双葉町ボランティアカフェへ

今日は、埼玉県加須市に避難されている双葉町民の交流会「ボランティアカフェ」におじゃまさせていただきました。

2011年の大震災、東京電力福島第1原発事故により、加須市の旧騎西高校避難所に避難して来られた双葉町民の方々と少しだけ仲良くさせていただいていました。

避難所の閉鎖後、慣れない土地で家族バラバラに生活され、お年寄りの方のコミュニティはどうなるのだろうかと部外者ながら心配していましたが、避難所にほど近い双葉町社会福祉協議会加須事務所内で、月1回町民有志により開かれるカフェが憩いの場となっているようでした。
他にも週に何度かイベントが行われ、加須や埼玉県内から町民の方が来られるとのこと。

この日も40名ほど、マジックや手芸教室、ボランティアのマッサージを受けたりして、皆さん楽しんでおられました。

お年寄りが多い

お年寄りが多い

手芸班

手芸班

避難所以来、久々にお見かけした方々とおしゃべりしましたが、皆さんいまだ避難生活の途上にあるせいか、お年寄りも危機意識が高いのに驚きました。
皆さん、厳しい状況にもかかわらずたくましく明るく生きておられ、教えられることの多い一日でした。

米ボストン在住の日本人ボランティアグループより届けられたキルト

米ボストン在住の日本人ボランティアグループより届けられたキルト

それぞれ人によって状況は多種多様ですが、避難所で手作りのキーホルダーをいただいた女性に言われた、『忘れないでね』のひとことが頭を離れません。

2015年4月9日

残雪の只見線を行く

「つげ義春」的な旅を好ましく思っている。
九州、四国、佐渡ヶ島、桧枝岐、奥多摩等々、バイクでいろんなところをテント携行ツーリングもした。若くなくなってからは、もっぱらローカル線の旅が性に合っている。

2007年4月初旬、只見線全線に乗り沿線の美しさに魅了され、もう一度乗りたいと思っていた。
JR只見線は、福島県会津若松駅と新潟県小出駅をむすぶローカル線である。
会津若松駅から只見駅までは、平地から只見川沿いの山あいの町をつないで走る。
只見からは福島と新潟県境の豪雪地帯を峠越えして、米どころ魚沼を通り小出駅までむすぶ。

水力発電のためのダムがたくさんある只見川は、2011年7月の大雨で大きな被害を受け、会津川口駅から只見駅までいまだ復旧のめどがたっておらず、代行バスが運用されている。

昨年は会津川口駅の民宿に一泊した。
宿のご主人が洪水災害の写真集を見せてくださり、被害の甚大さに驚いた。

これは今回行った只見町だが、青い表示板まで冠水した。只見川より国道はずいぶん高い位置にあるが、さらに上まで水に浸かった。

今年3月末、念願かなって残雪の只見線を再訪した。
ただし、只見駅から新潟県側の大白川駅間はなだれ注意のため不通になっていたので全線乗車はかなわなかった。

会津若松市内はすっかり雪は溶けていたが、会津坂下駅をすぎ山間部に入ってからは残雪がちらほらと。

会津川口駅にて

会津川口駅で少し待ったあと代行バスに乗り込むと、先生に引率された高校生のグループと一緒になり、とちゅう、只見川の鉄橋が寸断された箇所を先生が生徒に説明される。
景色より生徒たちのおしゃべりについつい耳を奪われてしまい、写真を撮りそこなう。

さて、只見駅に着いて引き返さねばならないが、1本バスを見送ってひと駅歩くことに。
只見駅には只見町の方の工芸品が置いてあり、ていねいにつるで編まれたかごに目を惹かれる。
駅前には麹屋さんが2件ほどあり、これは寄ってみればよかったと後悔。
道路はきれいに除雪してあり、雪の壁ができている。

只見駅から国道に出て歩く。

只見川へ降りていくと真っ白の積雪が目に痛いほど。
空の青と雪の白と落葉樹のグレー、針葉樹の濃緑の世界。

只見川

あちらこちら道路わきの作業ヤードに除雪車やブルドーザーなどの重機が置いてある。厳冬期は毎日稼動するのだろう。
暖かくなってきて、雪の壁を崩して広い場所に移動する作業も見かけた。
雪国の生活の厳しさを思う。

2011年7月から走っていない只見線の高架橋

道路わきに並ぶ墓石。すべて~信女とあるので女性のものか。
どういうわけでこんな場所に女性だけひとまとめにあるのか気になる。
tadami09江戸時代後期の曲り屋、旧長谷部住宅。会津と越後を結ぶ八十里越えの番所として使われたそうである。

旧長谷部住宅(叶津番所)

そのおとなりには、不可思議な蔵が・・・。仏陀の目か、蔵盗人よけなのか、これは新しそうだ。

tadami11

叶津番所となりの蔵。雪の壁にはばまれて、どこからも入っていけなかった。

5~6キロ歩いたところで会津蒲生駅に着き、代行バスで会津川口駅に戻り、只見線復旧のためのカンパをいくばくかして帰途に着く。新鶴駅付近で、会津平野に広がる田んぼに白鳥がたくさんいるのを見た。

帰宅して只見駅でもらった「奥会津だより」というパンフレットを読んでみると、ただの観光案内にあらず。
パンフ1 パンフ2
こどもが同居している祖父母に昔の話を聞く、というすばらしいコーナーがあって、とても楽しめた。発行元をみると只見川電源流域振興協議会であるが、編集しているのは奥会津書房とある。
奥会津地方の文化と生活に関した良書を発行している出版社である。得心がいった。

只見線に限らず、多くのローカル線は赤字路線である。
過疎化の進む地方は震災、原発事故以前からの問題として活性化に頭を悩ましている。
ただお気楽に旅していた頃とは違って、ほとんどの自治体が助成を受けて地域振興を行うきびしい現実を今にして知る。

私たちのこころの財産として守らなければいけないものが、採算がとれないという理由で次々と失われるようなことがあってはいけない。
奥会津は、世界遺産の白神山地よりも広大なブナの原生林がひろがっている。
この宝物をあまねく味わうために、私はこれからも訪ねつづけるだろう。

 

参考:会津若松市HP 「只見線の全線復旧に向けて」
http://www.city.aizuwakamatsu.fukushima.jp/docs/2013070900048/