新しい暮らしの在り方を選ぶ優しい人達を私は知っています。吉田邦吉


 さいきん福島では涼しかったのです。本日は日差しがありますので、少し動くとじんわり汗が出てくる程度の室内気温30度湿度60%午後です。屋外では木々にミンミンゼミが鳴いています。ツクツクホウシはまだ先のようです。アブラゼミやクマゼミも聞こえるような聞こえないような。セミの鳴き声が聞こえると、カルピスで手作りの氷アイスが、サクサクと格別です。

 リアルだろうと成りすましは簡単です。インターネットでも相変わらず不毛な争いが続いていますね。福島が繰り返してきましたことに少々飽いています。やわらかなクサノネの一助になりますよう、お盆でもお墓参り簡単に行けない私からささやかな提案を、インターネットの片隅に置いておきましょう。こういうことは短文で伝えきれないので気乗りしません。ただ読み込むチカラのある誰とも知らぬ人へ。

 国策として原発をやめ、新しい暮らしを選ぼうとする優しい人達が流す涙の数々を私は知っています。やさしきママさんたちが心から家族を守りたくて流す涙を私は知っています。いろんなところに遊びたがる子供がいるので至るところ側溝まで放射線を計測する女性たち。日ごろから健康に良い食べ物を考える。料理とか洗濯とか、心がこもっていると丁寧なものになりますね。

 反原発フェスやデモに私は実際に参加したり見聞しました。大マグロックのある青森も、辺野古での抗議がある沖縄も、むろん福島各地も、東京での官邸前も、すごく優しい人達ばかりでした。かたい握手をしたりしました。たくさん笑いました。たくさん悲しみました。怒りもしました。(参考)そこでは、一期一会の、せつなさを共有しました。

 いっぽう、沖縄で、福島から来たとわかると「あなたは❰原爆❱に被災したから子供を作れないだろ」と、知り合うなり乱暴に言われたことがあります。しかし聞けばそのひとは横浜のひとで脱原発だと自分では言っていました。そのことについて5分だけ考えて見ませんか。わたしはしばらく考えました。その結果がこの文です。

 ごくまれに、どこか旅の途中では失礼なことを言われたりしますが、そのぐらいなんでしょう。それはその人の行為が悪いだけであって、脱原発という選択、あたらしい地球の在り方への思想や信条の話とは、関係がありません。その人だってたまたま間違えてしまったことでしょう。いつまでも責めたりしません。寛大なフクシマでありたいのです。

 わたしは廿代のころ、刑法学で学士論文を書きました。刑法は人の行為を見ます。つまり憲法上、思想や信条は自由なのに、思想や人種を非難するようになってしまうことは、人々が過去いくたの歴史において不幸を繰り返してきたことであり、残念に思います。もっとお互いに庶民同士マナーを持てる。ずっとジェントルであれる。夕暮れには鈴虫がオーケストラ。

 フクシマというパンドラの箱は開かれたのでしょうから、3・11を思い考えることを、文化として認め、フクシマ哲学ないし「311哲学」としませんか。いや、純粋に哲学でも結構です。とにかく最後その箱に残るのは、ホープでしょう。同じヒト、同じ生物です。くりかえされる無情の争いに加担するのをやめましょう。絶望を味わっているからこそ生まれる希望には優しさがあります。それが文化だと思います。


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吉田 邦吉

吉田 邦吉 について

CHIEF EDITOR ▼Yoshida Kuniyoshi / 1981年1月大熊町生まれの原発避難者。中大法卒、2000年より塾長。2013年4月、赤坂憲雄の活動のもとライターとなり、2014年9月22日に卒業、同日、「WELTGEIST FUKUSHIMA」で独立。エッセイ賞受賞。会津民俗学研究会員、書籍編集長、雑誌共同執筆、講演、対談、などを行っている。facebook / website / ▼