」、「善が悪に」簡単に入れ変わる。

放射能を知り
放射能で苦しんだ

この4年間は、そういう日々だった。2015-05-15-10-57-18_deco下巻へ続く


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hiroshi

hiroshi について

Yoneda Hiroshi/ 1973.1.17生まれ、二十歳から14年間、介護従事者として働き、その後、ゴルフ練習場。3.11後にいろんな疑問を抱きいろいろ考えました。政治家の後援会活動をするが3月で退職。2015年7月に南相馬、会津、郡山、帰宅困難区域の双葉を取材。I was born on 17th of July, 1973. I had worked as a nursing care staff for 14 years since I was 20 years old. After that, I worked at a golf practice range. I deeply thought a lot about things after the 11th of March, 2011. I acted at a society in support of a politician, but I have been suffering from depression again, so I face my life.