こっちさこ!そろそろ福島産を自由にしてはどうか。吉田邦吉

私は若松だけでなく平にも居る時がある。
11日は、月命日だ。福島を思う。

福島県沖でとれる海産物の状況について知識がない業者が多そうなことは非常に問題だと、この記事「福島県海産物を避ける人 流通業者が多く見積もりの可能性」(NHK 20190510)を読んで、私は思った。簡単に言えば、消費者のもとに届く前に業者のほうが心配してしまっているから流通に壁があるのかもしれない、ということだ。

以下の2つの引用から明らかなことは、業者は業務で多忙だから、検査について学習する時間がとれていないのではないか、ということである。時は金なりを知らないビジネスマンなど居ないから、当たり前の結果かもしれない。

『福島県内のほか東京・大阪・名古屋・仙台の水産関係の流通業者871社にアンケートを行い、全体の20%にあたる178社から回答を得ました。』(引用 同記事)つまり、80%が答えなかった。これはどういうことなのだろう。残念。ここにこそ力を入れる必要がありそうだ。

『福島県が海産物の放射性物質の検査を行っていることを知っているか尋ねたところ、県内の会社の93%が「知っている」と回答した一方、県外の会社では「知っている」が28%、「聞いたことはあるが詳しくは知らない」が44%、「知らない」が21%でした。』(引用 同記事)つまり、なんと20%の業者のうち半数以上は検査の詳細をあまり知らないのである。答えなかった業者80%はどうだったのだろう。

また、それなりの数の業者は『放射性物質の影響を懸念している』ともある。ということは、もしも懸念しているのであれば、検査の状況をスタディツアーできて同時に意見集約も図れるような仕組みを行政が作れるという意味で、双方は未来に向けた仕事が出来る余地があるのだろう。

私は前から提案しているが、不安な人ほど行政が主催するような検査に関するスタディツアーに参加すべきであるということだ。検査機械や現実について学び、他国と比較し、それでもまだ不安だから取引しないまたは食べないことにしたという選択をだれも責めない。水も空気も、繋がっているのだが。

重要なのは「懸念があるから、迷っている」という人達(Xグループと名付ける)なのであり、「懸念があるから、将来も絶対に食べることはない」という人達(Zグループとする)ではない、つまり食べないという選択を最初から決定していて変える気が一切ないというZグループは一定数いるはずである。

最初から決定しているZグループの人達は、そういう種類の福島的活動の一切にも関わることが余り見込めない。ない上に、もしも福島について福島の人達が嫌がることだけはしたいというのがあれば、それは傲慢だと私は思う。できるだけ福島の人達が嬉しいことや関りを持ちながら、福島の人達と一緒に悩んで考えていくことが大切だ。

むろん、食べないという選択をした人たちや間違えた情報を流しただけの人達を意図的に吊し上げることも問題だ。であればこそ、食べないという選択をした人たちは自分たちも穏健な手法でそういう種類の活動はおこなうべきである。社会では意見が多様だ。その共存には、お互いの配慮が必要なのである。そうしないと互いに乖離したり険悪になったりする。

わたしは測定をすること自体、とくだん何も思わない。福島県農家はいつも測定に苦労している。問題は測定行為の後に多いのだ。生産者でない一般の人がした測定をこれみよがしに過剰誇大に広告して人々へ見せびらかすだけ見せびらかしてそれのみが福島の真実だと騙り、よって福島を苦しめ、なおかつ、福島の人々の一所懸命さを観ようともしない無視イジメを続ける、そういう傲慢さが嫌いなのである。

逆に、安全を押し付けるような傾向の人達にも、実はあまり共感していない。ましてや脱原発の動きと意図的に衝突するような人達をこの話題の中心にすべきではない。その衝突が福島の内外を多重錯綜して苦しめ、分断を作り出していることは言うに及ばない。話がややこしくなってしまう。エネルギー政策について福島県では脱原発に決定済みであり、とにかく、分別をつけるべきだ。福島に関する産品の状況と原発政策の是非は、話を分けるべきである。脱原発なら食べないとか逆も然りのレッテル貼りポジショントークな傾向にしてはならない。

話を戻すが、「知らなくて懸念があるから、迷っている」というXグループの人達との交流をどれだけ持てるかのほうが重要である。世界というのは70億人もいて非常に広いのであって、そもそもビジネスというのは、自由意思のもと、選択する・される、という関係性があるから良いのである。つまり無理強いなど誰もしていないというか不可能だ。

そろそろだろう。もう、いい加減、そろそろ、福島を自由にしてはどうか。会津に居て、10年という時間は、非常に短いものだというのはよくわかる。戊辰戦争は150年前だからだ。いずれにせよ、外野の無責任者がなんと言おうと、福島県民たちは生きていっている。他方、子育て中だから子どもにどうしたらとか女性だからなどの関係で、不安でたまらない人達の不安をあざ笑うようなことも嫌いだ。そういうことを少しは思いやれる人だけに発言して頂きたい。

この随筆たったの1本を書いて、ウェブマガジンに出すかどうかすら、正直、今は迷う。放射線は危険なものであるという大前提から私は抜けるつもりは無い。と同時に、人災として新たに発生した放射線と、至る所に天然にある放射線と、どちらも同じく放射線だというのも、理解できる。つまりは、いつでも被ばく自体は結構しているということなのだろう。

そこから、人災につき政府東電が責任を持つべきだという意見も変わっていない。そのうえで、私たちは経済的な生産活動をおこなうにあたって、無理のない限りで穏健なことをしていきたいということだ。

最近、古語を学んで思うことがある。来なさい、という言葉の古い言い方は「来(こ)」であるそうだ。私の町では、「こっちさ来(こ)!」とは、非常によく使う。「さ」は方角だったかと思う。もっと粘り強く言いたいときは「こっちさこおよ!」である(※「来よ」という古い言い方もある)。

福島に無理して来いとは言わないが、ネットだけで判断せず、福島に来るイコール思いやりの輪の中に入ると言っても過言でない。だからその意味で、「こっちさこ!」と、ずっと受け継がれてきた古(いにしへ)の声で私は誘(いざな)い続けたい。

20170711 いわきの海 撮影 筆者

いつか幽霊に成るとき with Right to be forgotten 吉田邦吉

いつか自分が死んだ場合に備えて、SNSのアカウントをどう扱っておけばよいのか。

ネットで自分が出してきたSNSの情報というものは、自分で消すか非公開にするか、誰かが代わりにそれをおこなってくれるか等しない限り、消えることなく、何年も残ってしまう可能性がある。

(※コンピュータという機械の仕組み上、おそらく絶対に消えないのは間違いないと思うが、自己の支配下に置けるプライバシーなどの情報として、一般的にアクセス可能な状況の如何、という意味あいである)

とにかく、死後ということを考えさせられる。

いつか自分も、終わりを迎えるにあたり、自分という人間の生それ自身の全体性と連続性という現実は、途絶える。別の方向で地球内部に存続するとも言えるが。

それでも、自分が世の中に出してきた「言葉」とか「ネット上におけるイメージ」などと言った仮想空間における情報は、基本的には消えることがない。

つまり、現実が終わっても、仮想現実で自分のイメージが生き続けていくということになる。喜ばしいと思う人も居るだろうが、逆に言い換えれば、安らかに眠れないと考える人もあり得る。

かつて記録者や表現者でない人たちの無数の死は、その日常的な情報もほとんど消えていくことを意味していただろう。しかしSNS普及に伴い、かなり多くの人達が自覚なく、表現者などに近い段階でこの問題に接近してきたのである。メリットも多いが、今この話題にテーマを絞る。

死は2元化された。現実の死と仮想現実の死である。現実の死を迎えても、仮想現実の死を迎えるかどうかは、選べるのである。死なないこともできるようになった。物質としての死と、情報としての半永続性だ。

もしSNSというものが終焉を迎えて居なければ、そのうち、10代前のご先祖様のSNS情報が30年分あり、なおかつ公開されたままであるなどといったことも起きえるのかもしれない。後の世代の家族はその公開非公開を選ぶ権利などは、どう相続されるのだろうか。

いずれにせよ自分で選んでおかねば、死に際し、おそらく家族などの誰かが内容から判断して一定期間などを経て、判断するのだろう。家族が目をそむけたくなるような内容は消されるかもしれない。いわゆる生前におけるネット終活という行為の、死後版である。

前に知人が亡くなったとき、fbフレンドたちがお悔やみの言葉を書き連ねていて、SNS葬儀が行われたといった様相だった。SNSで出会い、SNSのイメージのまま、SNSで終わりも迎える。

また別の知人の知人のアカウントは、亡くなって数年が経っても命日として思い出されていた。そのアカウントがあるのかないのかは、確認していない。いずれにせよ命日的な考えや「追悼アカウント(memorialized accounts)」という考え方もあるにはある。

リスクについてはいろいろと考えられると思うが「人工知能(AI)の登場で、サイトを放置するリスクが利用者にとっても運営側にとっても高まっている」「たとえば、亡くなった親のブログの内容から、そこで今も暮らしている娘の住所を瞬時に割り出したりとか。」(引用 参考3より)

さも「仮想生前葬」というものを新たにこしらえでもするかのように、SNSやネットにおける自分に関する情報を、ネット終活つまり整理整頓するのを、一体いつにするのか、という課題も挙げられる。むろん「死」という深刻な状況でなくとも、仮想現実における引退という意味で「仮想引退」も可能だろう。仮想世界からの引退宣言もあり得る。

ネットという場所にてブラウジングしている日々に思うのは、ネットという場所を人々はどう考え、思い、用いているのか、また、ネットという場所における他者をどう考え、そして、ネットユーザーからすればもうひとつの他者である「ネットの死者(または情報のみ永続=幽霊の如く)に自分が成る又は成ることを拒否して旅立とうとするとき」、という最後の段階をどう越えていくのか、それぞれに問われているということだ。

最後になるが、「容易に自分にはどうにもできない状況で傷口に塩を塗られるようなことが多い」と言えば、福島のことだろう。福島を落とすだけのジャーナリズムまたは評論家気取りは嫌いだ。怒りも悲しみも含め、なるべく暖かい話の仕方や表現を期待したい。現場に居ないのに何でも知った気にならないでほしい。何もかもダメだなどとこちらは思ってない。

自分事として考えるというのは、福島だけの問題でないと言いながら同時に当事者性の暴力をばらまくことではない。良かれと思って間違いつつも試みとして、今回の話題のようなレベルで福島を考えようとしてくれる、ということである。半減期で下がってきた線量を全く認めたくない気持ちもあろうが、他者に残酷を強いては成らない。福島にもあなたの家族と同じ命が、生きているのだから。

To be or not to be.
After the end, that is the question.
生きるべきか、死ぬべきか。
終わりの後も、問題だ。

この画像には alt 属性が指定されておらず、ファイル名は 11-1024x686.jpg です


会津城の彼岸花 20170923 撮影:吉田邦吉

参考

1、『死んだら、私のFacebookってどうなるの?「追悼アカウント」があるらしい』ハフィントンポスト(南麻理江氏)20170821

2、08/21/2017 困難な問題(Hard Questions):オンライン上のアイデンティティは人の死後どうあるべきか Facebook  (English)

3、あなたが死んだらブログやSNSはどうなる? 「故人サイト」の専門家に聞いてみた。 古田雄介さんは語る「ネットは生者のためのシステム」 ハフィントンポスト(安藤健二氏)201803133

4、「忘れられる権利」コトバンク

乱読日記*その八  「フィクションの表土をさらって:玉城入野」    伊藤千惠

玉城さんフィクションの表土をさらって  玉城入野著 洪水企画2018.11.25発行

「うた新聞」という短歌月刊誌を発行されている玉城入野さんのはじめての著作。
2010年から2017年までのあいだに発表された文章から14遍を選んである。
映画作品論の第Ⅰ部、島尾敏雄と島尾の故郷、福島県小高についての第Ⅱ部、そして玉城さんの父上である歌人、玉城徹についての第Ⅲ部という構成からなる。

北野武作品や深作欣二への鋭い評論もさることながら、「トラック野郎」という超娯楽映画への考察が、島尾敏雄のふるさと小高に対しての想いと“故郷論”としてリンクしていくことにいたく興味をそそられる。
あまりここではつまびらかにできないけれど、ハイマートロス=故郷喪失ということばをこの本ではじめて知った。ただちに原発避難者のことが思いうかぶ。
もちろん、そのことも著者自身に関わることとしてとらえられている。

それから私がはっとしたのは、
「夢想とは、意識的に見えないものを見ようとする意志なのです。その意思こそが現実という物語の奥に隠された、真の事実を見抜くのです。」
という一節。(「ドン・キホーテをきどったパスカル・オジェは「現実なんて恐怖政治と同じ」と断言するのです。」より)
夢想ということばは虚構、フィクション、幻想といいかえてもいいかもしれない。
――見えないものを見ようとする意志――
これはとても重要なことなんじゃないか?と私はおもう。
原発事故以後、「とりあえず最新の情報を収集して、その中から一片の真実を掘り当てようと多くの日本人が躍起になっている状況」に、なんとなく薄ら寒くまずしい感じを覚える。私もそんな状況ではあるのだが。
もちろん、見えないものの裏側に必ず絶対的な真実があるわけではない。
けれども、フィクションを絵空事としてただの幻のようなものとして扱う態度は、ものごとの核心に近づくこともできないと思うのである。
巷のメディアが提供する感動、あるいは悲憤慷慨実話にからめとられないためにも。

私的な感想ばかりになってしまったが、どの章も玉城さんの豊かな文学性と誠実さが感じられ読みごたえがある。ぜひ一読を。

乱読日記*その七  「縄文聖地巡礼」:坂本龍一、中沢新一    伊藤千惠

いまだ7回しか続いていない乱読日記・・・。
しかも今年はじめての投稿というていたらく。
いや、常時並行して2~3冊は読んではいるが、筆力がなくて書き残せず残念なことに。できうれば、読んだものと市井の現状がむすびつながるような文章を目指すも、
そこが筆力と脳力が及ばず。。すみません言い訳ばかりで。

IMG_9762

「縄文聖地巡礼」は2010年5月発刊である。(木楽舎)
2006年から2008年まで雑誌に掲載されたものに新たに対談を加えてある。
つまり、東日本大震災における原発事故以前に書かれたのだけど、
事故後の私が思いもよらぬ人たちや書物と交流し、啓発されて考えてきたこと、事故後のいまを見すえたような内容に、ああ必然だったかとおもう。

それがなにかというとまず、
「現代文明を作っている価値は「ものとものが等価交換できる」という考え方によっている。」
それは、永遠に腐らない、とても便利な「貨幣」というものがになっている。
その考え方は、哲学で言う「他者」、もっというと「死」に直接かかわることが排除されることによって起き、等価交換の原理と結びついて、不死の象徴のような貨幣が生まれた、と中沢は言う。
そんな便利な道具にすぎない貨幣が主人公になってしまったような時代、9.11が露呈させたのは国家原理と経済のシステムが一体になっていることだと。

まあ、抽象的な表現はわかりにくくとも、永遠不死の「貨幣」による等価交換経済がいまの世界を席巻しているのは事実だ。

そして、縄文とよばれる時代の世界を動かしていた経済原理は、等価交換ではなく「贈与」であったと。
ものを贈るときには人の心を要素とした受け渡しがあり、ひとつとして同じものはないから等価交換にはならない。不死でも不変でもない。
あっと思った。
以前、会津の本の森図書館での絵本読書会で、このことばが出てきたことを思い出した。自然からいただいてばかりで何もお返ししなかった男の話だった。その男はありがとうも言わなかったのだ。
あれは私たちのことだったのか…。
自然から収奪するばかりで、なにひとつお返ししていない。感謝の言葉もない。
その極限は「核」だとこの本には何べんも出てくる。

国家が成立して、貨幣経済が人の生きる社会に与えてきた負の影響を3.11以降、いや本当はもっと以前から、私たちは体感しているじゃないか。

あるときから資本主義という単一原理で直線的につきすすむようになった社会が、方向転換しないと直線的に終末までいってしまうのではないかという危機感から、
縄文という先人たちの残した思考や文化にたちもどって、可能性をさぐってみた旅と対談である。

さて、3.11を経験した私たちに方向転換は可能だろうか?

等価交換と贈与の話はほんの水端で、聖地への旅を通して縄文的なるものとはなにか、たとえば線形に対して非線形、バイナリティ(二進法―1か2かという二項対立的なもの)に対してトリニティ(3を組み込んだ世界)について、また音楽についてもいろんな話が展開する。

そして坂本の、国家以前の先人たちの思考を知りたい、そうでないと日本人である自分が見えてこないということばは今の自分にとてもフィットする。
ここ数年、私が民俗藝能に惹きつけられるのも、より古層の、ヤマト以前のこの列島に住んだ人たちのことを感じたいのだろうと思う。