ヤノベケンジさんと福島文化会議 吉田邦吉


前回までの話こちら
NHKが「福島と向き合って!」と報道してくれて有難い。

English
Modern Artist Yanobe Kenji’ work, which is called, “Sunchild” was criticized by several tens of people who are interested in Fukushima. The top of Fukushima administrator and Yanobe Kenji decided to move Sunchild for the time being and Yanobe is going to hold a meeting to talk about what art or culture should be in Fukushima.

今までのまとめ
現代美術家ヤノベケンジさんの現代アート作品「サンチャイルド(子ども像)」が文化施設こむこむ内にて展示されることについて、市内外とくにTwitterにて批判され、アンケートをとると数十件で批判された。ヤノベケンジさんと福島市長は、批判者に配慮して一度、撤去することに決めた。

一方で、撤去したことで傷ついた人達も居る(毎日新聞)。それでは現代アートひいては文化そのものについて、福島では、どうあるべきなのか、ヤノベケンジさんは話し合う場を設けることにしたい。

後の意見まとめ
中日新聞はこう述べる。
また「震災や被災者をテーマにすると面倒だ」という風潮が広がっては、災害の教訓や被災者の無念を風化させず後世へと伝える上で、逆効果ではないか。その点、撤去が決まったとはいえ、福島市の木幡浩市長が当初、批判に対し「サン・チャイルド」の制作と設置の真意を丁寧に説いたのは、意義深い対応だったといえよう。美術も文芸も、創作の営みはなべて自由な思念や感情の表れだ。社会の規範や科学の知識のしもべではなく、逆に常識や先入観を疑い、揺さぶり、社会に問題を提起する意味合いも大きい。心ある表現者による創作とそれに対する意見が、反目や排除に向かうのではなく、互いの主張を認めつつ社会をより豊かにしていく対話の起点となるよう、議論を深めたい。震災とアート 反目より対話の起点に 中日新聞 20180905

ジャーナリストの七沢 潔さんはこう述べる。

NHKはこう述べる。
今回のいきさつを謝罪したうえで、「さまざまな声を聞きながら、これからも堂々と福島に関わり続けたい」と述べました。9月5日福島大学で開かれた、今月9日から県内で行われる現代アートの祭典「福島ビエンナーレ」の記者会見に、現代美術作家のヤノベケンジさんは参加アーティストとして出席しました。ヤノベさんは、平成23年に復興への思いを込めて防護服を着た子どもがヘルメットを外して立ち、遠くを見つめてほほえむ作品「サン・チャイルド」を制作しました。この像は市に寄贈されて、ことし7月から子育て支援施設の前に設置されましたが、「福島市では防護服が必要だったと誤解を招く」などといった撤去を求める批判的な意見が寄せられ、先月、市が撤去を決めました。
会見の冒頭でヤノベさんは謝罪したうえで、批判や撤去の判断については、「市民の声を置き去りにして設置を急ぎすぎたことに反省とふがいなさを感じている。このままでは対立や分断が広がると考えると、一度撤去してから冷静に丁寧に議論した方がよく、撤去の判断を真摯に受け入れたい」と述べました。そのうえで、「このままではほかの表現者の萎縮にもつながりかねない。これで終わるのではなく、さまざまな声を聞きながら何をすべきか探すチャンスがほしい。これからも福島のことを勉強して福島にしがみついて福島に堂々と関わり続けたい」と抱負を語りました。ヤノベさんは今後、福島の人たちと意見を交わすことを検討しているということです。ヤノベケンジさん会見の場に 福島 NEWS WEB NHK 20180905 ※東京新聞でも話し合いを続けていきたいとヤノベさんは仰っていた。

佐藤彌右衛門さんはこう述べる。

新井浩教授はこう述べる。新井教授は「彫刻制作・環境と彫刻設置の研究・立体教材の研究をテーマ」にしている。

* 以上

・私の意見
続きがありそうで良かった。へこたれない姿勢を学びたい。サンチャイルドに関する当方のページを読み、「よくまとめてくれて分かりやすかった」という反響が寄せられて有難い。いっぽうで、「人の言葉を出さないと何も言えないのか」という批判もあった。

むろん人の言葉を引用しなくても私はここで書いてきた。それも可能だ。しかし可能な限りで開かれた話の場をもうけるには、多様な声がやわらかく響きあうほうが好ましいとわたしは考えるので、無理のない範囲でSNSにもうけられている機能を用いた。

また、誰かが福島への行き過ぎた放射能被害イメージの拡散をしたことの責任をサンチャイルドが負わせられる理由はない。この7年間、放射能についての議論によって日本中が疲弊したと言ってよい。放射能は福島にだけあるのでもない。

福島への風評被害について、しばしばネットで見受けられる「反原発がデマを拡散して悪い」という言い方がある。しかしこれも、反原発は国策エネルギーをどうするかという有権者として選択の自由の一種であり、選択がデマを流すことは出来ない。

わざわざ過剰に個人にデマ責任を取れと魔女狩りのごとく持ち出すと、それこそデマを目立たせて冷静な議論を頓挫させているようにも感じられる事がある。「このデマが悪い」と言うためにそのデマの画像をネットに流すと、何が広がるのだろう。

それに昨今は炎上と言っても千単位だ。しかし、こちらで私が出した記事は大反響だった。風評被害ではなく実害(※「18k」とは1万8千ライクの意)。すなわち風評被害を含む実害のすべてを政府東電が丁寧真摯に何とかすべきなのであり、サンチャイルドは関係ない。

むしろサンチャイルドを撤去せよという方向の人達から私はTwitterで罵詈雑言や悪口デマを流され、傷ついている。そこまで言われるとは精神的にがっかりした。設置派から言われたという人も中には居るだろうが、撤去までの時点Twitterでサンチャイルドと検索して見れば大多数が分かる。今回、全く熱狂が支配しなかったとは言えないのではないか。

なぜそこの風評被害は言われないのか。
もっと人は人に寛大になれないものか。

またあまりに過剰に「この部分が風評被害だから撤去」「この部分が誰にとってトラウマだから撤去」とやっていったら、どのような表現の範囲になるであろうか。どのようにパブリックな物体が許容されるだろうか。ほとんど何も許容されないと言って良い。

そうではなく、過去の事例にのっとってどのような物体が公に置かれているかを検討し、目的効果を考え、一定程度公共の受忍限度と思われるような、社会的に許容され得る範囲内のものを、行政裁量の範囲内または有識者会議など専門家の意見を通じて、社会通念の観点から妥当性の認められるものを置くのが相当である。

完全に民主的とは言えなくても、このような事例において全て直接選挙まで実行するほどの必要性を満たす根拠が見当たらないので、なるべく多くの人達の目に触れるような事前の取り組みが数度ないし一定の期間あれば妥当であり、それは既に達成されてもいた。

撤去決定後しばらく、たまたまルツ記を読んでいたら画家ミレーの絵「落穂拾い」が気になって読むと、人によってあらゆる政治的な評価を受けたりもしたようだ。いつの時代もあるのかもしれない。

(サンチャイルドに話を戻して)
この件も
福島だけの話題でない。

私たちは次世代の日本を、
原発事故でどうしてしまったのか。

これからどういう社会にしていきたいのか。
いつでも問われている。

サンチャイルドと福島市長と子どもたち https://twitter.com/hatabohk/status/1025526254697476096

サンチャイルドと福島市長と子どもたち https://twitter.com/hatabohk/status/1025526254697476096

* 話し合いの場へ
ヤノベさんは、2004年から隔年開催されている「福島ビエンナーレ」に12年から毎回出品。今秋のビエンナーレでは二本松、南相馬両市の主会場とJR福島駅を結ぶシャトルバスが運行され、参加者は最後にサン・チャイルドを鑑賞する予定だった。代わりに開催中にヤノベさんと市民らと対話する機会を設ける予定で、実行委員長の渡辺晃一・福島大教授(現代美術)らが今回の開催説明の会見に招いた。ヤノベさんは「(作品を説明するなどの)プロセスを踏めていなかったのが反省すべき点」と話し、常設前の期間限定での展示や意見を募集する機会を設けるべきだったとした。(福島)サン・チャイルド制作者「対立分断を望まない」古源盛一2018年9月6日 朝日新聞

すなわち、ヤノベさんは福島ビエンナーレにてサンチャイルドに関するイベントを予定していたが、撤去になったことでそのイベントが出来なくなった。よって、その代わりに、市民らと対話する機会を設けることにしたため、実行委員長で現代美術が専門の渡辺晃一さんらが同ビエンナーレ開催の説明会にヤノベさんを招いて、「話し合いの場へ進むこと」の説明をした、ということである。

・現代美術教授、渡邊晃一さんの意見

「事前の議論必要だった」 福大の渡辺教授 絵画・現代美術が専門の渡辺晃一福島大教授(50)は「芸術作品は、大きさや色彩などの感覚的なものと知識や記憶による影響がある。『サン・チャイルド』を見て、感覚的に勇気づけられた人がいたことも事実。一方で、つらい記憶を思い出した人がいた。作品の価値とそれを設置する場の問題は切り離して考えるべき」と指摘した。  さらに「作品を公共の場に恒久設置する際、福島市は市民と語り合う場を設ける必要があった。今後は市民と意見交換することで、批判的な意見が出た背景にある本質的な問題を学べるはずだ」と語った。(福島民報新聞2018年8月29日 ほか、一般の方々から「残念だ」「折り合いをつけられなかったのか」などといった意見が寄せられている)

2012年にお二人は対談している(光臨プロジェクト KENJI YANOBE Archive Project)。

サンチャイルドを福島で展示しようと誘ってくれたのは渡邊晃一さんだった。で、こうある。【渡邊さん:震災後、原発後の福島に住んでいる人間が、どのように福島のイメージを支えていくのか。福島大学で美術を教えている立場として、私は、学生や子どもたちへ、どのような未来を与えていくのかという「継続的」な活動が重要な鍵であると思っています。特に震災後は、雑誌などでも「美術の側から何が出来るのか」ということがいろいろと問われていましたよね。それに、持ってきた作品を避難所などにただ置かれていかれた方、ワークショップをしてすぐ帰っていくような「一回限りの人」がすごく多かった。また、美術関係者の方からも「どこか避難所でワークショップを出来ないか」というオファーも多く受けました。私は自宅の屋根や壁が未だ崩れ、日常生活が安定しない状況の中で、そういった要望に対応してきました。しかしながら多くの作家の方々は、震災後も御自分の今までやってきたスタイルを変えないで、たまたま震災が起きたから、その媒体として福島という場を利用しながら自己宣伝をしているような、そんなニュアンスが多かったですね。一方で、美術のチャリティーも多くなされましたが、ほとんどのお金は、私たちのように被災地で行っている地元の文化活動には入ってこない。そんな中、福島に住んでいる人間として、「継続的」に福島のことを考え、つなげられる活動をしなければと思ったのですね。】

一回限りも確かにありがたい一方で、私たち県民の抱えている寂しさのようなものを、渡邊さんは仰ったのだろうと私は思う。どれだけあっただろう。活動するときだけ関係性を持ち、あとは知らない。誰でもない。ただ「福島の人」そういう立場からの関係を求められ続けることの、苦しみにも似た寂しさを。もう少し個性を見てもらいたいということだ。無理な人間関係まで求めてない。ただ人として自然にあってもらいたいという。

【今年行う『福島現代美術ビエンナーレ』は「SORA」をテーマにしました。そこでは決して、どの作品でも良いというわけでもなかった。アートを見た人たちが、何かを感じたり、深く考えたり、もっと前に向かって進んでいけるようなスタイルの作品が必要だと思っていました。そういう点において、《サン・チャイルド》という作品はものすごく象徴的な作品なのではないでしょうか。】

【渡邊さん:たしかにヤノベさんは、放射線や原発の問題と直接的に関わる作品だからどうなのだろうかと、すごく心配されておられましたね。それは震災で原発事故が起きたことによって、福島大学が置かれている立場も同じなのかなと思いました。学生たちや教員、福島に住んでいる人たちの反応は、震災後、だいたい大きく二つの振り子に分かれていましたから。一つは、福島から離れて住むことを促すような意識。こんな危険な所には子どもたちは居るべきではないと唱え、家族と一緒に避難し、県外から通っている職員もおります。私は、ともに生活している学生たちのことを考えたら、同じ不安な中に居るわけですから、なかなかそのような行動は出来なかった。ましてや報道で福島県外から通っていると大々的に言える心境はわからない。ただ、もう一方で、別の振り子というか、原発は問題ない、放射線はもう大丈夫だよ、という考え方もありますが、それも違うんじゃないでしょうか。私たちは、震災以前と同じ生活を続けることは出来ないはずだし、むしろ現実に起きたことを受けとめながら、どう次に進んでいくのか、考えなくてはならない。】(同サイト引用)

昨今の気象と言いたくなるほど福島の言論も二極化したことで、いわば普通の被災者が居場所を失い、普通の県民が居場所を失う、そんなことになっていることは間違いない。すべて危険だから福島を出なければ悪人だと悪口まで押し付けるのも間違っているし、すべて安全だから何でも何しても絶対安心でありそう思わない人を悪人で悪口まで押し付けるのも違う。そんなの物事として当たり前のことである。

当たり前のこと、いわば社会の秩序がしかし、大災害とSNS革命をきっかけに、私怨をテコにした正義がぶつかる分断の渦に福島が投げ込まれている。(むろん私は風評でなく実害の方面から訴えているのは、被災を回復せずして復旧復興などあり得ないからだが、私はそれは極論の二極化とは関係がないと言いたい。論でなく事実的被害だからだ)。いずれにせよ、渡邊さんの意見に私は賛成であり、この二極化への危惧や中道バランスを取りたくなる道への動きは、既出であり、新井さんにも同様の流れがあり、私も同意見だ。

・「サン・チャイルドと福島 事故・風化させないために」渡邊晃一 東奥日報 2018年9月18日
空港の展示の時には「000」への「科学的にあり得ない」批判や「風評被害を助長させる」という批判などは無かったと書いてある。そして以下。【それは大きさや色合いなどの体感的な出会いからはじまったのではなく、批判についての報道を受け、原発事故を巡る個人の記憶(知識)や経験を重ねる中で、違和感を持った人が居たことを示すようにも思います。実際、私にとって防護服は不織布の白いタイベック・スーツです。黄色いロボットのような服はなじみがありません。しかも君のヘルメットには「鉄腕アトム」を思わせる黒い角があります。インターネットなどで「科学的真実」ばかりが強調された一方で、「福島の真実」に目を向けられなかったのはなぜでしょうか。」略「福島市に住む私たちは大きな被害を受けました。」略「風化させてはいけない」略「現実を伝える必要性を感じています。】

【サン・チャイルド、君がいた場所は教育文化施設でした。未来の子どもたちに君は、線量ゼロがあり得ないという事実を教えたり、福島が受けた被害の現実を伝える役割を担ったりするはずでした。除幕式には市内の児童が参加し、記念に写真を撮りました。君への愛称を200人近い子どもたちが一生懸命に考えて応募しました。子どもたちの目線からは君は「物」ではなく、心を通わせた「友だち」だったように思います。君は希望を持ち続ける私たちのようでもあります。(岡本太郎「明日の神話」に触れ)サン・チャイルド、君もまた未来の子どもたちにとって身近な友だちとして、「人類の明日の神話」を語る存在になったのではないでしょうか。】

いろいろな議論を通して、ある意味、今度こそサン・チャイルドは、福島市に恒久展示される(必要を超えて充分に近づいた)資格を得つつあるのかもしれない。むろんこれからどうなるか分からないのだが、少なくとも、たとえば新しい作品を置いて、それで納得し得るかと言われると、私個人は、結構な違和感を抱くだろう。もし新しく何かを置くにしたら、相応の納得し得る物語が必要に思われる。なぜならそこには、何も悪いことなどしていないサンちゃんが、居た、否、「居る」からだ。ぼくらは目に見えないものの尊さをも、この大災害を経験して、身に染みるほどよく分かったのである。

福島市、防護服姿の像の撤去開始 「原発事故の風評増幅」批判で 共同通信社 2018/09/18 10:40

【通院で前を通っていたという女性(74)は「市内の放射線量は既にかなり低く、個人的に風評のことは気にならなかった。撤去されてかわいそうにね…」と残念そうだった。】

福島民友に三名のかたの意見が掲載されている(子ども立像「サン・チャイルド」展示終了 最後まで市民賛否両論2018年09月18日 08時50分 福島民友新聞)。同日にテレ朝newsにも一般のかたの意見が出ていたようだ(福島・防護服の子ども像撤去へ 風評招くと批判受け 2018年9月18日 11時56分 テレ朝news)。

20180916 福島駅 撮影吉田邦吉

20180916 福島駅 撮影吉田邦吉

9月16日 会津若松から猪苗代湖をつたってそう遠くない中通り県北の福島市へ車で向かい現場のサン・チャイルドな空気感を確認する。顔にアザがあるが、皮膚の質感が桃にも似ていると思った。今回サン・チャイルド関連の資料をヴェルトに集約していて一体自分はどうするか。ヴェルトはこういうのを冊子として出そうと思えば出せるところが利点ではあるものの、特段いま何を私がというわけではなく、ただ人様の補助になれば良いことなのでひとまず静観して先達の意見を学びつつ普段の自分の研究テーマを引き続き学び続けるだろう。私は私でエッセイストをしながら随筆とは違うものも育てていきたいのである。この駅の見た目なかなか良いデザインだ。まさか新聞の取材まで受けるとは思わなかった。偶然、相馬移民の編著者である二上英朗さんが居てご挨拶もできた。感謝。それにしても、恒久になるほどの財産を取り上げられてしまった結末は市民の人達にとって残念だと思われる。

こむこむ高校の投手サンちゃの瞳に燃える魂の光を、流転スージーのキャッチャーミットが捕らえた瞬間をヴェルトにてFacebookシェアした。(※スージー=中筋純さんのこと)

片桐功敦さんと中筋純さんがFacebook投稿していたのでリプライをつけてヴェルトでシェアした。

んだよなあ。
さすけねえサンちゃ、
とは言えねえ。
かわいそうでなんね。

木枠台の上で
恒久設置だなんて
なんか
嘘だったみたいだべなあ。

んだら、
お兄ちゃんらに
連れてってもらあべ
西方の良いとこさ

(吉
(お二人の文は下記リンクをクリック!)

以降、このページは、いちど書いたら終わりという記事ではなく、追記ができるウェブマガジンの特性を最大に活かし、時間とともに多様な記事が出てきたとき、追記なり応答なりといったウェブでの傾聴と対話の活動を丁寧にしていく予定なので時折閲覧願う(「前回までの話」も同様)。


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吉田 邦吉

吉田 邦吉 について

CHIEF EDITOR ▼Yoshida Kuniyoshi / 1981年1月大熊町生まれの原発避難者。中大法卒、2000年より塾長。2013年4月、赤坂憲雄の活動のもと文の道へ、2014年9月22日に卒業同日、「WELTGEIST FUKUSHIMA」で独立し出版事業を開始。エッセイで致知出版大坪社長特別賞。2017年度にアメリカ横断距離5000kmを歩き、1500kmの時点で20kg痩せ、2018年に酒たばこ止める。会津民俗学研究会員。書籍編集長。雑誌共同執筆。福島県立博物館や横浜美術館ヨコハマトリエンナーレ(オラファー・エリアソン作品)などで講演やトーク等々。私設図書館「ふくしま本の森」にて活動等。新聞、ラジオ、テレビ、インターネット、多数のメディア出演を経験する。NHK BS1 スペシャルNHK world premium「福島タイムラプス」(出演)は全日本テレビ番組製作社連盟ATP賞テレビグランプリ優秀賞。facebook / website / Amazon▼ Essayist. Private school. Nuclear evacuee 2011-. Independent publisher. Majored in law, Chuo Uni. A special essay prize on a first-class magazine 2015. Lectures and Talks at Fukushima prefectural Museum, Yokohama Municipalcity Museum of Art as Yokohama Toriennale 2017 with works by Olafur Eliasson etc. Like learning languages, Folklore, etc. So many Appearances of Newspapers, Radio, TV, Internet, and NHK BS1 SPECIAL and NHK world premium (Fukushima TImelapse, ATP award TV grand prix, outstanding performance award 2018)