「『NO OWNER SUBSTANCES 無主物A.D.2015』壷井 明 Akira Tsuboi」のこと ①


2015年3月14日。三軒茶屋。「KEN」の入り口にて。「『NO OWNER SUBSTANCES 無主物A.D.2015』壷井 明 Akira Tsuboi」の掲示。(撮影・吉田葉月)

2015年3月14日。三軒茶屋。「KEN」の入り口にて。「『NO OWNER SUBSTANCES 無主物A.D.2015』壷井 明 Akira Tsuboi」の掲示。(撮影・吉田葉月)

2015年、3月14日。
東京は三軒茶屋の、KENに向かった。「『NO OWNER SUBSTANCES 無主物A.D.2015』壷井 明 Akira Tsuboi」という展示とトークを見聞するために。

地下にある会場の扉を開けると、パソコン越しにこちらに向いて座っている人がいた。壷井明さんである。私に向けて挨拶の声がかかる。会話が始まった。

最近、福島県を訪れたのはいつであるか尋ねると、今年の1月であると壷井さんは答える。2か月前。そう遠くない、新しい過去だ。
壷井さんは、3.11以降、福島県に通いながら、仮設住宅に暮らす人や、原発作業員など、住人の声を直接聴き続けている。そして、そんな体験を経て顕わになる光景を、ベニヤ板に描いていくのである。そうして作られてきたものが、今回展示された『無主物-No Owner Substance-』だ。

KENの粟津ケンさんによれば、壷井さんは「現代における琵琶法師とか創世記のラッパーのよう」であるという。

私が、かつて双葉郡の住人であったことを告げると、壷井さんの表情に緊張が見えた。トーク開始の定刻近くになるまで、私の体験について話を聴いてもらう流れとなった。聴き手のスイッチを入れてしまったような気がして、自分の来歴を明らかにしたことを少し申し訳なく思った。

思ったものの…、
元福島県の住人で、避難者ともいえる私がこの日この場所に足を踏み入れたことを、予期せぬ出来事と思わせたとしても、異質なことではないはず。壷井さんの作品が、多かれ少なかれ、どこかで当事者性を感じている人間を引き付けた。その証拠として自分がここにいるとも言える。

私の後に、人がぽつぽつと訪れ始める。

壷井さんが絵の前に立ち、トークが開始となった。

2015年3月14日。KENのフロアで。私に映った光景。絵の前に立ち、当事者らについて話す壷井明さん(絵・吉田葉月)

2015年3月14日。KENのフロアで。私に映った光景。絵の前に立ち、当事者らについて話す壷井明さん(絵・吉田葉月)

壷井さんが描いたものについて語り始める。

何枚かの絵に登場するものは、防護服を着て鎖に繋がれている人たち、
赤い風船を手に持った二人の親子、
仮設住宅の前の広場で、ひとり佇む男性など…。

それらは、

建築業界の構造の鎖に繋がれるが如くに暮らしている原発作業員や除染作業員達について、現地で見聞きしたことによって浮かび上がったものだったり、

福島県のとある地において、孤立状態となりながらも、日常の平穏さを保つように生きる、子を持つ母親に出会ったことで浮かび上がったものだったり、

草木や土と共に育んだ身体を離れたが故、己の輪郭を失ってしまったかのような元農家の人と触れ合ったことで浮かび上がったものだったりする。

そんなふうに、当事者たちとの出会いが、壷井さんに絵を描かせているように思える。

描かれたものを起点に、当事者たちの言葉を代弁するかのように語り続ける壷井さん。その緊張の面持ちを、私は仰ぎ見ていた。壷井さんは、いつまでも話せそうだと言っていたが、時間となりトークが終了する。

私は、絵や言葉から成る空間を、ただただ浴びて佇むことしかできず、出会った人たちと別れ、その場を後にした。

(続く)


カテゴリー: レポート   タグ: , , ,   作成者: 吉田葉月   この投稿のパーマリンク

吉田葉月 について

Yoshida Hazuki / 1983年福島県双葉郡に生まれる。お絵かきが好きな子供だった。生まれてから18年双葉郡で過ごす。山梨・東京で暮らした後、再び生まれ育った地で暮らす。311の後、各地を転々とし現在栃木県で暮らす。自分の手を使い、何かに携わりたいと思うようになる。趣味は図画工作や美しい海に潜ること。 I was born at Futaba gun in Fukushima ken in 1983. When I was a child, I liked drawing. I had been at Futaba gun until 18 years. I lived in Yamanashi and Tokyo and then, hometown. After the 11th of March in 2011, I moved around and now I live in Tochigi. I hope to make any handmade one. I like swimming, snorkeling, and drawing and manual arts.