東浩紀さんによる、投票棄権論者の声を集めたいについて 吉田邦吉


 その記事こちら
 「今回の選挙、くだらなすぎる」 投票棄権の賛同署名を集める東浩紀さんの真意とは?「コストも時間もかかる選挙をこんな形でやるのは、国民の財産を毀損する」2017年10月10日 09時11分 | 更新 2017年10月11日 08時39分 関根和弘 ハフィントンポスト
http://www.huffingtonpost.jp/2017/10/09/hiroki-azuma_a_23237074/

 最初の部分を引用する。

 開始

(聞き手)
―インターネットの署名集めサイトで、衆院選の棄権に賛同する人の声を集めていますね。署名の目標数5000に対し、すでに4500以上が集まっています。

(東浩紀さん)
「選挙に行きたくない」とか「棄権」とかって言うと、多くの人が「いや国民の義務として投票に行くべきだ」とか言うわけですね。もちろんその通りです。しかしですね、その前にこの選挙が必要だったのかってことをちゃんと考えなきゃいけないと思うんです。

選挙が始まると本当に「お祭り」状態になるので、マスコミもネットもどこに入れるんだってことばっかり考えるわけだけど、そもそも選挙ってのは、お金も時間もすごくコストがかかるわけですね。

今回であれば、600億円を超えるお金がかかり、それだけではなくて人々の時間も取られる。例えば、地域の秋祭りなども中止になっていて、そして新聞なども紙面がずっと選挙関係の記事で占められる。日本社会全体が「開店休業状態」になるわけですよ。

じゃあ、そこまでして一体何を問うはずだったっていうのが、もう既に消えてしまってるわけですね。だからこそ、こういうことはおかしいだろって、国民はちゃんと声を上げることが必要だと思います。

ところがTwitterで1人でこういうこと言っていると、「いや国民なんだからまず選挙行け」とか、「選挙始まっちゃったんだから、とやかく言ってもしょうがないだろ」みたいな声しか来ない。

やっぱりちょっと数を集めて、そういうことを思ってる人が多いんだよってことを可視化しようかなと思って署名活動を始めました。

今回の選挙はつまらない、くだらないと思う事は全く間違ったことではないと言いたい。もちろん、選挙に行ってもいいですし、僕だって行くかもしれないけど、国民が「間違ってる」ってことをちゃんと言わないと、同じことが何回も繰り返されるってことですね。

 以上(※丸括弧筆者)

 東浩紀さんが投票棄権論の人達の声を集めたいという意見には思考がある。棄権せよとは言ってないように見える。それなのに、どうして棄権論者の話を聞こうともしない外野が「クソ野郎」だの「インテリぶるな」とかを議論が白熱する前から言うのだろう。人の悪口ばかり言う前に文をちゃんと読んだうえでどんなところを批判したいのかはっきりさせたほうが良い。みんな選挙に感きわめて投票へ行く道徳とか僕にも無理である。道徳は怖い。前向きに選挙が楽しいとかも思えない。ものすごく辟易している。棄権したいぐらい政治には腹が立っている。今の政治に信頼ないと思う。選挙期間になるとその時だけの政治家、その時だけの活動家が、インターネットで何か騒いでいる。被災地は孤立の静寂が支配している。

 一所懸命に選挙応援している人達は偉いし立派だが、棄権する自由を認めなければ、逆に、投票して政治を暮らしを良くする自由も選べない。投票しないと悪口まで言われて押しつけられる理由はどこにあるのか。風評被害の議論と似ている。言えば風評被害、死ねば自己責任。買えば非国民、買わねば非国民。けっきょくインターネット政治論壇の一部は思想に関係なく文も読まずに、悪口ばかり投げて排除ばかりしているのではないか。そういった言葉を是とする雰囲気は本当に前向き感覚なのだろうか。近寄りがたい。復興とか戦中とか、いろんな小さな声を押しつぶしてきただろう。棄権論者の声を無視して棄てる又は投票することをこてこての正しさで押しつけて良いのだろうか。それこそ投票しない方向へ進めているように見える。

 ぜひとも4500人も居る投票棄権したいぐらい辟易している署名者たちの声に耳を傾けたい。福島の仮設住宅で以前、ある選挙について避難者の中高年層に話を聞いたことがあった。詳しくはヴェルトガイストフクシマというこの雑誌の(紙媒体のうほう)2号に掲載してあると記憶している(いま手元にないので間違っていたら申し訳ない)。その場で数名の女性たちに聞けた話である。むろん避難者の全員でもなければ、人だから常に同じ意見でもないだろう。そのとき聞いた感触では、口を揃えて絶望を語っていた。ぽつりぽつりと語られる孤立や悲しみの話を僕はただ聞いた。彼女たちが棄権論者かどうかは知らないが、少なくともここにはある種の相似性が見受けられる。

 ただし僕は護憲論であるから、もしできるなら、戦争の辛い経験から公布され、世代を越えて守られてきた今の憲法を守りたい。たとえ押しつけ改憲されても、地道に今の憲法への理解を増やして戻したいだろう。放射能汚染も困った。被災地の現状は苦境のまま酷い。自主避難者への悪口も酷い。農家への悪口も酷い。だから投票も仕方なく行くが、本当はこんな政治でこんな政争ばかりでこんな選挙では、面倒くさくて行きたくないとも思ってる。絶望だ。民主主義が熟成しているように思えない。どうして選挙に対して一所懸命な前向き感を押しつけて色分けしたがるのか。邪魔しているわけでないのだから、後ろ向きが居たって良い。福島の復興でも常に明るく頑張る被災者イメージを押しつけられるのと似ている。

 本当に優しい社会を育てたいなら、もう少し大らかな目線で語り合いませんか。
 少し落ち着いて耳を傾けませんか。

 

※追記
 この文を書いたあと、師茂樹教授のツイートを知りました。
 参考にリンクのみ添付しておきます。
 https://twitter.com/moroshigeki/status/917946380110381057
 https://twitter.com/moroshigeki/status/918721703093485568
 https://twitter.com/moroshigeki/status/917922655398797312
 https://twitter.com/moroshigeki/status/917920108105801728

以上

 今回の問題は、先に棄権論が大々的に分かりやすく取り上げられたので炎上しているようですが、もし先に「投票すると、こう良いことがありますよ」という話を、漠然としてではなく、分かりやすく取り上げることができていれば、かなりインターネットの反応は違っていたのかもしれないと思うことがありました。

 わたしは昨日も若者に「選挙?ああ、面倒かもしれないけど、こんなご時世だから、投票に行ったほうが良いよ」とオススメしました。しかし世の中では「投票行きたくない話をすると非国民」のような話が多くなり、余計に投票しない人が増えると思うと、悲しみを覚えます。
 
 じっさい棄権したい人も世の中には沢山います。投票率を見れば、ひょっとしたら一千万人などの単位で居るのかもしれません。あまり責めずに、理知的に、優しく、投票へ行くほうが良い話をしませんか。そして、その前に、投票へ行きたくない理由を、十分に、聞き届けませんか。


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吉田 邦吉

吉田 邦吉 について

CHIEF EDITOR ▼Yoshida Kuniyoshi / 1981年1月大熊町生まれの原発避難者。中大法卒、2000年より塾長。2013年4月、赤坂憲雄の活動のもとライターとなり、2014年9月22日に卒業、同日、「WELTGEIST FUKUSHIMA」で独立。エッセイ賞受賞。会津民俗学研究会員、書籍編集長、雑誌共同執筆、講演、対談、などを行っている。facebook / website / ▼