磐城の山々 吉田邦吉


 ああ、こんなにいわきの山々って美しかったんだ。

 山国会津で培われた観察眼に違いない。春4月初旬、温かく、いつものように明るい陽射しが照らしていた。今年は双葉郡の桜も会津の桜もみな一度に咲いたぐらいだった。三春はすごいことになっているに違いない。どことなく春ぼけしたまま車に乗る。平のロッコク(国道6号線)辺りで桜が咲いていたのを眺めた。差塩(さいそ)辺りだとたびたび思うが。ふわふわもこもこと雑木が色とりどりになりつつあった。黄土色から茶色、緑の木々に、薄桃色、濃い桃色、白色、黄色の花々そして椿が咲いていて、会津では少ない竹が浜通りには生い茂っていて、家々が犇(ひし)めき合っていた。避難の友人たちともときどき話すが今回はいわき市で90歳のお爺ちゃんとたまたま話した。あの辺に住んでる。ここから近い。ちょっと耳が遠いんだという合図をしていた。誰も何も言わずとも「うん、うん、うん」と、何度も小さく頷いていた。口数の少ないおじいちゃんの眼はとても優しく、この山々の春のようであった。昔々、磐城で私が観るモノは何だったか、少し考えていた。洋服、アクセサリー、小物、音楽、食べ物、海、……ふつうの暮らしがそこにあったことを思い出す。幼い頃はスケート場にも行ったことがあった。双葉郡の外で買い物と言ったら、南相馬または、磐城であった。稀に郡山、そして仙台または東京である。いわきの今は、どうなったのだろう。あの直後から昨年までと今年とでは、また違う風景になった気が最近している。磐城を出るころ、磐城は暴風警報だとラジオが伝えたのは、阿武隈高原あたりだったか。

 雪の縞が残る磐梯山は雲に届き、その上に繋がっているかのようだった。


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吉田 邦吉

吉田 邦吉 について

CHIEF EDITOR ▼Yoshida Kuniyoshi / 1981年1月大熊町生まれの原発避難者。中大法卒、2000年より塾長。2013年4月、赤坂憲雄の活動のもと文の道へ、2014年9月22日に卒業同日、「WELTGEIST FUKUSHIMA」で独立し出版事業を開始。エッセイで致知出版大坪社長特別賞。会津民俗学研究会員、書籍編集長、雑誌共同執筆、福島県立博物館や横浜美術館トリエンナーレなどで講演やトーク等々、私設図書館「ふくしま本の森」にて活動等。新聞、ラジオ、テレビ、インターネット、多数のメディア出演を経験する、最新はNHK BS1 スペシャルとNHK world premium。facebook / website / Amazon▼ Essayist. Private school. Nuclear evacuee 2011-. Independent publisher. Majored in law, Chuo Uni. A special essay prize on a first-class magazine. Lectures and Talks at Fukushima prefectural Museum, Yokohama Municipalcity Museum of Art as Yokohama Toriennale 2017 etc. Like learning languages, Folklore, etc. So many Appearances of Newspapers, Radio, TV, Internet, and NHK BS1 SPECIAL and NHK world premium.