『東京の水』吉田邦吉


むろん、東京の水、すなわち「東京水」は売っているぐらいきれいであることは先に書いておく。ところが一部で「東京の水は汚い」と言われて久しい。今でもGoogle検索窓で「東京の水」と入れると予測で出てくる言葉群のなかに「汚い」が含まれている。人々がそれなりの数で検索したからだろう。

「東京水・pure tokyo water」東京都庁HPより

わたしはごく若いころ、ほんの一時だけだが、浮浪していたことがある。そのころ都内で公園の水を飲むのを非常にためらっていたので、ついにお金がなくなったときでも飲めずにいて喉からからで苦しかったのを覚えている。

たまたま泊まったビル型マンションで飲もうとした水道の水が茶色かったことも原因であろう。単に使われてなかっただけだと思うが、わたしの東京の水へのイメージは非常に苦々しいものになっていた。だから今でも、「東京の水は安全だきれいだ」という取り組みや宣伝などをテレビで見たりすると、頷きながら、そのころの自分を思い出すのである。

ただし今は、わたし自身が、東京の水の立場になって考えてみることができる。あの甘酸っぱい思い出とともに東京都行政の「水への取り組み」も学んでみたいと思うようになっているのだ。やはりそこ東京では人々が楽し気に暮らしている。歩けば喫茶店も楽しい。それなのに、何も知らずにイメージだけで悪い悪いと言っていても良くないと思った。

もし大勢の日本中の人々が東京の水は汚い飲めない酷いというような罵詈雑言の羅列や酷すぎる表現をどかどかと毎日毎晩約10年間もネットで続けて、なおかつ、政争のためにその東京の水が汚いというイメージを使いまくっていたら、東京で暮らしている子どもたちや女性たちはどう感じるであろう。そういうことであるから、穏健派が多いことは重要なのである。

(※ここでその酷い状態というのを1分間だけでも良いから「関東」とか「東京」という言葉と「福島」と置き換えて、あれこれの酷い言葉の数々を想像しなおしてみてほしい。多分「なんで貶めてばかりいて何ら理解しようとしてくれないのか」というように、悲しいか怒るか呆れるなどの度合いだ。)

話を戻して、もしそんなことをされたら、東京の人達は「いや、ちゃんと検査して安全が確認されたから安心だ」ということを表現するであろう。むろん、まだまだと思って各施設の水道設備について考えたり慎重論や表現行為なども出てくるかもしれないが、そういう慎重論や表現論があることと今ここで述べたような酷い状態と、同じではないのである。

ネット情報によれば、昔は東京の水はいろいろ課題を抱えていた地区があり得たのかもしれないが、今では、「高度浄水処理」という装置によって安全がさらに高度な段階で確保されているようなのだ。「利根川水系の全浄水場で高度浄水処理100%を達成」しているとのこと。

「高度浄水とは通常の浄水処理に加え、オゾンの強力な酸化力と生物活性炭による吸着機能を活用した浄水処理です。これまでどうしても取り除けなかった水の中に残るごく微量のトリハロメタンやイヤなニオイや有機物をほぼ除去することができるため、より安全でおいしい水をお届けできるようになりました。」(「高度浄水処理について」東京都水道局)https://www.waterworks.metro.tokyo.jp/suigen/kodojosui.html

しかも、「四半世紀の歳月を経て、平成25年10月に高度浄水100%を達成し」たのである。この継続的な努力は目を見張るものがきっとある。検査もかなり充実しているようだ。そういった「テクノロジー」(科学技術)には、称賛を送りたい気分にすらなるかもしれない。

最終的に、1998年ごろのわたしの東京の水への印象がなぜそんなに悪かったのかを知る由は無いのだが、ネット情報によれば、利根川の流域は人口密度が高いから生活排水の流入なども一因と考えられているようだった。人口が多いところでは、あらゆるデマも伝播していったことだろう。それが東京と田舎を往復する人々によって広まったのかもしれない。ただし当時と今とで違うところは、流行しているSNSが無いから、話は話でデマも一緒に終わってくれることである。東京の水と福島の米がどこか似ていながら違う状況に居るのはこのためだ。

これからの時代は、SNSや検索エンジンでのアピール対策が重要になってくるだろう。サクラもあり得る。そして世界では近い将来「食料や水が不足する」と言われている。日本においてはインフラなどの民営化などがいろんな意味で注目されているが、世界のそうした事象が、どういう風に日本に対して影響が加わってくるのか、予測していかねばならないのだろう。既にしている著作はあるかもしれないが。少なくとも食べ物と水を作って守っていてくれる人達を大事にせねば、日本は国防的観点からも、相当に弱体化するであろう。


カテゴリー: メモ   作成者: 吉田 邦吉 パーマリンク
吉田 邦吉

吉田 邦吉 について

CHIEF EDITOR ▼Yoshida Kuniyoshi / 1981年1月大熊町生まれの原発避難者。中大法卒、2000年より塾長。2013年4月、赤坂憲雄の活動のもと文の道へ、2014年9月22日に卒業同日、「WELTGEIST FUKUSHIMA」で独立し出版事業を開始。エッセイで致知出版大坪社長特別賞。2017年度にアメリカ横断距離5000kmを歩き、1500kmの時点で20kg痩せ、2017年にアルコール、2018年にパイプを止める。会津民俗学研究会員。書籍編集長。雑誌共同執筆。文化庁支援事業や福島県立博物館や横浜美術館ヨコハマトリエンナーレ(オラファー・エリアソン作品)などで講師やトーク等々。私設図書館「ふくしま本の森」にて活動等。新聞、ラジオ、テレビ、インターネット、多数回のメディア出演を経験する。NHK BS1 スペシャルNHK world premium「福島タイムラプス」(出演)は全日本テレビ番組製作社連盟ATP賞テレビグランプリ優秀賞、ニューヨークでも受賞。2019年から日々20kmのジョギング継続。法学、哲学、民俗学、そして20言語の学習も続けている。同年夏から農業関係の区域内公共事業に就く。県内在住。facebook / website / Amazon/ Twitter/ Instagram▼ Essayist. Private school. Nuclear evacuee 2011-. Independent publisher. Majored in law, Chuo Uni, related to the Middle Temple in London. A special essay prize on a first-class magazine 2015. Lectures and Talks at Fukushima prefectural Museum, Yokohama Municipalcity Museum of Art as Yokohama Toriennale 2017 with works by Olafur Eliasson etc. Like learning languages, Folklore, etc. So many Appearances of Newspapers, Radio, TV, Internet, and NHK BS1 SPECIAL and NHK world premium (Fukushima TImelapse, ATP award TV grand prix, outstanding performance award 2018 in Japan. Also, in New York it received an award). Jog 20 km and study 20 languages everyday and agricultural public enterprise worker since 2019. Live in Fukushima.