NPO法人 原発事故災害者復興タウン鬼生田開発プロジェクト(上)吉田邦吉


※注……筆者の草稿に半分ほど鈴木さんの加筆がある。

鈴木清一さんは30代から郡山市西田町鬼生田に住んでいる。東北電力に勤めていた。発変電所勤務のため深夜勤務が多く体調を崩しやすく39歳で職種を技術系から事務系へ変更し、43歳の時に浪江・小高原子力準備本部へ転勤した。それは浪江町棚塩の海岸沿いに原子力発電所を立地する事業だった。そこでは土地の買収を主に担当した。

鬼生田開発プロジェクトの鈴木清一さん(撮影吉田邦吉)by WELTGEIST FUKUSHIMA

鬼生田開発プロジェクトの鈴木清一さん20160722(撮影吉田邦吉)by WELTGEIST FUKUSHIMA

今もしそこが整っていれば、原発が立っていただろう。鈴木さんはそこで7年間単身赴任生活を送った後転勤となり、54歳の時に自宅から通える東北電力郡山営業所に勤めた。そこで311となった。地震が起きて身の安全を守るため潜り込んだ机ごと体が前後左右に移動し、最初はなにが起きているかわからないほどだった。以下の鍵括弧は鈴木さんである。

「女子従業員よりも私のほうが驚きの悲鳴をあげていて恥ずかしかった」(地震・雷が大の苦手)

その後、福島第一原子力発電所の建屋が吹き飛んだのをニュースで見た時は、愕然とした。建屋が吹き飛ぶというのはメルトダウン(格納容器内の炉心が溶融し核燃料が容器の底に溶け落ちる)によりメルトスルー(格納容器の底が抜ける)して、放射能が飛散する最悪の事態であり、「これでもう福島は終わりだ!」と思わず口に出しそうになったが必死にこらえた。

この時咄嗟に思ったのは、40代の単身赴任時代(浪江・小高原子力準備本部)に家族同様に7年間お世話になった浪江町の人々の安否だ。

大津波の被害に逢い更に追い打ちをかける様に放射能汚染に見舞われ一家離散となり、避難先で体調を崩して亡くなられた方も多いと聞く。原発事故被災者の方々の為に自分に何か出来る事は無いのか・・・・その思いが込み上げてきた。

「原子力発電所の安全神話が崩れさったことが一番ショックでした。奥さん、原子力発電所は絶対大丈夫だ、万が一などまずないと言って土地を買収してきた事が悔まれてならなかった。浪江・小高地点では全ての地権者に同意を得る事が出来なかったため、浪江町に原子発電所が建設される事は無く、幸いにも浪江町では原発事故は起きずに済んだ。」

お茶菓子を食べながら鈴木さんが熱心に言う。
「昔の農家はお茶菓子をなんでも自分で作ったんです。キンツバやカラメル等をお袋の実家の婆ちゃんが作ってくれて旨かったな・・・・。私は会津坂下町に生まれ育ち、中学校卒業まで居ました。高校から宮城県の多賀城市で東北電力の企業内高校で学びました。最初は変電所の運転員でした。(改行)

41年間勤務しました。去年の6月30日を以って定年退職し、その後政府の雇用促進つまりパートと同じ扱いで東北電力に継続して勤めていましたが、このままでは駄目だ!一日も早くこのプロジェクトを実現して、原発事故被災者の方々が失った古里と絆を回復し、家族と一緒に住める夢と希望を取り戻せる協働のまちづくりをするんだ。(改行)

会社勤めをしながらの片手間の仕事では、このプロジェクトは達成しないぞとの熱い思いがこみ上げ、一日も早く鬼生田開発プロジェクトを達成すべく昨年の11月に再雇用先を依願退職し、このプロジェクトに全勢力を傾ける事となりました。」

奥様の美智子さん
「虚しさだけは耐えられない。これだけ放射能汚染という実害がある状況で、虚しいです。中通りだってね」
(以下、「さん」略)

鬼生田開発プロジェクト鈴木清一さんがひとまず耕している畑。(撮影吉田邦吉)同日 by WELTGEIST FUKUSHIMA

鬼生田開発プロジェクト鈴木清一さんがひとまず耕している畑。(撮影吉田邦吉)同日 by WELTGEIST FUKUSHIMA

鈴木さん達による「鬼生田開発プロジェクト(NPO法人原発事故災害者復興タウン鬼生田開発プロジェクト)」とは、原発避難者が、原発避難指示区域に比較的近い鬼生田の地で、ふるさとを見守りながら、鬼生田の広い土地を買い、家を建て、農家もしながら気兼ねなくそこに暮らすという計画である。

特質としては、避難者が集住でき、自然がすばらしく、都市にも避難区域にも近く、かつ、鬼生田の人達が最初から歓迎してくれている心の準備や法的なことなどの準備が鈴木さんたちのおかげで整っているということである。鈴木さんの実力が、原発誘致ではなく、避難者の保護救済へ向かっているのだ。

私は何度か彼のもとを訪れているが彼の気持ちは熱心である。

鈴木「放射能汚染されたところは戻りたくても戻れない。除染はまやかし。自分たちの意思で本当の復興マイタウンを作ってもらえれば政府に対してNOと言う声も強くなるとも思います。避難者の皆様と手をとりあって進みたい。今はまだ農地転用できてないですが、必ずできます。助成金も充当してもらえるようにできます。新しい町を作れれば非常に理想的だと思います。EU離脱問題じゃないけれども原発から離脱し自立しましょう!」

鬼生田から望める安達太良山(撮影吉田邦吉)20160722 by WELTGEIST FUKUSHIMA

鬼生田から望める安達太良山(撮影吉田邦吉)20160722 by WELTGEIST FUKUSHIMA

美智子「鬼生田は、すぐ住めるわけではなく、少し時間がかるので、関心がない人もいますが、ここなら自分達で新しい自治会を作ったり、つまりは周りに気兼ねすることなく窮屈な思いをしなくて良いんです。すばらしい学校もできるのです。西田学園(平成30年完成)。小中一貫校です。100坪以上の広い土地に若い人や親御さんたちが一緒に住める二世帯住宅なども理想だと思います。高速道路もすぐ近くですし、三春ダムの水も来てます。猪苗代湖の水も利用しています。両方から水がとれる立地の良いところです。複合ショッピングセンタージャスコも車で数分で行けますよ。三春にはリオンドールもあります。総合南東北病院へも数分で行けます。原発事故による放射能汚染に対して福島県民ももっと怒って良いと思います」

鈴木「この地域は農地一反(10a)から農業経営が出来る(H28.6.1から施行)ので、農家として住む方は少し大きめの家庭菜園つきの住宅を建てることができます。しかも農家なので採れた野菜は出荷もできます」

美智子「避難者の方を受け入れる活動を続けてきましたけど周りからもう(支援などは)いいんじゃないとか言われると、こちらがおかしいのかと思ってしまい、たまに疲れることもあります」

筆者「いえいえ、そんなことないですよ。やっぱり時間がかかることだと思いますし、そういう受け皿があると思うだけでぜんぜん違いますよ」

鈴木「私はこの活動を通して原発に依存する生活から離脱して自立する街づくり、地元住民と原発事故被災者の方々が協働で創る街づくりを目指しています。そして、被災者の方々が一日も早く家族と一緒に楽しく暮らす笑顔を夢見て活動をしています。今後は、避難者の方が運営する語り部の会開催やミュージシャンを招いての各種イベント、農業体験・収穫祭、芋煮会などを通して、原発事故被災者の人たちとの交流をはかろうと思っています」

鈴木さんと語らっていこう。鬼生田の野菜を頂きながら。

鈴木さんちのおにぎりと野菜(撮影吉田邦吉)20160722 by WELTGEIST FUKUSHIMA

鈴木さんちのおにぎりと野菜(撮影吉田邦吉)20160722 by WELTGEIST FUKUSHIMA

※NPO法人のホームページURL
 http://www.oniuda.or.jp/
NPO法人 原発事故災害者復興タウン鬼生田開発プロジェクト
※電話番号 事務所所在地
〒963-0921
福島県郡山市鬼生田字柿平330番地
(携帯) 090-6229-9881
事務局長 鈴木 清一


カテゴリー: メモ, レポート   作成者: 吉田 邦吉 パーマリンク
吉田 邦吉

吉田 邦吉 について

CHIEF EDITOR ▼Yoshida Kuniyoshi / 1981年1月大熊町生まれの原発避難者。中大法卒、2000年より塾長。2013年4月、赤坂憲雄の活動のもと文の道へ、2014年9月22日に卒業同日、「WELTGEIST FUKUSHIMA」で独立し出版事業を開始。エッセイで致知出版大坪社長特別賞。会津民俗学研究会員、書籍編集長、雑誌共同執筆、講演、対談、私設図書館「ふくしま本の森」にて活動等。facebook / website / Amazon▼ Essayist. Nuclear evacuee. Independent publisher. Majored in law. Private school. Essay prize. Speeches and Talks at prefectual Museums etc. Like learning languages.