山梨県北杜市で子どもと大人が小屋を建てはじめた?!  吉田葉月

先日、山梨県で小屋を建てるワークショップに参加した。面白そうで、有りそうで無いものだから、その波に触れたかったのだ。「大人も子供も」、「家は自分で建てれるじゃん!」。なんだろう、このちょっと気軽な感じの宣伝。「建築に対するハードルを下げようとの思いで企画しました」って、素敵だね。しかも「大工講師」が来るんですって!いいかも!

ビヨンドのチラシ。北杜市と甲斐市の小学校でも配布されていて、それを見て当日集まった親子も多いようです。

ビヨンドのチラシ。北杜市と甲斐市の小学校でも配布されていて、それを見て当日集まった親子も多いようです。

うららかな秋の日。あらかじめビヨンドの室田さんが草刈りをしてくれました

うららかな秋の日。あらかじめビヨンドの室田さんが草刈りをしてくれました

10月18日当日、高速バスに乗って足を運んだ、小屋の建設地は、耕作放棄地のような樹木に囲まれた場所だった。
これから11月下旬まで毎週開かれる予定のワークショップの一回目は基礎作り。2×4工法で、6畳の家を建てる予定。

子どもと大人とで小学校の1クラスできそうなくらいの人数が集まった。神奈川で建築の仕事をしているとても屈強そうな感じの平沼さんがアドヴァイスをしてくれる。私たちはひとつひとつの工程の初めには平沼さんを見習い、真似しながら基礎を作っていく。初めて金槌を握るような手つきのぎこちない子どももいる。
それなりの足腰、馬力のある人もいれば、道具の力が大きく素材に伝わらないふわっとしたタッチの人もいる。ただ、一見非力に見えた子どもの動きを見ていると、じわじわと、鋸の運動は木材に伝わり、少しづつ切れ目が拡大していくのだ。

たくさんやってきた子どもたちの中の一部の子たちと言えば、気付くと2箇所の勾配に、それぞれいつの間にか階段を作っていた。これには驚く。杭をトンカチでトントンして、土を均し、まるで遺跡を顕わにするようにもその様子は見える。はじめは斜面が階段に見立てられ、やがてほんとうにその姿が現出してしまう。

気付くと子どもたちが階段を作っている!これは予定には無いし予想もしてなかったこと。驚いた!

気付くと子どもたちが階段を作っている!これは予定には無いし予想もしてなかったこと。驚いた!

休憩時間に、集まった人たちの声を聞いていると、生き生きとした口調で、国外の竹の家の話とか、モバイルハウスの話とか、割とライトな建築の話が聴こえてくる。表情にも活気が見える。
当日の作業も中盤以降に差し掛かると、大人の顔が序盤よりかなり解れて、山脈の方へ傾きかけている太陽の光を浴びて朗らかに話し、笑っている。笑いながら家を建てようとしている。この光景を私は初めて見た。陽のよく当たる小屋になりそう。

なかなか土台の高さが合わないところで個人プレーに陥っていたけど、数字と言うより、平行さを出現させればいいという到達地点を見直し、基礎が出来上がる。

枠を外すと、出来た!

基礎が出来た

基礎が出来た

山梨の中腹に基礎が建った。いやー気付くと人と山が眩しー。

山梨の中腹に基礎が建った。いやー気付くと人と山が眩しー。

測って切って打って掘って均して埋めて。こんな風に私たちの足元は作られているんだ、と、納得。

失敗した方が覚える、失敗してもいいじゃない、楽しくないと辛いから、という主催の室田さんの空気、平沼さんのおおらかな助言、きっとなんとなく全体を見てくれていたスタッフの方の空間で綻んだ建築体験は、心地の良いものだった。こうやって緩やかな感性の大人に出会って、その中でするのびのびとした家づくり。初めての体験。
個人的には、大工講師の平沼さんの背後にまわりこんでその動きを見れたのはとても良かった。足の置き方とか、道具の持ち方といった、構えと力の関係が、背後から見ていくことで伝わる。背中で語るとか背中を見せる、というのは酒の席の暑苦しい例え話ではなく、こういう事なのかもしれない。
室田さん平沼さんといった導きを下さった方々の存在は大きいけれど、こうして基礎が私たちの手によって建ったのだ。私に満ち足りた状態が訪れた。

例え始まりは微弱な動きであっても、物を作り、立ち上げて行く時間はなんと心地よいことだろう。そういうのが好きな人たちが集まるから、なんだか居心地がいい。

全ての回に行くことはできないけれど、完成したら泊まりに行きたいな。

ビヨンド自然塾 http://beyond-farm.com/

書の海を漂う~乱読日記*その三  「フクシマ発」   伊藤千惠

fukushima「フクシマ発」 ―イノシシ五万頭、廃炉は遠く・・・・人々はいかに這いあがるか 現代書館 2015.10.15発行

東京電力福島第一原子力発電所の事故以降、福島関連本はいったい何冊刊行されたのか見当もつかない冊数である。私も数冊、ベクトルの違う本を持っているが、年月が経つにつれ書店に設けられたコーナーを見かけなくなってきた。
そんななかでの一冊。このヴェルトガイスト・フクシマの吉田邦吉編集長が昨年、会津史の第一人者、星亮一氏から編集を託され、著名人から市井の人まで多様な声で編まれている。

吉田邦吉氏は大熊町からの避難者でもある。
家も生業もそこで暮らした時間も将来さえも、すべて事故により喪失させられたことを我々は想像でしかとらえることができない。
私の九州の友人は、テレビで放映された補償金で高級車を購入した避難者の話を、何かしら多くの人のことのように誤解していた。メディアはセンセーショナルに一部をとりあげるだけで、多くの人が受けた忍苦は伝わっていない。
私はこの本にある避難者のなまの声を彼女に知ってもらいたい。

もちろん、福島における事故の影響は様々である。
生産の現場から地域の復興をめざす人たちの声、支援者として関わっている人たちの声もある。
それぞれの福島を、誰かが総括したり代弁するのではなく、自分のことばで語っているこの本を多くの人に読んでもらいたいと思う。