国会へ行く~2015.8.30安保法案反対デモ   伊藤千惠

今日は全国370箇所一斉デモ。法案の参院採決が目前である。
国会議事堂前にはいつもに増して、いや数倍の人たちが集まった。地下鉄の国会議事堂駅では出口を制限され、多くの人たちが構内にたまっている。
私は霞が関駅まで移動し、遠回りをして国会前をめざした。

いつものように警察が歩道から一歩も出ないように規制をするが、とうてい歩道内にはおさまりきれず、車道側へ自然に人が流れだし、規制線は決壊してしまった。

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こんな感じで国会前が埋まる。(毎日新聞社の空撮写真)
車道にも両脇の歩道と公園の中にも人がぎっしり
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最前列に近いところまで行くが身動きがとれず、数か所で同時に行われているシュプレヒコールがものすごくスピーチの声も聞こえない。
しかし、子供や車いすの人や移動する人のために声をかけあって場所を確保するなど、参加者のマナーがすばらしく、満員電車のような不快感は少しもない。
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ステージ上では、野党党首がそろって手をつないだり、作家の森村誠一氏、坂本龍一氏がスピーチに立ったらしいが、ほとんど聞こえず見えない。
しかし、そんなことよりも今日ここにいた人たち、見ず知らずの誰と話をかわしても自分たちのこととして政治をとらえ、さまざまな問題を共有しているという見識の高さに感動した。
政治的イデオロギーなぞ関係ない。個人の意思で来ている人たちだ。自分たちの国のありかたを心から危惧する人たちだ。

歩道では心ある創価学会員の人たちが署名を集めていた。勇気ある行動に心から尊敬する。
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いろんな人たちが参加している
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わが家の猫は組合に入っているのか?
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猫も再稼働反対!
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参院での審議が続き、与党は9月11日採決をめざしているといわれている。気は抜けない。私たちは自分たちの意思を表明し続ける。

 

“会津で語りあう未来 「原発と人間」市民フォーラム” 見聞記   伊藤千惠

昨年3月に会津若松市教育委員会主催により開催された「原発と人間」市民フォーラム、今年2月のパートⅡにつづき、パートⅢが「会津で語り合う未来」というテーマのもと、8月13日~15日に会津若松文化市センターにて開催されました。
わがヴェルトガイスト・フクシマ吉田邦吉編集長、吉田博子編集員も参加、冊子を会場で販売ということで、急きょ私もお手伝いがてら、参加してまいりました。

wakamatsu01会場には「ダキシメルオモイ」と題された小林憲明さんの作品が並びます。
親が子をだきしめる姿を描いた作品シリーズの自主避難者版です。こどもを見つめるお母さんやお父さんの表情が限りなくやさしい。モデルになった家族の方が小林さんに会いに来ていらっしゃいました。

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避難された方たちの布ぞうりの作品もずらりと。
会津木綿を使った、大熊町のマスコットキャラクターのクマも展示されていました。

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ヴェルトガイスト・フクシマ夏号にも寄稿されている廃墟写真家、星野藍さんのチェルノブイリ写真(一部)展も開催されていました。
星野さんのチェルノブイリ写真展は、6月のいわきでの展示会を開催直前にキャンセルされたそうです。理由はこういうことのようです。考えさせられます。

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写真家、書家の星野藍さんとヴェルトガイスト・フクシマ吉田邦吉編集長

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星野藍さんの写真 ―プリピアチから見た建造中の現石棺を覆うドーム状新石棺

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星野藍さんの写真 ―病院内にある音楽堂               私はこれを見てレッド・ツェッペリンの「天国への階段」を思い出した

 

さて、初日の13日は「自然」の未来がテーマ
・プロローグ講演 藤野純一(国立環境研究所)
・ドキュメンタリー映画「春よこい」~熊と蜜蜂とアキオさん~の特別試写会
・「童謡・唱歌再発見」 竹澤 嘉明&岩河智子コンサート
・しゃべり場 「自然」の未来についてみんなで語り合う

14日は「いのち」の未来がテーマ
・「いのちの鼎談」 鎌仲ひとみ(映画監督)、今田かおる(猪苗代小川医院、内科医師)、片岡輝美(放射能から子どものいのちを守る会:会津代表)
・ドキュメンタリー映画「小さき声のカノン」の上映
・しゃべり場 「いのち」の未来についてみんなで語り合う
・「原発と人間」ザ・ライブ 出演:ラビラビ、越尾さくら、高津和人

15日は「くらし」の未来がテーマ
・リレートーク「わたしの実践」 村上真平、武樋孝幸、小川美農里
・しゃべり場 「くらし」の未来についてみんなで語り合う
・エピローグ講演 藤野純一
3日間のこんなプログラム中、私は二日目の14日からの参加でしたが、14日は会場内でお弁当を供されている「雑穀食堂 西会津ごっつぉ蔵」さんのお手伝いで、他イベントには参加せず。
お昼は高きびビビンバと味噌汁、夜はモチきびの餃子と夏野菜のラタトゥイユ風スープ、甘酒アイスと、体によくてとてもおいしい絶品つぶつぶ弁当でした。厨房でいろいろプロの技を盗みみて至福の時間。こういう胃袋を直撃するストレートな要素は人をひきつけますね。

ラビラビのコンサートは大盛り上がりだったようで、参加できなかった私はみんなでダンシングがちょっとうらやましい感じでした。

 

最終日の16日、リレートークがっつり聞きました。
最初は村上真平さん。
バングラデシュ、タイでNGOを通して自然農業と持続可能な農村開発にかかわったのち、福島県飯舘村に入植。持続可能な「自然を収奪しない農のありかたと第三世界の人々を搾取しない生活のありかた」をめざして、自然農業、自給自足をベースにしたエコビレッジを実践。
2011年の震災後は飯舘村から三重県に拠点を移されていますが、世界的な農業の工業化がいかに第三世界の末端の農業従事者を搾取しているか、自然を収奪しないで持続可能な農業は可能であるかなど、実践してこられた話が私にはとても興味深く、究極には地球の存続に欠かせないのではないかと感じました。
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お二人目は武樋孝幸さん
物理学者の武樋さんは、核理論物理を専攻して博士(理学)取得。工学に転身し、日本大学工学部にて助教。 エネルギー自立・自然共生をテーマに機械学会賞共同受賞。武樋総合研究所を設立し、日本大学を退職し会津奥川に移住。ライフスタイルの多様化と自由化に取り組んでいる。
というようなプロフィールですが、ぶっちゃけていうと、自然の豊かなところ、言い換えれば武樋さんの次に若い人が75歳というような過疎集落で、どれだけコストをかけず自然をこわさないエネルギー節約生活ができるかということを実践している方です。非常におもしろい。技術者であるので地域の人たちの農機具の修理屋さんもやっていらっしゃいます。
エネルギーの問題を解決するには、ひとりひとりのライフスタイルを変える必要があると思い、まず自分で実践されているわけです。
この日は自作のドラム缶風呂、ロケットストーブ、ソーラークッカー、廃油ストーブ、ドラム缶風呂などエネルギー節約便利グッズも展示。高い製品を買わなくても安価な材料で自作できるのがミソですね。

最後は小川美農里さん。
福島県喜多方市出身。看護師/日本ホリスティック医学協会専門会員。大学在学中に休学し、世界各国でボランティアとして働くなどして、現在までに約50ヶ 国を訪問。病院勤務中にも、日本一ホームレスの人の多い大阪市西成区でボランティアとして関わり、看護研究で自殺未遂者による精神的ケアの必要性を伝えるなど活動。2014年〜南インドの国際都市・オーロヴィルを拠点にし、ホリスティック医療やコミュニティづくりを中心に実践・学ぶ。「すべてのいのちが肯定される居場所づくり」として、ホリスティック医療・有機農業・持続可能な教育を併せたグローバルコミュニティの立ちあげを日本で準備中。
ずらっとプロフィールを並べましたが、小柄なかわいいお嬢さんが日本や多くの国で、直接人のいのちを救う活動をされていることに感銘を受けました。
こういう若い人たちの存在が、憂うことばかりの現状に希望をもたせてくれます。いや、若い人だのみにしないで、自分もこつこつとやるべきことをやることだと再認識した次第。
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お三方とも共通しているのは、しっかりと足元をみすえ自分の生活と直結した活動をされていることが印象的でした。
そのあと、リレートーク参加者全員が数グループにわかれて自由におしゃべりするしゃべり場で、私もいろいろ焦りながらお話しさせていただたり、初対面の方と交流ができて非常に楽しくも考えさせられる場でありました。

東京で生活していると、福島のこと、震災のこと、原発事故のことは関心が薄れているという感じを抱かせられます。しかし、実際はただメディアに頻出しないだけのこと。自分の周辺にいる人たちに話をさしむけると、知られていないこともあり知られていることもあり、さまざまです。メディアが発信しないのなら、自分が知っていることを周りの人に伝えればいい、そんなことを思ったイベントでした。

 

原発の放水口のそばの海に足をつけてみた…   米田 ひろし

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車に乗って1時間半「近いや…」とボヤキながら着いた川内原発…

原発に向かう時…福島のことを思い出す。

すごく山を越えて行く雰囲気が似てる…

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川内原発が再稼働してから初めて原発にきてみた。

この距離でも動いてるのか動いていないのか…見ただけじゃわかんない

原発の放水口の近くの海水温はけっこう温かった。「動いているんやな」と感じた…

2015-08-21-19-56-15_deco2015-08-21-19-38-05_decoこのきれいな海…

サーフィンしている人も見かけた。

ふと、スマホ見たら川内原発トラブル発生の文字…

余計に…

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帰りに寄った新田神社…原発の10キロ圏内

天照大御神の命により日本の地に天孫降臨した神が眠る地

このトラブル続きは、神の警告と思えてくるよね…

2015-08-21-19-54-55_deco2015-08-21-19-44-52_decoこのふたつの写真は、5キロ圏内の福祉施設の写真と草刈りの風景

もしも…何かあれば、この写真は事故前の写真として残ってしまう…

この地は、20年前に大きな地震が起こった地

中央構造線上でもある

何がおこるか…わからない

福島から学ばなかったツケはデカくなる

薩摩川内には、多くの人が住んでいる…

もっと多くの人が「もしも」をもう少しイメージするべきだよね…

川内原発…再稼働 米田ひろし

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1ヶ月前に福島に行って…この写真を撮った

明日、川内原発が再稼動

この国は、過ちを繰り返さないという事を考えないのだろうか…

40キロ先の原発の再稼動…

あれだけの事故がありながらの再稼動

また、さらに置き去りと福島の人達は落胆するのではないだろうか…

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手元にあるガイガーカウンター(ガイガーFUKUSHIMA)が御守りがわりになって少し落ち着く…

20年まえの冬、友達にこの海岸に釣りに連れて来てもらったことがある

原発の排水温が高いから魚が集まってくるんだと言ってた。実際に入ると凄く温かったのを覚えている

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12日には、臨界に達する原発…

その不必要にデカすぎるエネルギーで温められた海に足でもつけに行こうかな…

 

 

被爆のマリア   高田 緑

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現在の浦上天主堂 / カトリック浦上教会 (撮影 : 高田緑)

70年前の8月9日、長崎市に原爆が投下されたその時刻、浦上天主堂で聖母被昇天の祝日の準備をしていた24名の信徒と2名の司祭が犠牲になりました。 準備とは、祝日のミサの前には欠かせない、神に罪を告白する「告解」のことでもあったのです。信徒たちは、祝日のミサに臨む “心の準備”もしていたのです。

爆撃により、浦上の信徒12000人の内8500人が、長崎市民74000人もの命が落とされました。

15年程前、ふと思い立ち、長崎を訪ねました。 浦上天主堂の朝のミサに与り、祈りを捧げました。カトリックでは、同じ日時に世界共通のミサを捧げますが、長崎ではミサの前に特別な祈りがあり、原爆で犠牲になった方への鎮魂と平和の祈りを捧げます。その祈りは、毎日欠かすことはありません。

原爆が投下されたというその地点、今は公園になっている”グラウンドゼロ”にも行きました。 その場はまるで時間が止まったかのように、空気が、風が、全てが静寂の中にありました。当時爆撃によりその場は”真空状態”になったと云われていますが、静寂がそれを教えてくれたかのようでした。いまだかつて感じたことのない、とても不思議な感覚を、今でも鮮明に覚えています。 霊魂というものを否定できない私には、 “沈黙の声” だったのだと受け止めました。

浦上天主堂の祭壇に奉られていたという、イタリアから送られた「無原罪の聖母」の木製の像は、とても美しかったと言われています。 浦上天主堂の上空500mで原子爆弾が炸裂したその日、『被爆のマリア』となりました。 瓦礫の中から、真っ黒に焼け焦げた顔で、深い悲しみをたたえて自分をみつめていることに気付いた長崎市出身の一人の復員兵こそが、北海道の修道院に帰院する途上の野口神父だったのです。 野口氏は北海道の自室に安置して毎日祈っていたそうですが、その後、原爆三十周年の年に浦上天主堂に返上されたそうです。 この『被爆のマリア』を初めて見たとき、私は底知れぬ深い悲しみを感じました。 光を失った悲しみの黒い瞳から、彼女は何かを訴えているのです。 深い悲しみは、犠牲になった多くの人の悲しみ。 今後、決して、このような悲しみが起こらないようにとの、祈りがこめられているのです。 「あなたを私は決して独りにしません」 「無実な人をこれ以上傷つけないでください」と。

福島県郡山市に、模擬原爆(パンプキン)が投下される予定だったと、以前、何かの本で読みました。郡山大空襲に次いでの原爆投下。 たまたまその日、郡山市上空は曇っていたため、実行されなかったそうですが、もしも、郡山市に投下されていたならば、私はこの世には存在していなかった可能性もあったのです。 悲劇にもその模擬原爆は、7月20日、福島市の渡利の水田に投下され、国民学校の高等科を卒業したばかりの14歳の少年が犠牲となりました。 そして、日本の数ヶ所での模擬原爆投下が、広島と長崎へと繋がっていったのです。

広島市と同じ被爆都市でありながら、長崎には被爆体験をシンボライズする遺構が何故に残されなかったのかとの論議がありますが、焼け野原で人々の苦しみを見つめていた、変わり果てた姿の”被爆のマリア”が全てを語っているのではないでしょうか。

『被爆のマリア』は、今も平和を祈り、悲しみに暮れる人々を光へと導いているのでしょう。

鎮魂の祈りを捧げて…..

平和を願い…..

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「被爆のマリアに捧げる讃歌」 CDジャケットより

(参考資料 :被爆のマリアに捧げる讃歌より「 被爆マリア像のメッセージ」)