片道1600km 普通電車の旅「群馬〜鹿児島」(中) 米田 ひろし


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青春18切符の旅  3日目の朝

ネットカフェに泊まり、AM5:59の電車に乗るつもりで駅に向かった。

その道は30年前、毎日8kmの道のりを自転車で高校に通った道

なつかしく思い…歩くスピードを緩めた

この道、8kmあってキツかったと記憶しているが、もっと離れた東脊振村から鳥栖市まで自転車通学していた猛者がいたのだ。その土地の名が示すように山の中の村で猿が毎日のように家の庭を通ると話していたのを覚えている。

12kmの自転車通学…しかもママチャリだったのだ。

サザエさんにでてくるアナゴさんを若くし眉毛を激太にしたような顔だったのだが

なぜか…名前は「多良」であった。

そういう思い出にひたりながら歩き、予定の電車に乗り遅れてしまった。

しかし、あの電車に乗るという予定をたてただけで予定は未定なのだ

どうにでもなるものなのだFB_IMG_1503483663783

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FB_IMG_1503397778837鳥栖に後ろ髪引かれながら電車に乗り

酎ハイのプルタブを開ける。パシュっという音がクセになりそうだ。だいたい酒を朝にSNSに載せるとあまりよく思われないらしい

朝の6:00…あたりまえと言えばあたりまえの話だ。まぁ、普通電車の旅はノンアルで乗り切れる程、安易ではないのだと言い訳にしておく

どうでもいい話しなのだ

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FB_IMG_1503483653634普通電車にゆられ大牟田

熊本行きに乗り換え

さらに南下

熊本が近くなる車窓から見えるは「田原坂」真正面に見えるのが、まさにその田原坂である。

長さ1.5km標高差60mのゆるやかな坂であり、南下して熊本城を目指す官軍小倉連隊とこれを阻止せんとする薩軍が、明治10年(1877年)3月4日一進一退の攻防を繰り返し1万人余の戦死者を出した西南の役最大の激戦地だ。

田原坂の戦いは、両軍合わせて1日30万発以上の銃弾がわずか300mの間で飛び交っていたらしい。田原坂から発掘される「かちあい弾」銃弾どうしが空中で衝突することによって 二つの銃弾がくっついたような弾になる。http://jp.bloguru.com/pegasus/224438/2014-11-18/thread

雨は降る降る 人馬は濡れる
越すに越されぬ 田原坂

この田原坂で40日間の激闘が繰り広げられた。

田原坂を知っている人は多いと思うが、車窓から田原坂を見れるというのを知っている人は少ないのではないだろうか。そういう地を車窓から見れないかとGoogleマップを開きながら旅をする。先日は関ヶ原の戦いの地も見れた。

歴史好きにはたまらないのだ。

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スマホというものは本当に便利なもので、アプリに現在地と目的地を入力すると目的地までの移動手段と時間を的確に教えてくれる。八代から人吉の乗り換えで2時間半もの待ちがあったのに気付く

即座に熊本で電車降りた。熊本は小6から中3まで過ごした思い出の地だ

見たいものがあった

熊本城

1年前の地震で傷ついてしまった熊本城を見たかったのだ

数十年ぶりに市電に乗り熊本城に向かう

崩れた石垣を目の前にして熊本城がこんな姿なるのか…愕然とした

遠目でみる崩れ去った西大手門…桜が咲く時期のここの姿は、どれだけさびしい絵になるのだろうかと…想像した

20年かかるといわれる修復…

熊本県民にとって熊本城は大事なもの

傷ついた姿すら絵になる…教訓になる

ゆっくりでいい…蘇った時

また、この場に立ちたいものだ

写真「熊本城」https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=1388904654561355&id=100003255001153&ref=bookmarks

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FB_IMG_1503483639915あっという間に2時間がたち、慌て市電に乗る熊本駅に向かうつもりが上熊本駅行きの市電に乗ってしまったのだ。

乗りたい電車にギリギリで間に合う予定が猛ダッシュしてもダメかもしれない状況になってしまった

運良く電車が若干の遅れ、余裕で乗る事ができたのだが走って汗ダクダクである。

ものすごく慌てたのだ。

しかし、何もなかったような顔を装い電車に乗り込む。お前はいったい何を気にしている…

これもまた、どうでもいい話しなのだ。

八代で鹿児島本線から人吉線に乗り換え、超ローカル線で球磨川を上る。帰省客、観光客を乗せた一両編成の車両は満員

川沿いを走る車両は揺れがひどい

揺れを感じながら車窓を楽しむ

これがまた…いいのだ。

人吉ではSLが待っててくれた。やはりSLは絵になる

ちなみに

私は「撮り鉄」ではない

「人吉写真」https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=1399491723502648&id=100003255001153&ref=bookmarks

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人吉から肥薩線に乗り換え「いさぶろう・しんぺい号」という。この路線を開通させた人物にちなんだ名前がつけられた車両にのる。この肥薩線は日本三大車窓と呼ばれる路線。ループスイッチバックと言われる独特な走り方が印象的であった。http://www.jrkyushu.co.jp/trains/sp/isaburou_shinpei/

曇っていたが久々に見る天孫降臨の霧島の山々が美しい

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いさぶろう・しんぺい号のおしゃれな車両でオヤツの時間だ。スイーツ佐賀で地元に愛されて70年の老舗和洋菓子店「お菓子のじろう」のどら焼き。これが美味いのだ

昨年、桃のスイーツを食べた、これは絶品だったhttp://okashinojiro.base.ec/categories/254433

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山を降りゆくローカル線
熊本〜宮崎を経て故郷の鹿児島

普通電車の乗り換えること21回、二泊三日の群馬から鹿児島の旅

しかし、ここが折り返し地点

少し気が遠くなったが…

どうにでもなるのだ

「水俣・朝倉編http://weltgeist.info/?p=13510につづく…」


カテゴリー: レポート   作成者: hiroshi パーマリンク
hiroshi

hiroshi について

Yoneda Hiroshi/ 1973.1.17生まれ、二十歳から14年間、介護従事者として働き、その後、ゴルフ練習場。3.11後にいろんな疑問を抱きいろいろ考えました。政治家の後援会活動をするが3月で退職。2015年7月に南相馬、会津、郡山、帰宅困難区域の双葉を取材。I was born on 17th of July, 1973. I had worked as a nursing care staff for 14 years since I was 20 years old. After that, I worked at a golf practice range. I deeply thought a lot about things after the 11th of March, 2011. I acted at a society in support of a politician, but I have been suffering from depression again, so I face my life.