詩:言葉の中に在るもの

2015年2月21日作成:天井優志

2015年2月21日作成:天井優志

「そんなことしてる場合じゃないでしょ」
そんな言葉がどこかで響いた

人から言われたり
人に言ったり
自分に問うたり

なんだろね この言葉は
余裕があれば言わない言葉

それは
時間かもしれないし
お金かもしれないし
体調かもしれないし
価値かもしれないし
周りからの目かもしれないし
そんなことが言わせてしまう

でも その言葉の中に在るものは
本当はこうしたいっていう希望とか
自分が積み重ねてきたこととか
恐れや不安に思ってることとか

いっぱいあるんだな
ああ だったら
言ってしまった方が良いのかもしれない

近いほどに全然 平気じゃなくて
中から生まれてくるのは

「気に食わない」だったり
「ごめんね」だったり
「よく聴かせて」だったり
「どうしたらいい」だったり

“良かれ”や“恐れ”や“飽き”が
濃くしたり 薄めたりして
伝えてしまうそれらが
自分たちの成り立ちも教えてくれる

「おはよう」「おやすみ」
「いただきます」「ごちそうさま」
「ごめんね」「ありがとう」

みたいに
あなたとわたしの
在ることの分かる大切な言葉

ご挨拶

皆さん、初めまして。

私は栃木県に住んでいます。
私についての最近とその少し前のことを中心にお話しします。私は普段、絵を描いたり、畑で野菜を収穫するための支度をしたり、木や紙粘土などを使って工作をしています。一つの家に住んでいる同居人がいます。その人と一緒に食べる夕飯を作ります。アルバイトもします。

これを書いている今は冬ですが、去年の夏はたくさん海に行きました。私は海が好きです。砂浜を歩いて海の風を浴びるととても心地良いですよ。しかも、夏なら海に潜ることができます。私は、奄美群島の海と日本海でシュノーケリングをしました。奄美群島の海では、黄色や紫や緑色などの美しい魚と出会えます。浅瀬には海鼠(なまこ)も沢山います。日本海では雲丹(うに)を採って、一匹ぺろりとその場で食べてしまったんです。私は食いしん坊です。海に潜って自分で採った雲丹はとても美味しかったです(地元の許可のある漁場です)。

奄美群島にて。旅人のような暮らしに憧れて、アルバイト代を溜めて旅行。

奄美群島にて。旅人のような暮らしに憧れて、アルバイト代を溜めて旅行。

栃木県は、周りに海がありません。時々海が恋しくなります。私が生まれたのは、福島県の海の近くの町です。1983年に生まれました。生物学的に女性。絵を描くのが好きな子でした。スポーツは大の苦手でした。福島県の海の近くの町で、18歳ぐらいになるまで過ごしました。その後、山梨や東京に住むこともありましたが、20代になってから、再び福島県の生まれ育った土地に戻ってきました。

皆さんは2011年、3月11日に福島県の海辺で起こったことを知っていますか。福島県の海辺だけではありません。日本のあちこちで、地面が大きく揺れました。大変大きな地震や津波がありました。日本の陸地で一番震源に近いのが宮城県の金華山と言われています。猿や鹿たちが住んでいる島です。その傍が地震の源です。震源は福島県の海辺からも、とても近いです。これを書いている最近も余震があったので、この文が発表されてからすぐにこれを読んだ人の中には、余震のたび、不安な思いをされている方もいるかもしれません。

この文を作っている期間中、紙粘土を触っていたら、生き物の姿が現れてきました。福島県の地層で骨が見つかったフタバスズキリュウの姿にもどこか似ています。

この文を作っている時、紙粘土を触っていたら、生き物の姿が現れてきました。福島の海辺の地層で骨が見つかったフタバスズキリュウの姿にもどこか似ています。

その大きな地震があってから、私は福島県の海辺の町には住めなくなりました。家や道路が壊れてしまったせいもあります。津波で亡くなってしまった人もいます。さらに、福島第一原子力発電所の原子炉で爆発が起きました。私は、人間は原発から飛び散ったものが混ざった空気とは生きていくことができないと判断しました。だから暮らしていた地を離れました。

その後、私はいくらか場所を転々としていました。色々な人や土地にお世話になりながら。2011年3月11日から今日までの間に、今、こうして文をパソコンで打っている部屋があるこの家と、それを貸してくれる人に出会い、いくらかは安心な場所で暮らすことができるようになりました。

これが最近、そして少し前の私についてです。どうぞよろしく。

「聴くメンタリー」を体験してきた

2月13日金曜日(!) 、新宿のCafe Live Wireで行われた 「ワカキコースケのレコード墓場~みんなで聴こう!昭和のドキュメンタリー~」というイベントに行ってまいりました。

主催者の若木康輔さんは、映画ライター、ドキュメンタリーカルチャーマガジン『neoneo』の編集委員さんです。(http://webneo.org/
まったくの予備知識なしで出かけたので、イベントの紹介文から主旨をコピペします。

―廃盤アナログレコードの「その他」ジャンルからドキュメンタリーを掘り起こしてジワジワ話題のneoneo web連載コラム『DIG!聴くメンタリー』が初のイベント化です!
13日の金曜日に、昭和の歴史的瞬間の音源、あの偉人の声etc.がレコード墓場から甦る!―

メディアがアナログレコードですので、ドキュメンタリーを見るのではなく「聴くメンタリー」なわけですね。
どんなものが登場したかというと、
「小林旭と美空ひばりの挙式前対談」、「小津安二郎の肉声」、「横井庄一さん日本帰還ドキュメント」、「ジョニー・キャッシュの肉声」、「アポロ11号、月からのメッセージ」、「梵鐘」、「パトカーの音」と「ランボルギーニ・カウンタックの音」を比較する、「長島茂雄引退セレモニー」などなど

昭和どっぷり青春時代の私には、ほとんどリアルタイムでの記憶があり、アポロの月着陸や横井さんのインタビュー、ジョニー・キャッシュ(刑事コロンボに出ていた!)など、とても感懐があったのですが、いちばん面白かったのは若木さんのおしゃべり。

コンセプトが記録としてのアナログレコードを聴くというものですから、ジャンル制限なし、とんでもなくディープなところから拾うこともできましょう。が、当時の王道を行く大スターや歴史的なできごとが、時間がたち風化していくことに愛惜の念を感じるという若木さんがいいなあ、と勝手に思ったのでした。

全国32箇所のお寺にある梵鐘の音を録音したレコードがまたよかった。
若木さんがひとつひとつ鐘の音を「カゥズオウーン」とか「ンゴオォォーン」とか聞き分けて表記したコピー用紙が配られ、実際にみんなで聴きながら、えーそんなふうに聞こえない!とかいうやりとりも楽しく。
(【連載】ワカキコースケのDIG!聴くメンタリー 第7回『梵鐘』 (http://webneo.org/archives/27390/2

ゲストとして作家の岡映里さんと短篇映画研究家・映画祭コーディネーターの清水浩之さんがいらして、とめどなく湧きでる若木さんのおしゃべりに句読点を打ったり、さらに細かく補充されたりと、お役目を的確に果たしておられました。

岡映里さんが昨年、出版された「境界の町で」は、震災後の福島に通い続けて書かれた本ですが、凡百のフクシマ本とは一線を画しています。(http://www.littlemore.co.jp/store/products/detail.php?product_id=888)
この日、別段かまえてお話されてはいませんでしたが、はしばしに鋭い分析力と繊細さを感じました。

私はドキュメンタリー方面には疎くて、なるほどドキュメンタリーってオールジャンルなんだなということを今さらながら認識しました。何だか社会的なもんだとばかり自分にバイアスをかけていたんでしょうね。
サブカルもアングラもマイナーもメジャーも垣根をはずして見ると世界が拡がります。