伊藤 千惠

伊藤 千惠 について

Ito Chie / 熊本生まれ。昭和音楽短期大学卒業後、インディーズバンド活動に入る。久保田安紀ユニット“”マリンコーニア”、吉田達也ユニット“高円寺百景”等に在籍。宮崎祐子氏にエリックホーキンス・ダンステクニックを学びパフォーマンスに出演。現在、派遣CADオペレーター兼主婦。幻想文学、民俗学、民俗藝能が好き。I was born in Kumamoto pre. and graduated from Showa music university. I have an indie band experience, belonging to groups, each of which was called, "Malinconia" organized by Aki Kubota, and "Koenji Hyakkei" by Yoshida Tatsuya etc. I have learned about a modern dance, which is called, "Erick Hawkins dance" from Yuko Miyazaki and performed. Nowadays, I work as a CAD user. I like, fantasy literature, folklore, and folk performing arts.

郡上踊りとローカル線と   伊藤千惠

ことしの盆休みの最後、どうしても岐阜県郡上八幡の郡上踊りに行きたくなって青春18切符で在来線を乗り継ぎ、片道400キロ、約9時間半かけて行ってきた。

日本三大盆踊りのひとつに数えられる郡上踊りは、江戸時代より400年、城下町郡上八幡で歌い踊り継がれてきた。
盆踊りは、中世におこった鎌倉仏教系の踊り念仏が起源と言われている。宮廷ではなく民草のあいだで流行ったのがかっこいい。
藝能のはじまりである「祭り」は、外からまれびと(客人)がやってきて、訪問された家の人がまれびとを歓待するために踊りや歌を供したことからくるのではないか、と民俗学者、折口信夫はいう。思うに、まれびとは神や霊や森羅万象の具現化したものなんだろう。
むろん生きた人間、村人が神や霊に扮して村の家を訪れるのであるが、歌や踊りを供してまれびとの魂を鎮めることに意味がある。
盆踊りもこの時期、この世に戻ってくる死者の魂を鎮めて、ちゃんとあの世に帰ってねという意味あいでなされる。
一遍上人のような諸国を遍歴した遊行僧がはじめた念仏踊りが盆踊りや風流踊りに、そして宗教性が薄まり田楽や猿楽といった藝能へ発展していく。

ずっと気になっていることがある。
この全国を漂泊した僧たちや藝能者は後世、と賤民して差別されるのだ。
動物の解体や皮はぎ、死者の埋葬などを職業とした人たちはもとより、山の民、海の民、巫、巫覡、神人とよばれる神社に属する下級職も含まれる。
死者の埋葬や動物の解体に携わる人が死や血のけがれにさわるという理由で差別されたという解釈は理解できる。
では藝能者や遊行僧のような人たちは定住しないから差別されたのだろうか?
藝能、祭りの淵源は神事につながる。古代天皇は祭祀王であったのか?
聖と俗。ハレとケ。けがれときよめ。聖なるものが賤視される。
諸国遍歴した遊行僧は聖(ひじり)と呼ばれた。
すべての研究書を読むほどのことはできていないが、定説はない。
決して歴史の表舞台で多くの人が熱狂する人物が登場することもないフィールドではあるけれど、私たちのこころのあり方や考え方を意識下で形成してきたものがそこにあるのではないか、と私は思っている。これからもずっと考え続けていくだろう。

それはさておき、私の踊りたい歌いたいという欲求が、「自分の内部に良き魂を招じ入れることが鎮魂ということ」という折口説に自然にフィットしてしまったので、誰が参加しても良いという郡上の盆踊りに行くしかないではないか。

期間は、なんと7月中旬から9月上旬にかけて33夜も行われ、8月の盂蘭盆会には徹夜踊りが4日間行われる。その徹夜おどり最後の16日、浴衣と下駄持参で行ってきた。
会場は毎日かわるが基本、ストリート。お囃子の山車を中心に細長く輪になって踊る。
踊り手が多いので2重3重の輪になって踊る。10種類の曲があり、緩急それぞれ組み合わせた配列で演奏されるので、飽きずにとても踊りやすい。
よく見る盆踊りの所作とはかなり違う。こぶしをあげたり、下駄で地面を蹴る所作が多い。
これは、歌舞伎や能、日本舞踊にみる足で地を踏む所作反閇(へんばい)からきていると言われているのと同じだろう。反閇は、陰陽道の足の運び方で邪気を鎮める呪法である。相撲のしこを踏むことも、歌舞伎で六法を踏むのもそこから来ている。
まさに「郡上甚句」という相撲甚句からきた曲もあり、ナンバ(右手と右足、左手と左足が同時に出る動き)でこぶしをあげる所作が相撲取りのようでおもしろいものであった。

特筆すべきは、踊る人の年齢層も男女比も極端な偏りがないこと。高齢の方も小中学生も男女同じくらいの数が楽しそうに踊っていた。中心になるのは30代のようだったが、それも珍しいのではないだろうか。端正な浴衣の着方をしている人が多く、郡上踊りにかける意気込みを感じた。
街並みの古さと水路がはりめぐされた水の町といった風情が、ちょっとした時空を超えた旅の趣きがあったことを申し添えておこう。

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蛇足ながら旅のルートとその感想
《往き》―下図の青いルート
JR東海道本線 東京⇒岐阜、
JR高山本線 岐阜⇒美濃太田
長良川鉄道 美濃太田⇒郡上八幡(すべて各駅停車)
《帰り》―下図の赤いルート
長良川鉄道 郡上八幡⇒美濃太田
JR太多線 美濃太田⇒多治見
JR中央西線 多治見⇒塩尻
JR中央本線 塩尻⇒東京

往きの東海道側は、人口密集地らしく在来線の本数、車両の数も多く、乗り継ぎ時間があきすぎることもなかった。が、乗り換えでホームに降りるも、殺人的な日差しにめまいが。
長良川鉄道は1車両だけのワンマン運転で本数も少ない。始発の美濃太田は人口密集地だが、美濃市をすぎたあたりから長良川に沿って自然がひろがる。終点まで乗ってみたい。
帰りの中央西線は山の中を4両編成でゆく。統計GISを見ていただく通り、駅前にも人家はまばらである。車窓から見える木曽川が上流であるからだろうか、水深が浅く岩が突出していることに驚く。木曽の山の中とて製材する前の木材が線路脇に積まれている。
過疎を思わずにはいられない。

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(出典:株式会社東京教育公論HPより)

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(出典:総務省統計局 地図で見る統計(統計GIS)

・郡上踊り公式HP(郡上八幡観光協会)
http://www.gujohachiman.com/kanko/odori.html

参考文献
「日本藝能史六講」:折口信夫
「折口信夫全集 第二巻」:中央公論社
「ケガレの民俗誌」:宮田登
「柳田国男を読む」:赤坂憲雄
「辺界の輝き」:五木寛之・沖浦和光
「日本の歴史を読みなおす(全)」:網野善彦
「東北学 vol.7」:東北芸術工科大学東北文化研究センター

双葉町盆踊り大会(@加須市)を見にいく   伊藤千惠

昨日8月14日は、福島県双葉町から埼玉県加須市へ避難した方たちの盆踊り大会へおじゃましました。今年で双葉町埼玉自治会主催として3回目の開催だそうです。

双葉町は、原発事故から6年目の現在、町の96%が立ち入り制限されている帰還困難区域です。人口約7000人のうち、約4100人が県内避難、約2900人が県外避難、そのうちの855人が埼玉県に避難しています。(双葉町公式ホームページより)

避難所のあった旧騎西高校からほど近い騎西総合体育館で行われた盆踊り大会は、町民だけでなく、加須市在住や八王子からも、支援を機にずっと交流を続けられている方々がお手伝いに来ていました。
最初は支援であっても、今は双葉町の方に逆に支えられているという女性のことばが印象的でした。
報道されることの少なくなった原発避難の状況ですが、忘れてはならないという埼玉、東京の人が少しでもいることに力強い思いを抱きました。

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左から自治会長さんの藤田さん、加須市在住の支援者Aさん。 ありがとうございました。

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「盆踊り」のルーツは念仏踊りと言われていますが、伝統芸能は地方によって起源も変化のしかたも違っており、諸説さまざまあります。
お盆がやってくると地獄の釜のふたが開き、死者の霊魂がこの世に戻ってきます。死者だけではなく、なかには無縁の精霊、悪霊もいるので、それらには帰ってもらう悪霊退散の踊りが念仏踊りであると言ったのは民俗学者の折口信夫。

その土地に関係なく有名な民謡をテープを流し、それに合わせて踊る現代的な盆踊りしかなじみのなかった私には、伝承系の双葉町盆踊りはとても興味深いものでした。
唄と大太鼓と少し小ぶりの小太鼓、笛の4人で繰り返し演奏される盆踊り唄。
伝統的な民俗音楽・民俗舞踊のほとんどは、この「繰り返しの魔術」によってトランスにひきこまれ、日常性を逸脱するのではないかと思っている私には、折口の説がはまるような気がします。

話がそれてしまいました。
太鼓、笛のお囃子方は、曲がとぎれることなく複数の人が交代で演奏していましたが、唄っている方は一人、すばらしい声でずっと唄いどおしでした。
その28歳の女性Mさんにお話を聞くと、小さいころから民謡教室に入れられて、中学生のときから櫓にあげられて盆唄を唄ってきたとのこと。
太鼓は昨今流行りで、かっこいいし若い人もやりたがるけど、民謡は人気がないから自分の跡は継ぐ人がいない、というさみしい話でした。
そういえば最初のお囃子方は、十代の娘さん、お母さん、お祖父さんと親子三代のトリオ。十代の娘さんも否応なく小さいころから練習させられたと。
伝統とはそういうふうに残していかなければ伝承していかないんだと改めて感じました。

すばらしいのどを披露してくれたMさんと親子三世代の囃子方。 お祖父さまがいなせでとにかくかっこいい

すばらしいのどを披露してくれたMさんと親子三世代の囃子方。
お祖父さまがいなせでとにかくかっこいい

それから来賓の方々のあいさつ、双葉音頭、騎西音頭、地元の人たちのよさこい演舞などがあり、また盆踊りを堪能。
旧騎西高校避難所が閉鎖したあと、何度かお会いした方たちと交流、話をうかがうことができて感謝でした。
福島県内外の土地に定住した方もいらっしゃいますが、いまだ仮設住宅住まいであったり、コミュニティがバラバラになり、行政からの通達は届いても横のつながりが薄い、という話も聞きました。
ひとつの町のコミュニティが全国に散らばってもなお、故郷の土地は原発すぐ近くに存在する理不尽さ。
福島県内の避難区域内外、そのあいだの段階的な地域、それぞれにさまざまな問題があり、ひとことでは表現できませんが、“自分の”、“東京の”問題の一つとしてなにかしら関わっていくことを改めて思った次第です。

このところの諸処雑感    伊藤千惠

いやはや3月から投稿していませんでした。
4月に熊本地震があり、ゴールデンウィークに被災地となった自分の故郷熊本へ帰ったり(その報告はヴェルトガイスト・フクシマ号6冊子に掲載。絶賛発売中、よろしくお願いします。)、派遣の仕事がなかなかに忙しかったり。

7月は参院選、都知事選とたてつづけに大きい選挙でした。ごぞんじのとおりなかなか野党は勝てず、自民党改憲草案への危機感が国民的に広がらないことへの焦りが募ります。
むろん改憲だけではなく、原発事故が起きて収束していないのに再稼働したり、秘密保護法や安保法制も充分な審議がなされないまま通ってしまったりして、なんだか世の中の動き、というよりも政治の側で急に動きすぎていてとても違和感をおぼえます。
政権与党は、もはや保守政権とは言わないのではないでしょうか?こんなに早い期間にあまり必要もなさそうなのに法体制を変えようとするのは革新としか言いようがないでしょう。

では選挙で変えなきゃ!と言われても、従来のテレビ・新聞などの大手メディアだけ見ている層に、ネットで詳しく掘り下げる人たちの情報はほとんど届いていないに等しい。
社会現象として取り上げざるを得なくなるほどの大人数デモで、やっとマスコミに取り上げられ、ちょっと知られるくらいのもんです。
ネット界で情報通が深く深く掘り下げるほど、そうでない人たちとの溝は深くなっていくという矛盾というかやるせなさ。
そして、間違ってる!おかしい!と声高に言えば言うほど、わかってもらいたいサイレントマジョリティに敬遠される。少し考えなければと思うようになりました。
ネット界でのやりとりは現実を映したものではないということ、よく理解しました。
とはいえ情報の即時性と、例えば識者本人からの意見が得られるなどという有益性もたくさんありますから、要は何を取捨選択するかということが肝要に思います。

さて、このところよく考えるのは、競争社会で成果をあげる者が正当な評価と報酬を受けることと、効率を上げられない者が落ちこぼれていくことは自然界の摂理で当然だとする考え方とが、同じ問題として捉えられているのではないか、ということです。
会社にいて仕事をしているとそれはよく見えてきます。
出来高制でない限り、自分より生産性を上げられない人と同じ給料?という不満は常につきまといます。しかし、それは雇う側のシステムの問題であり、生産性を上げられない者は脱落して当然という結論に帰着させてはいけないと思うのです。
人が人として生活できうる最低賃金があって、それより成果をあげられる者にはそこに評価と報酬をプラスすることが雇う側の責務であり、働く人のモチベーション向上にもつながると考えます。できない人をたたくのは会社側、資本家側、もっと言えば搾取する側に立った論理ではないでしょうか?
どうも、グローバル資本主義とか新自由主義とか呼ばれている経済の世界的な風潮が根底にあるように思います。
人間が有史以来、自分のあるいは自分の属するコミュニティの生存をかけた陣地の奪い合いを経て、たくさんの犠牲を払って到達した共生とか共存という考え方から逆戻りしている風潮ではないでしょうか?実際に血は流さないけれど経済戦争で殺し合いをしているように感じます。

株価は経済状態をあらわすひとつの指標ではありますが、それだけのことです。
株式上場している会社は株主に常に配当を出さなければならず、市場で株を売買することで利益を得る投資家がアベノミクスでどうしたこうしたと一喜一憂している姿は、実態経済と何も関係ないように見えてしかたありません。一部の投資家が儲けても、私たち庶民の生活に還元されることはないのです。国の経済政策はこういうことで景気回復をはかろうとしているようですが、私には実体のない金の流れに人々が浮かれているようにしか見えません。

もちろん、大企業が倒産するようなことがあれば、関連企業にも波及し、失業者が増えて社会に混乱をきたすことは必至なので、それは極力避けなければなりません。
そのために企業は内部留保がありますし、要は拡大しなければいいのです。
常に右肩あがり成長しなければならないという呪縛から逃れて、現状維持にシフトしていけばいいのではないかと素人は思います。
結果、投資家が損をしてもそれこそ自己責任、博打と同じなのですからあきらめてください。

人間のもっと欲しいという欲求はなかなか変えられないと思いますが、大事なものを失ってみて、金には替えられなかったと後悔しても遅いということをいろんな事実から学んでいくしかないのでしょう。

※ちなみに、日本企業が他国の企業に買収合併される話ばかり喧伝されますが、日本企業も他国の企業をたくさん買収しています。例えば英米の有名どころのウイスキーなど。どの国の企業も同じ。食い合いをしています。

※もうひとつちなみに、私は競争原理が社会全体を向上させるとはあまり思っていません。まあ、私にも競争意識はあって、自転車をこいでいて抜かされそうになると抜かされまいとがんばってしまい、それがある程度最速記録を伸ばすことにはなりましょう。
しかし、突出した人材とか天才、例えばノーベル賞をもらった研究者などの話を聞いていて思うのは、彼らの「好奇心」がその成果を産んでいるということ。競争で才能が開花されることも幾分あるかと思いますが、研究に向かわせる強烈な動機は「好奇心」です。めんどくさくて、金にならなくてもおもしろくて仕方ないのです。そういう人たちの発見が科学や社会の発展に寄与してきたのではないかと思います。
いまの教育や私たちの価値観に、「好奇心」を育てるという考え方が欠落しているのではないでしょうか?

映画「飯舘村 わたしの記録」上映&長谷川健一さんトークを聞く       伊藤千恵

2月28日、東京中野区にあるポレポレ坐でのイベント ~映画「飯舘村 わたしの記録」上映&長谷川健一さんトーク~  に行ってきました。

飯舘村は東京電力福島第一原子力発電所の事故のあと、全域が避難指示区域に指定されており、放射線量に応じて、帰還困難区域、居住制限区域、避難指示解除準備区域の3つに分かれています。

避難指示解除準備区域の前田行政区の区長であり酪農家の長谷川健一さんが2011年4月から8月までの4ヶ月間、ホー ムビデオに撮りためた映像が上映されました。

田んぼはすべて雑草畑となり、飼っていた牛もすべて手放し、4世代で暮らしていた家族はばらばらの生活。
なかなか搬送車に乗ろうとしない牛を避難させ、あるいは屠畜に送り出す牧場のスタッフたちをとりまく取材陣。
大家族で暮らしていた長谷川さんの大きな家と、仮設住宅とのあまりも大きな落差。
スクリーンに映し出されるこれらの映像に、あらためてがく然とさぜるを得ません。
原発事故ですべてが変わってしまった飯舘村の人たち、原発避難を強いられているすべての人たちのことを私たちはどれだけ想像しうるのか。

政府は、帰還困難区域を除いた避難指示解除準備、居住制限の両区域を2017年3月までに解除する方針を打ち出しましたが、飯舘村の除染は宅地は終わったものの農地はまだ進んでいません。環境省は生活圏外の森林は除染しない方針とのこと。
しかし、山すそにある宅地は放射線量が高いという長谷川さんのお話でした。
汚染土の入ったフレコンバッグを積み上げた光景は異様ではありますが、ひんぱんに目にするようになり、耐性ができつつあることに悲しさと憤りを感じます。

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ドローンで撮影された“仮仮置き場”

村の方針も国に準ずるとのことですが、除染の効果の上がらない地域があり、来年帰還しても子どもたちが本当に安全に暮らせるのか、長谷川さんは非常に危惧しています。
なにより、村の“までい”(手間ひまおしまない、ていねいなという意味の方言)な暮らしが、原発事故で根底から失われてしまったことに対して、国や東電が誠実な対応をしているようにはとても思えません。
原発事故で避難を余儀なくされたすべての人たち(自主避難者ふくめ)が思うところでしょう。

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モニタリングポストの周囲は入念に除染がしてあるとのこと

スクリーンには村長さんと長谷川さんが帰村について話し合う場面が流れましたが、平行線のままに終わりました。
避難解除されるということは賠償も打ち切られるということ。
長谷川さんはじめ飯舘村民の半数近くの人たちが国の機関、原子力損害賠償紛争解決センターに、裁判外紛争解決手続き〈ADR〉を申し立てしています。
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コミュティを失うということは、衣食住や人が生きるうえでの生活基盤だけのことだけではなく、代々培われてきたその土地らしさ、住む人のこころの拠りどころを失うということでもあります。
そのことの本当の価値は失ってみないとわからないのかもしれません。

今回の長谷川さんのお話や、今までに私が福島のすばらしい自然や友人たちに接して感じていること。
飯舘村はじめ原発避難自治体の多くは過疎の地域であり、日本の抱える地域の問題を如実にあらわしています。
一次産業、特に農業の担い手が減少し続ける地域と、大消費地である都市との格差。
農業が衰退しても人は食べないと生きられませんから、輸入に頼るか工業型農業で効率化をはかるか、大企業が関与しないと存続できないようになり、農業のグローバル化も懸念されます。地方の問題ではなく日本全体の問題でもあるわけです。
“までい”な生活とは対極にある未来のように思え、うすら寒い気持ちがしてなりません。地方をないがしろにしてきた結果が今であるように思えてなりません。
私たちがめざすものは何であるのか。
地方の充実なくしては日本の未来はあり得ないと心から思います。

※飯舘村のライター、酒井政秋さんの記事「心を失った除染」と「11月14日2837名ADR1次申立書提出を終えて」もどうぞあわせてお読みください。

 

書の海を漂う~乱読日記*その五  「読みと他者 : 吉川宏志」   伊藤千惠

短歌時評集2009-2014年「読みと他者」  吉川宏志著  いりの舎 2015.11.10発行

日ごろ、短歌にいそしむわけでもなく古典に明るいわけでもないが、時おり目にする歌の表現に新鮮な驚きを覚えることが多い。
「ことば」に心を砕くのは文芸を生業とする人には当然のことだけれども、それにしてもごく個人的な体験が短いことばを媒介に、
こころの深いところまで届くことの魔術的すごさ。
なんてことを少ない短歌経験のなかで思う。

いりの舎発行の「うた新聞」に、おもに新しい短歌を紹介した「これからの秀歌」という吉川宏志氏のコラムがある。みずからも塔という短歌結社を主宰する歌人である。
毎月、びっくり仰天の新人の短歌や(私だけが)知らなかった名歌をていねいに解説、知識のない私にでも共感でき楽しみにしている。
短歌の評論集なんて読むのははじめてだが、吉川氏の2009年から2014年までの時評を中心にした本を読んでみた。

私は長いこと幻想文学や虚構の世界を愛読していたので、現実生活の一部をきりとったような描写や、花鳥風月をうたう、自然をめでることを少し軽んじていた。今日はこれこれをしました、というような報告日記みたいなもんははつまらないと思い込んでいた。けれども、この本を読んで自分の「読み」の甘さに蒙をひらかれた思いである。

他者の日常的な体験がそのひと固有のことばとリズムで詠われることで、自己の感情が揺さぶられたり共感したり反発したり、他者との関係性がたちあがる。
吉川氏は、他者を完全に理解することは不可能であるが、短歌の読みは自他とのあわいに新しいものを創造する行為ではないかと言う。
その「読み」は作った歌人とも他の読者ともそれぞれ違うかもしれない。むしろ違って当然であろう。読みかたに正解はない。
すぐれた「読み」にであったとき、自分も何か言いたくなることを「対話可能性」と彼は言う。
歌の感想や意見を語り合うことで、他者と触れるフィールドがさらに広がる。他者の価値観にも触れようとすることが短歌の読みには必要であると。

これは、私たちが日常生活で他者とコミュニケーションするときも心に留めおくべきことだろう。
小説や絵画の解釈をめぐって他の人と議論するなんて、ふつうの人は日常生活ではやらないだろうが、たぶん俳句や詩歌に親しんでいる人たちは、自分のし好は別にして「読み」を評価しあうという素地が伝統としてあるのだろうと推測する。

他者に対して開かれているからこそ、時代を敏感に感じとり危うさを感じる歌人が多いと感ずる。吉川氏の原発事故に対する当事者としての姿勢、社会を詠った作品に私は非常に共感する。ともすれば二項対立の不毛な論争に終わりがちな原発や社会問題に対して、タブーを作らない、誰もが言いたいことを言える言語環境を作ることが率先してやることだという意見に深く首肯する。
「ことばによって人間が操られている」という彼の指摘もまた重い。
大量消費された「ことば」は、すぐさま手あかがついて薄っぺらなものになる。歌人のことばに対する感受性、自分固有のことばであろうとする姿勢は私たちも見習いたいと思う。

素人ゆえ、もうひとつ蒙がひらかれたのは、短歌の定型がリズムをうみだすというところ。ラップや韻を踏むというようなことば遊びもあるけれど、ビジュアルにとびこんでくることばの羅列がリズムを持つというおもしろさ。
文体がその人をあらわす、ということもあるのだ。
技巧的に使われると深みのない歌になってしまうのかもしれないが、自己とことばとの間にかい離のない作品は、激しいものも生活をうたったものも関係なくひきつけられる。

ここでは具体的な歌をあげなかったけれど、「読みと他者」には、多くのすぐれた歌をひいて読みを紹介している。短歌になじみのない人でもわかりやすく、他者のことばがどのように輝きを放っているものか味わってみることを皆さんにおすすめする。