ごあいさつ 津田枝里子

この度有り難い御縁とお声掛けを頂き、ライターとして参加させて頂くこととなりました津田枝里子です。

吉田編集長の意向も頂きましたので先ず大切な事を1つ。
「つだえりこ」ではありません。
「つたえりこ」と申します。
そう、濁点がありません。濁りが無い。ここ重要。
さらに漢字変換してみて下さい。「伝えり(る)子」です。
特別意味を持たない名前でしたが、福島第一原発事故以降意味を持ってしまう事に。
福島の人々の現状を伝えたい。そして自分自身の意思を伝えたい。
そんな気持ちから私の行動は始まったのです。

「脱原発と書いた瓢箪を提げ歩く」

当時の福島でも脱原発の意志を持つ人、持たぬ人様々でした。なので自分はこうである、ということを示したかった。

そんな伝える活動はいつしか県民の意思を知る活動ともなります。

原発は健康被害は勿論、町も、人も 、心もバラバラにします。まるで核分裂エネルギーが私たちをも分裂させているかのように。

必ずしも皆が脱原発と思っていない、むしろ関心すらない。福島県民が眠っている。そんな現実が突き刺さってきたのです。プラカード持ってメガホン、なんかも考えましたが、私一人がそれで変える力はない。福島の目覚めはいつなんだろう?

この5年間の前半はそのようにあがき、後半は、私にそもそもそんな声を上げる資格があるのだろうかと悩みました。

そして遂に瓢箪の看板を下ろそうと決意したその時、吉田さんに出会ったのです。

○○さんが「いいね!」しました。

FBフレンドを通して、吉田さんの投稿を何度か、いえ、何度も拝見しました。当時私は集団的自衛権、憲法改正(悪)、米軍基地、TPP、マイナンバーetc.etc…と原発政策以外にも反対を訴えていました。(反対の宝庫、レジスタンス部隊、エロテロリスト等と呼ばれたり呼ばれなかったり…)

相変わらず危機感が薄い世の中にもかかわらず、そこには私が求めていた答え、見識があったのです。この時の衝撃はまさに筆舌に尽くし難し。

気がついた時には友達リクエストさせて頂いてました。

その繋がりから、米田さん、酒井さんの投稿も拝見し、このWeltgeist Fukushimaの存在を知りました。

出会いを与えて下さった神様に心から感謝致します。

分裂を融合に変えるため、伝え続けたい。無為自然の意思を伝えたい。諦めかけたあの時、希望を甦えらせて下さった皆さん、本当に有難うございます。そしてこれから宜しくお願い致します。

 

 

 

土地を見て人を思わず  酒井政秋

今、福島の問題は多岐にわたる。
原発事故処理の問題・避難区域の解除の問題・放射性物質の問題・風評被害の問題。
国側は粛々と解決していない問題も含めて、解決をしたように見せかけた方策をとっている気がするのはわたしだけだろうか?
住民側にとってはどうだろうか。多様な意見があるのも確かだ。
元々の生活・コミュニティー・その中での文化、価値観の在り方。それらをとってみても科学的根拠だけでは限界がある。社会生活のなかで、何が今、問題になって人々は怒り、落胆し不満なのか、丁寧に”声”を聴き見極めなければ、根本的な解決には決して至らない。そのうえで最も大切なことは、その土地固有の生活を知る必要がある。
ただ単に、放射性物質を取り除く努力をしても住民のそれらの問題は解決しない。だからといって、国側のやり方は100%無駄だという事では決してないが、放射性物質を取り除くという作業だけに偏り、人々の根本的な心のしこりは取り除くことができず、現実世界に目線を下げなければ、将来が見えてこないのではないだろうか。
そこに一番必要なことは、たとえ少数派の意見であろうと真正面から向き合い、いかに「住民側」の思いに耳を傾け、そして、その思いを真正面からしっかりと認識し体感としてわかろうとすること。それでもわからない場合はそこに居住してみるというのもいい案かもしれない。

しかし、国側(政府)はどうだろうか・・・。
「土地を見て人を思わず。」
今の現状は、そんな言葉がしっくりと当てはまるかもしれない。

今、米軍北部訓練場の一部返還に伴う東村高江周辺のヘリパッド建設問題にしても、そこに゜住まう住民の事を考えず、住民の意見にも耳を傾けずに卑劣で強硬的なことが行われているが、ほんとうの優先順位は、「国民があっての国や土地であるということ。国民との十分な議論の中で同意のもとに決断すること。」ではないだろうか。

そして、国民を守ることが大前提ではないのだろうか。それが、アメリカ軍を守り、日本国民を排除しようとしていることは、あまりにも理不尽なことではないだろうか。
住民の叫びにも近い声も、恐怖におびえる思いも、悲しみにくれる姿さえも組織人には伝わらないのだろうか。

ましてや、国(政府)は民を守ろうともせずに、住民を訴えてくる有様だ。
守ってくれるはずの国は、守ってくれない。
権力を容赦なく振りかざしてくる。

組織の中の人は、”仕事”だから仕方のないこと。で片付けてほんとに良いのだろうか。国に携わる仕事をしている人たちには、国民一人ひとりの人生を左右する権力を持っているという事を強く自覚してほしい。
それぞれの人生も握っているという事を。

国が関わる大きく長引く問題は、いつも権力によって人が踏みにじられていく。
そして、のどかな生活さえも奪ってしまう。
そんな社会からどうしたら卒業できるのだろうか。
国はいつになったら国民の声に耳を傾けるのだろうか。

最後に、憲法第十一条、十二条、十三条、十四条を。

※1 第十一条  国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

※2 第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

※3 第十三条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

※4第十四条  すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

※1・※2・※3・※4日本国憲法(昭和二十一年十一月三日憲法)より引用