ほんとうの空atひょうたんから見える景色 津田枝里子

私の住む二本松の代表的な人物といえば詩人高村光太郎の妻智恵子。

智恵子は病床から遠い古里を思い「ほんとうの空が見たい」
と呟いたという。

ではほんとうの空とは?今の二本松の空は?

真実が見えない…

曇らせてしまったのは自分なのだろうか。

安達太良山。標高約1700mのこの活火山には様々な伝承がある。

宇宙の中心である初めの神、天之御中主大神(アメノミナカヌシ。日本神話古事記より)

「その大神様の神籬(ひもろぎ)の山なんだってない(訛)。」

え、なんか凄い。
降臨なされるということですか??
確かに本宮の安達太良神社は、この神様をお迎えするための高皇産霊神、神皇産霊神が御祭神だ。因みに二本松の「二本」とは、この二柱の神様の事だと聞いた事もある。そして安達太良神社ホームページにちゃんと安達太良山=御神体山と書いてある!
なかなか根拠はありそう。

高村光太郎氏の著者「智恵子抄」によると、

東京には空が無い。古里安達太良にはにはほんとうの空がある。

驚いた光太郎が窓を開け空を見ると、そこには綺麗ないつもの青い空がある。なぜ智恵子はそのような事をいうのか。

と記されている。当時は今みたいに排気ガスで空が汚いとか無かった時代。東京も同じように綺麗な空なのに何故…
智恵子のいう「ほんとうの」の意味を考えてみる。

本当→真実→真理
宇宙は絶対的真理からなる所。宇宙の中心=天之御中主大神
そう結びつければ「ほんとうの」の正体はアメノミナカヌシ。
智恵子は二本松の空に宇宙の絶対者の存在を見ていたんだとしたら。

今私は原発問題をはじめ、憲法改正問題など危機感を募らせている。

今日も脱原発ひょうたんをさげ近所のスーパーを歩く。
二本松ではこのひょうたんに感想を抱かれる事は殆ど無い。
当初は視線も感じたし笑われもした。「通りすがりのカップル、何故指さして笑う!」

勿論たまには共感も頂いた。

しかし最近では無関心の視線を感じる。

無関心が悲劇を起こそうとしている。

しかし真理は目の前に、小さな私達を見守って下さっている。

昔のおばあちゃんはよく言ってくれた。

「誰も見てねってワリ事すっと、神様は見てんだかんない!(訛)」

おばあちゃんの話にも耳を傾けない昨今。思うにもっとこの古事記とか民間伝承とか学校教育に取り入れてみたらどうか。日本の文化の土台なのだから。
二本松の中学校では、提灯祭り等の文化を学ぶ授業が年1、2度程講師をお呼びして行われている。講師というのは地元のおじさん、おばさんのこと。
もっとこういう機会を増やしてもいいと思う。

日本人の起源や誇りの部分を学ぶことで、これからの日本を支える精神になればと願いを込めて。

ほんとうの「日本を待つ」、二本松より

ごあいさつ 津田枝里子

この度有り難い御縁とお声掛けを頂き、ライターとして参加させて頂くこととなりました津田枝里子です。

吉田編集長の意向も頂きましたので先ず大切な事を1つ。
「つだえりこ」ではありません。
「つたえりこ」と申します。
そう、濁点がありません。濁りが無い。ここ重要。
さらに漢字変換してみて下さい。「伝えり(る)子」です。
特別意味を持たない名前でしたが、福島第一原発事故以降意味を持ってしまう事に。
福島の人々の現状を伝えたい。そして自分自身の意思を伝えたい。
そんな気持ちから私の行動は始まったのです。

「脱原発と書いた瓢箪を提げ歩く」

当時の福島でも脱原発の意志を持つ人、持たぬ人様々でした。なので自分はこうである、ということを示したかった。

そんな伝える活動はいつしか県民の意思を知る活動ともなります。

原発は健康被害は勿論、町も、人も 、心もバラバラにします。まるで核分裂エネルギーが私たちをも分裂させているかのように。

必ずしも皆が脱原発と思っていない、むしろ関心すらない。福島県民が眠っている。そんな現実が突き刺さってきたのです。プラカード持ってメガホン、なんかも考えましたが、私一人がそれで変える力はない。福島の目覚めはいつなんだろう?

この5年間の前半はそのようにあがき、後半は、私にそもそもそんな声を上げる資格があるのだろうかと悩みました。

そして遂に瓢箪の看板を下ろそうと決意したその時、吉田さんに出会ったのです。

○○さんが「いいね!」しました。

FBフレンドを通して、吉田さんの投稿を何度か、いえ、何度も拝見しました。当時私は集団的自衛権、憲法改正(悪)、米軍基地、TPP、マイナンバーetc.etc…と原発政策以外にも反対を訴えていました。(反対の宝庫、レジスタンス部隊、エロテロリスト等と呼ばれたり呼ばれなかったり…)

相変わらず危機感が薄い世の中にもかかわらず、そこには私が求めていた答え、見識があったのです。この時の衝撃はまさに筆舌に尽くし難し。

気がついた時には友達リクエストさせて頂いてました。

その繋がりから、米田さん、酒井さんの投稿も拝見し、このWeltgeist Fukushimaの存在を知りました。

出会いを与えて下さった神様に心から感謝致します。

分裂を融合に変えるため、伝え続けたい。無為自然の意思を伝えたい。諦めかけたあの時、希望を甦えらせて下さった皆さん、本当に有難うございます。そしてこれから宜しくお願い致します。

 

 

 

土地を見て人を思わず  酒井政秋

今、福島の問題は多岐にわたる。
原発事故処理の問題・避難区域の解除の問題・放射性物質の問題・風評被害の問題。
国側は粛々と解決していない問題も含めて、解決をしたように見せかけた方策をとっている気がするのはわたしだけだろうか?
住民側にとってはどうだろうか。多様な意見があるのも確かだ。
元々の生活・コミュニティー・その中での文化、価値観の在り方。それらをとってみても科学的根拠だけでは限界がある。社会生活のなかで、何が今、問題になって人々は怒り、落胆し不満なのか、丁寧に”声”を聴き見極めなければ、根本的な解決には決して至らない。そのうえで最も大切なことは、その土地固有の生活を知る必要がある。
ただ単に、放射性物質を取り除く努力をしても住民のそれらの問題は解決しない。だからといって、国側のやり方は100%無駄だという事では決してないが、放射性物質を取り除くという作業だけに偏り、人々の根本的な心のしこりは取り除くことができず、現実世界に目線を下げなければ、将来が見えてこないのではないだろうか。
そこに一番必要なことは、たとえ少数派の意見であろうと真正面から向き合い、いかに「住民側」の思いに耳を傾け、そして、その思いを真正面からしっかりと認識し体感としてわかろうとすること。それでもわからない場合はそこに居住してみるというのもいい案かもしれない。

しかし、国側(政府)はどうだろうか・・・。
「土地を見て人を思わず。」
今の現状は、そんな言葉がしっくりと当てはまるかもしれない。

今、米軍北部訓練場の一部返還に伴う東村高江周辺のヘリパッド建設問題にしても、そこに゜住まう住民の事を考えず、住民の意見にも耳を傾けずに卑劣で強硬的なことが行われているが、ほんとうの優先順位は、「国民があっての国や土地であるということ。国民との十分な議論の中で同意のもとに決断すること。」ではないだろうか。

そして、国民を守ることが大前提ではないのだろうか。それが、アメリカ軍を守り、日本国民を排除しようとしていることは、あまりにも理不尽なことではないだろうか。
住民の叫びにも近い声も、恐怖におびえる思いも、悲しみにくれる姿さえも組織人には伝わらないのだろうか。

ましてや、国(政府)は民を守ろうともせずに、住民を訴えてくる有様だ。
守ってくれるはずの国は、守ってくれない。
権力を容赦なく振りかざしてくる。

組織の中の人は、”仕事”だから仕方のないこと。で片付けてほんとに良いのだろうか。国に携わる仕事をしている人たちには、国民一人ひとりの人生を左右する権力を持っているという事を強く自覚してほしい。
それぞれの人生も握っているという事を。

国が関わる大きく長引く問題は、いつも権力によって人が踏みにじられていく。
そして、のどかな生活さえも奪ってしまう。
そんな社会からどうしたら卒業できるのだろうか。
国はいつになったら国民の声に耳を傾けるのだろうか。

最後に、憲法第十一条、十二条、十三条、十四条を。

※1 第十一条  国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

※2 第十二条  この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によつて、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。

※3 第十三条  すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

※4第十四条  すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

※1・※2・※3・※4日本国憲法(昭和二十一年十一月三日憲法)より引用

 

みえない社会・地球との対話へ   酒井政秋

 

原発事故後、対話を通して自分たちは絶望を受け入れるという心の整理とその場を創る器を2012年~2014年まで作ってきた。

何度も何度も集まっては、自分の今の心をその場に出して、いろんな角度からその心を多角的に見て、感じてきた。

その受け入れがたき大きな問題に
押しつぶされそうになったり、
心の中にズシンと突き刺さったり、
そして、再び絶望を味わい、そしてまた這い上がって、また堕ちて。
そして、少なくとも共感できるエッセンスを共有し、
相手を理解すること・思いを尊重すること・相手の心の小さな声に耳を傾けあった。

ともに泣き、
ともに語らい、
ともに笑い飛ばし、
物理的時間の5年という歳月よりももっと重く、もっと深い心の繋がりをしてきた。
時には理解できずに、その場を離れたくなったことや受け入れられなかったことは数知れない。
それでも、理解できずに、離れてしまった対話だけでは救えなかった心のかけらたち。
自分のこれからの道と仲間や友人・先輩たちのそれぞれの未来への道。
(震災前のようなという意味で)喪ってしまったもう取り戻せないコミュニティー。

そして、自分も含め、それぞれが模索しながら、時には手探りで、「これから」という自分の人生を取り戻していく作業の真っただ中、道に明かりをともしながら消されないように、必死に自分の道を開拓していくしかない覚悟。まるで人生の開拓民のようだ。しかし、いつも付きまとうこの「喪失感」は決して穴埋めできないものなのかもしれない。

それが今の5年という歳月であろうか。と人ごとのように考えてしまう自分がいることに時の流れを感じてしまう。

世間では重い問題と捉えがちな飯舘村の問題。
けれど、今、生きている社会が喪ったかけがえのない日本の原風景なのだと捉えてくれたらうれしい。
けっして、「重い」問題だからとふれちゃいけない・目を背けていたい、そんな問題だと個人的には思わないでほしいと願う。
それは未来への棚上げでしかないのだ。
あの日、生かされた命を大切に考えて未来に原子力ではない明かりを灯したい。

これから来るであろう「虚無感」と「しょうがない感や・どうしようもない感」、
そして、もしかしたらモノを言えなくなってしまう「沈黙」がくるかもしれない。
けれど、声は小さくともそんな沈黙にもあらがっていきたい。
それは声高にではなく、やわらかく、ソフトな伝え方をしていきたい。

伝えるというのは、見えない社会とこの世という大地に足をつけている地球との対話のようなものであろうか。

飯舘村の道