足もとの民主主義

新年早々、たいそうなテーマで恐縮です。
が、実は身近なところに存在した民主主義。その定義までひも解いてく余裕はないので、自分の体験した話を書きます。

自分が生活している集合住宅には自治会があります。
毎年、会長・副会長・会計の三役が、立候補者がなければ未体験者のなかから抽選で選ばれます。要は持ち回りですね。
もちろん無報酬。皆さん、自分の仕事のかたわらなので、自治会費の集配だの植木剪定の依頼だの、電灯の交換だの公共ルールの周知や対外的な折衝など、必要最低限のことを毎年ひきつぎ、前年の三役が監査役としてついてやります。
毎月一回、公共スペースの全体掃除があり、それに参加していれば自然に三役の人たちと交流ができ、未経験者でも何となく何をやればいいのか把握できます。

わが家は過去に一度、副会長を体験しました。他の役員や前年、次年の三役とも常識的な人ばかりで、さして問題もなくひきつぎました。
ところがある年、今まで一度も全体掃除に出たことのない、何をやるのかさっぱり把握していない人が会長と会計になる、ということがありました。
ちなみに全体掃除の参加率は全戸数の3分の1くらいです。強制ではありませんが、コミュニティへの関心が低いことは全国共通の話でしょう。ゴミ出しのルールを守らないこととかね。
私も若いころは無頓着だったので、反省してます。

それはさておき、こういう仕事が一度あいまいな形でひきつがれてしまい、前例のないことを勝手にその年の役員がやるようになりました。
もちろん、入居者のためにやっていることで決して悪いことではないのですが、これまでやってきたひきつぎ事項にないことを新しく追加するのであれば、全入居者の意見を聞いてからやるべきでしょう、と私は直接手紙を渡したり、総会で話したりしました。
むろん、相手も話せばわかるご近所さんなので、快くわかってくださり、総意をはからずにやったことをさし戻し、総会でみんなの意見を聞いたり、周知しなおしたりして丸くおさまりました。

このとき、ハタと思ったのは、これは議会制民主主義のひな型であるなあと。
役員は全入居者から委託された代表であり、ある意味権力を持ちます。
委託されている事項は、忙しい入居者が役員を兼任してやることのできる最低限のこととして、自治会が発足してから現在まで毎年、取捨選択して決められてきたはずです。
そのことを無視して、役員間の了解だけで新しいことをやったり、ひきつぎ事項の改変をやるのは権力行使ではないか?
もちろん、当の役員に権力だなんて意識はありません。良いことをやっていると思っている善良な人です。他にも、私たちのために自分の時間を犠牲にしてやってくださっているのだからいいじゃないかという人がいました。
うん、それは個人間の話では美談です。しかし、自治会という共同体ではそういう意識は問題ではないかと思いました。
つまりは、みんな民主主義が板についてないなあ~と。
代表者が私欲であろうがなかろうが、やっていることが良いことであろうが悪いことであろうが、まずは、すべからく全住民に提示し、総意をはかってみなければならない。それから意見を交わして善悪を判断することが民主主義だと自分なりに感じました。

ちょっと理屈っぽい?
でもね、良い人が良いことをやっているんだから、勝手にやってくれていいじゃないか、という人は結構多いんです。それは、自分で考えることを停止して、議員や行政に丸投げしてオッケー!と言っていることと同じだと思うのです。それってけっこうコワイことです。
委託する側も、自分のこととして考えましょうよ。