日本人という存在 吉田邦吉

 いろいろと解釈はあり得るでしょうけれど、日本人が初めて国際的に発生したのは、ある点によって今回は、明治時代からだと私は解します。それまでは「倭やアイヌなどのひと」でした。日本という国号は7cの飛鳥浄御原令からあっても、ほとんどが「それぞれの国に忠誠」であり、江戸時代などでも言わば「藩に忠誠」でありました。バラバラだったんですね。そのバラバラでは、日本人じゃないと思います。それは藩人であるか、または、国民の意味が違うのです。

 それぞれの「故郷=藩」=「お国のひと」ですね。
 憲法が出来て、日本国臣民が発生した。
 日本全体という「自覚」が発生した。

 しかしそれでも、「また自分さえよければよしの無責任な大敗北」をして、非常に多くの人達の命が、あまりにもむごたらしい、残酷で、酷い、死に方を、しました。生き残った少なからぬ人達も残酷すぎる人生を送りました。その大反省のもと日本国民が発生した。今は、また、大量の無責任な「日本国民」が、あらゆる「無責任な売国」をしまくっていますね。そうして日本人は、消えるんだと思います。土台から無責任だったのですから、終わりも無責任でなんとなく終わるのでしょう。悲しいことですけれども。

 じっさい、SNSのひとしかこの話題についていけないと思います。もちろん、SNSやってなくても、毎日新聞だとか朝日や東京新聞などリベラルな読者なら違うと思います。われわれは、そういう「リベラル以外の日本人たちによって終わりを迎える可能性が高い」とも言えるのかもしれません。割合で言えばリベラル有権者は(私の想像で)4割います、たぶん。わたしはこれを以前から「反知性主義によって日本は滅ぼされるだろう」と言う言葉で代表させて言っています。言い換えれば「バカにやられる」と言ってもいいです(良いバカも居るでしょうけど今とりあえず)。

 政治を見てくださいよ。あれ、責任感ありますか。
 有権者を見てくださいよ。責任感ありますか。

 不正を憎み、自主独立の国家を持ち、個人が主体的に言論を行使していますか。ほとんどが「奴隷」ですよ。これのどこに自覚と責任感がありますかね。ないんですね。終わっているとはこのことです。自衛隊の人達は、「こんな売国バカどもを命がけで守ってる」と思ったら悲しくなりますよね。戦争が始まったら、日本国民は我先に逃げて、あと全て無責任だったのが太平洋戦争ですから、今度もまた同じようになるでしょう。「自分さえよければ良い」では「多くの人々がダメになる」のです。この辺りについて気になるかたにオススメは「文部省著作教科書 民主主義 径書房」などかもしれません。

 原発事故を思い出してください。
 日本国家は、誕生していたのでしょうか。