吉田 邦吉

吉田 邦吉 について

CHIEF EDITOR ▼Yoshida Kuniyoshi / 1981年1月大熊町生まれの原発避難者。中大法卒、2000年より塾長。2013年4月、赤坂憲雄の活動のもとライターとなり、2014年9月22日に卒業、同日、「WELTGEIST FUKUSHIMA」で独立。エッセイ賞受賞。会津民俗学研究会員、書籍編集長、雑誌共同執筆、講演、対談、などを行っている。facebook / website / ▼

原発事故後の誤ったデマ論をスマートにしよう。 吉田邦吉

いつもよりもスマートしっかりに話しますからしっかりに聞いていただけますか。タレントのくわばたりえさんが2017年3月8日のNHKアサイチにて「(福島県産につき)みんな買ってないから、私も」という報道があったようです。

これについて、人の消費基準が「安全なのに安心までいかない」という分析はネットで一定の決まった人達により毎晩のように流布している話であり、建前としては一見もっとものように思えますが、本質的とは言えず、決して論理的でないと考えます。

なぜなら、まず放射能の議論が開かれていないのであれば、都合の悪いことを隠しているのではないかという疑念が生じて当たり前なので、「安全なのに不安」という「消費者のせい問題」にすり替えようとしている、または、すり替えてしまって満足している、というように見えるのです。原発事故は安全神話から生まれたのですからね。

ある場合に大勢が買ってないからつい手が遠のいたことがあるというようにくわばたさんは言っています。ということは、おそらく「絶対に食べない」とは言っていません。福島産は実際どこにでも流通していますから、選ばないというのは、他に自分が気に入っているものがあり、そこで「福島産」のことを考えると気が重いという話ではないでしょうか。私は県内その他でそういう話を耳にします。

なぜ福島産は気が重くなるか考えたことがありますか。

そこに対して、わざわざ重ねて「安全だ」「こうでこうで、こういうデマが悪で、反原発が悪で、生産者はデマに苦しんでいる」ということを押し付けたらどうなりますでしょう。正直言って、いかにも「被害を利用した御用」的な、厄介な感じのする福島だろうと思います。そういうことがネットで差別だ云々と連呼されるから心理的に圧力がかかるのであり、イデオロギーみたいで厄介だと人々は感じているのです。

福島と聞けば何だか怪しい御用話を押し付けられるだけの、何か言えば風評被害だと叫ばれて正しい知見とやらで安全神話のお説教が始まるとしたら、こんなに関わりたくない疎ましいことはありません。原発に無関心であったことを県民は反省してないと誤解されかねません。選ばないということを言って良いんです。自由に言って良いんです。言えない空気を作ったら終わりです。選ばれません。

ですから、「食べない」という選択を保証しないと「食べる」という選択はあり得ません。今の開かれていない議論につき、都合の悪い話に蓋をして本当に安心できますでしょうか。無駄に敵を作ってはダメなのです。もっと検査方法について、オープンな議論を集約でき、議会や行政に提出・蓄積していき、ことを改善成長していく、透明で、建設的なシステムが必要でしょう。厳しい視点をもった人達がそう感じられるようできていますか。

「デマ≒反原発」は物事を混同している。

ふくしまの場合、
1、デマ……誤った情報と原発事故による営業損害
2、反原発……国家政策として廃炉や再生エネへの転換

この二つは論理的に本質的な因果関係が、ありません(むしろこんなに回復が困難な実害があれば原発はもうやめようとなるほうが自然な関係だと思いますが、とりあえずさておき)。

例えば、人を殴ってイジメた人が、殴った行為を罰せられるだけでなく、人に優しくしようという宗教をも罰せられるとしたら論理的誤りではありませんか。むろん、目の前で桃を吐き捨てられたりしたらそれは憤怒して人間自然ですし、私も悲しみの気持ちでいっぱいです。なので、いま無理にこれを認めたくなければ認めなくても良いんです。あなたの自由です。でも、その無礼な行いとこのことは、絶対イコールにはできないことなのです。

さらに例えば、福島産の食べ物を売り子の前で吐き捨てる人が原発推進だったらあなたはちゃんと「デマは原発推進が悪いんだ」と大声で連呼していけますか。していないとしたら、あなたのその主張は、論理的に誤りです。どのみち原発推進と生産物の選択は関係のないことでありますが、とにかく、因果関係を考える場合はいろんなことを考えねばならないのです。

現在、原発事故があることを「原因」とし、営業や汚染や多様なことについての「実害」がありますからそれを「結果」とし、この「因果関係」によって、東電は生産者に賠償を支払っています。非常に大勢の福島の生産者もこの因果関係を認めています。拙編「フクシマ発(現代書館)」にも書きましたが、ネットの誰も見てないことが「主たる原因」でしょうか?こちらを見てください。ことの因果関係の実際はこちらです。

責任をとるのは政府東電です。
むろん
(不足が問題ですが)
責任をとってきたのも政府東電です。
デマじゃないんです。

安易な巷のデマ論に正義感で乗らず、冷静に議論しましょう。わたしは議論に負けること、説得されることを、人格的に劣ったこととは考えないタイプです。自分を説得するほどの話をわたしは尊重し、その優秀さを自らの知識にしていきますし、どんな言論も「もし本当に開かれている議論の場」では、「それがあることを尊重する」こともできます。敵味方の二項対立は大人なら卒業せねばなりません。たとえば反原発のジャーナリストが被災者とともに苦心惨憺で互いの合意で頑張っていることも被災を悪用でしょうか。

それなのに「反原発派が悪いんだ。被害を搾取している。反原発派の正義がゆがんでいる」などとやっていけば、放射能汚染という大問題の本質から目をそらさせ、誰かを敵にすれば解決するような犠牲(スケープゴート)を作りだした単なる点数稼ぎの御用運動と言われても防げません。そういう風に考えたいことも否定しませんが、立場的な居場所的な、たとえばライターの人がいるようなこともありえるかもしれません。よくよく見てみると、そういう人達の実際は脱原発と言っていてもそんなことを自分で行動する気はさらさらなく、原発推進にも等しいような雰囲気も認められるのはまた不思議な話です。

そもそも福島県は積極的にデマ狩あら探しなどしていません。福島はそんな全体主義に染まって非国民探しをするようなことをしていません。「現在、こういう現状です。自分たちは安全基準の範囲内だと国からお墨付きを得ている範囲の農産物だけを出荷し、また、出荷できていないものもこれこれです」というのが現状です。ここには様々な議論があって当然であり、改善されていくべきものと考えます。

それを、国家の政策として原発に反対することと、放射能の議論と、どう論理的に関係しているか、きちんと説明できないような方向で混同しては、「彼らは御用的に点数稼ぎたいからああいうこと(一部のことを全部のように言う論理的デマの宣伝)をやっているんだ、被害を利用して目立ちたいからこそ、逆に反原発にそれをレッテル貼りしている」と思われても不思議ではないと思います。

むろん一部には誤った理解をしている人達もいるでしょう。でも、それを言ったら終わりがなく、一部を全部に適用させる論理的過誤をおかしやすく、いつまでもズレていく水掛け論なのではないでしょうか。「一部の何々が悪い」というのはどこにでもあることで、放射能の件で見ていると主に人としてのエチケット、その人の議論の前提としてのマナーの問題であり、反原発とソレは論理的な関係が見受けられないのです。それどころか私の周囲にいる反原発の運動をしている人達は福島の生産物をいろいろ思うことがあってもこころよく食べ、福島を愛し、心配してくれてもいます(無理に食べてるわけでもありません)。これは、敵ですか?どうして「デマ=反原発が悪」という偏った言い方ばかりするのか説得的に説明できますか?

大事なことは責任の所在です。もし「安全だ」ということにされている生産物について、なんらかの事故が生じたら、それは誰が責任をとってくれるかが、いまいち不明確なのです。たとえば原発事故後に言われている健康被害の件を思い出してください。多くの人達が困っているように思われますが、その直接的因果関係は不明、立証不能、という統計の話しか出ていないのです。つまり、安全だと言いながら何かあっても誰も責任とりませんなのです。そんな話ありますか。正直言って、安心できますか。因果関係が証明できない現状ならば、超法規的な保護救済策も必要でしょう。

デマって、流言飛語のことだと思います。

私は日本を歩いていてまずそんなデマに遭遇しません。ごくまれにいろいろな考えがありますが、それらは「都合の悪い考えや説を議論の場に入れない、という開かれてない議論のなかで起きていること」です。議論が開かれていなければ、「これが通説、あれが大勢の仮説」という「押し付け的なお説教」はいくらでもできますから、それこそ閉鎖的な安全神話の流言飛語が「デマと大差ない」という雰囲気になりませんか。

1、押し付け安全 (安全神話)
2、押し付け危険 (デマ)
これら二極化は無理の程度が等しいのです。

私が遭遇するのはデマではなく、くわばたりえさんのような消費選択であります。現代日本の消費行動は、自然栽培や有機農法やなるべくナチュラルなものが好まれ、かなり厳しい目をもった消費者が増えています。「不安な議論の場」で「安心」が、自然に生まれますか。人の気持ちを誰が無理に止められるのでしょうか。「無理しないほうが良いよ、それで良いんだよ」と言ってあげることから、まずやさしさ、人として安心の第一歩です。

最後になりますが、問題の本質はデマではありません。デマは傍論にすぎません。やりすぎれば「デマ=重い福島」という感じになってしまうでしょう。私にとってそれは不本意です。重大なことは、原発事故による実害なのです。復興とは、実害=被災を回復してこそ、復興への基礎ができるというものです。福島の生産物が選ばれない現状を回復する有効な対策は、開かれた議論の場を作り、責任の所在を明確にし、安全安心を改良していくよう建設的なことをし、敵を作らず、福島の味方を増やしていくことに、なります。

が、現在の緊急的な実害状況をまず何とかしなければなりません。
その場合には以下のことが必要です。

福島の生産者が他県と同じようにビジネスできていない不公平な状況があります。原発事故が起きて汚染がひどい状況です。たとえば、ある生産者は2ベクレル未満、ある生産者は30ベクレル、ある生産者はノーコメントと言ったような階層格差の被害のもとに置かせられ、みな同じような苦労を美談にして売れ売れとけしかけられても、大変難しいと思います。

NDの生産者だけ応援では足りないのです。
抜本的な保護も求めませんか。

福島ではまばらな汚染のほかに精神的な損害と計測の苦労が上澄みされている状況であり、共感してくれる人には良いですが何も知らない他人のために「前向きな売れる理由」にはなりません。逆なのです。売れない理由にしかなれないのです。ましてや他県の人達も生産には同じような苦労をします。比べられたら負けやすいのです。すごく不利です。一つの都道府県の生産物を選べば四十六の選ばれない生産物があります。その四十六に福島は入りやすいのではないでしょうか。

これら不公平な階層を、穴埋めするような、まず被災者が安心できる下駄を履かせるような保護救済策が福島のあらゆる生産者、生活者、双方に保障されることであり、ひいては福島県内外の自主避難者にもこころよく過ごしてもらえるよう同様にあることが、大変必要であります。こういったこと、つまり本物の復興のことですが、時間が経てば経つほど被災は隠れ、風化してボランティアも減り、いろんな関心や感覚として潜伏していきますので更に深刻であり、必要性が増していくのです。

特権ではないのです。回復的保護です。
みなと同じように普通に笑って過ごしたいのです。

そうした手厚い安心が包括的な安心を醸成するでしょう。

KOCOヴェルト文学コーナー開催 吉田邦吉

KOCOヴェルト文学コーナー開催のお知らせ

KOCOヴェルト文学コーナー開催のお知らせ

先行公開
 第一回「KOCOヴェルト文学コーナー」開催

 郷土の文学を奨励するため、郡山市FMコミュニティラジオKOCOラジにて、雑誌ヴェルトガイストフクシマの吉田と福島県郡山市FMコミュニティラジオ「KOCOラジ」のパーソナリティちばにより、不定期でささやかな文学コーナーを設けます。

1、オリジナルの感想文を葉書にて募集します。住所氏名年齢職業明記。匿名可。
2、応募作品の著作権や出版に関する権利は雑誌ヴェルトガイストフクシマに帰属します。葉書はKOCOラジに帰属し、返却いたしません。
3、申し込み資格に制限はありません。どなたでも送ってください。

第一回テーマ
 「貧しき人々の群 宮本百合子 岩波文庫」

締切
 一定数で集まり次第、発表にかえて締切とします。
送り先
 〒963-8799 私書箱76 ココラジ宛

 主催 ヴェルトガイスト・フクシマ吉田邦吉 
 後援 KOCOラジ「こころおん」ちばえみ

※「こころおん」放送は、毎週㈫午後3時と翌㈬午後9時で、FM79.1です。郡山市以外にお住まいのかたはインターネットで「サイマルラジオ→郡山市」。スマホなら「リッスンラジオ→すべてのチャンネル」またはFM聴アプリダウンロードにて聞けます。吉田が出るときは不定期ですが再放送ふくめ毎月2回は出て、現在は再放送含め毎月4回など出演しております。

ーー

 岩波文庫はテクストですが、青空文庫だと現代口語文になっていて読みやすいので、最初はそちらから読んでみるのも良いと思います。海外のかたはEメールむろんオッケーです。吉田

ふくしま生産者の悲しみと怒り 吉田邦吉

2016年11月2日の福島民報新聞1面

福島県内の農協5団体すべて、はまなかあいづの全てが、賠償制度の継続を求めていることがわかりました。つまり、福島県で賠償を委任した生産者97%が、『福島の現実』に強く悲しみ憤っていることがわかるのです。これは分断とか対立ですか?違います。あなたも被害者になりえる「イジメ」です。たくさんの人が原発事故関連死で死んでいます。

販路の喪失や日本列島で同じスタート地点ではないなどの営業損害、汚染実害、精神的損害、内部被曝、外部被曝、放射能検査の実状、貴重な水となる山や川の汚染、海への汚染水たれながし、除染後の汚染、フクイチにある大量の放射能デブリ、30年間という長大な中間貯蔵施設、風評被害など、何から何まで挙げたら数えきれないほどあります。これら全てを包括的に入れて「フクシマの実害」と言え、それを引き起こしたのは加害者「東電」です。

もし、ふくしまで生きている人達を応援しているなら、次のようなことは控えてほしいと思います。表面だけ、放射能が大したことないとヒステリックセンセーショナルに安全を喧伝して目立ちたいなどのことや、誰か情報を間違えた人に対してことさら声を大きくして魔女狩りバッシングに終始するようなイデオロギー政治活動に福島の愛郷心を誤用して自らの劣等感から社会への私怨を追加するような混同話です。

例としては、原発事故後、情報を共有している人達のだれかを悪者にしてバッシングばかりしてきたネットの人達はこういう記事も全く無視し、いったいどこまで庶民を守ろうとする運動が憎いのか、どこかのデモが悪いなどと目をそらさせようとしています(<洗車汚泥>風評被害恐れ公表されず 2016年11月06日 日曜日 河北新報)。常にだれかをおとしめて切り捨てさせるようなことばかり言って極右思想に共感を示すような人達が、原発事故が起きたら、ネットに出てきたのです。被災地では被災があるから困っているのに、不毛ではありませんか。

なぜなら、そんなことをやっていても根本的な解決にならずむしろ政治的な対立を「わざわざ」引き起こしているだけだからです(そういうことをすると目立てるのでしょう)。そもそも被災というのは、被害というのは、政治的対立で起きるのではありません。本来の政治というのは利害調整行為であり、憎しみの押し付けではないので、誤用しないでいただきたいのです。敵を作り出す正義は卒業しましょう。静かに現実を見つめましょう。まだまだ福島は安心できません。

原発は何を出すのですか。
被害は加害で発生します。

5年も悲しみ続け6年間になろうとしています。とても長い日々です。いつもいつも日がな、寒いときには凍てつくような水をありがたく扱い、暑くて陽射しに倒れそうなときも農地に出続け、くたくたになっても重い荷を落とさず、エアコンもボーナスも有給休暇も連休もベースアップも何もかも無く、重労働に重労働を重ねて先祖代々命からがら日本の土地や文化を守ってきたことがあるために、日本の食糧は維持されています。

たとえば、海外の食糧は安いでしょう。日本の生産物が売れなくなれば日本の生産は消えますから、日本の食料を自分でまかなうという食料自給率は落ちます。するとどうなりますか。外国の言うことを聞かないと何も食べられなくなります。そうなった頃、海外の食糧は値上がりするでしょう。他にも食糧を盾にとり政治的な押し付けをされるでしょう。目に見えています。

ましてや戦争にでもなれば食糧の価格は高騰します。災害でも同じ。日本の国土を農地を生産を、長い目で大事にする社会にしませんか。世論調査によると福島県ではほとんどの人が原発再稼働に反対。つまり反原発です。もうこのようなことは起きてほしくないですし起きたら福島県どうなるかわからないからでしょう。東日本大震災もまだ警戒する必要あるそうです。よって福島県行政でも原発に依存しない社会を目指し、再生エネルギーが必死で注目されています。

それほど大変な事態なのです。こういう本当の、心の底でわきおこる地元ならでは福島の悲しみから応援してほしいと思います。なぜなら、このことは有名な一人や二人の意見ではありません。大勢すぎる生産者の事実だからです。巨大企業東京電カの起こしたレベル7世界最大の原発事故という行為があれば、上記のような被害結果があることは、一般の社会通念に照らし相当だと私は考えます。

本当の福島の被災はこういう悲しみです。被災は悲しみです。憤りでもあります。被災地が笑顔であれる日があるのは大変喜ばしいことです。しかし表層だけを声高に叫ばれても、今のままでは正直しらけます。被災地には被災者がいます。被災があるから被災地なのです。多大なる恵みをもたらす大自然は泣いています。聞こえますか。届きますか。もしよければいつまでも福島のみんなを大事に思っていてください。

それぞれの新しいフクシマを、創造しましょう。

通巻5号「同調圧力」発売開始

2015年秋号(通巻5号)2015年11月発売
40ページ、定価550円 ISSN 2189-4639

※完売御礼。
※お振込み確認後、EメールにてPDFデータ販売となります(送料無料)。

雑誌WELTGEIST FUKUSHIMA2015年夏号の表紙デザイン©天井優志、裏表紙デザイン@吉田葉月 編集発行代表:吉田邦吉+ヴェルトガイスト・フクシマ編集部

雑誌WELTGEIST FUKUSHIMA2015年夏号の表紙デザイン©天井優志、裏表紙デザイン@吉田葉月 編集発行代表:吉田邦吉+ヴェルトガイスト・フクシマ編集部

解説
 特別企画「同調圧力」、という聞きなれない言葉がこれほど意識されたのは原発事故後であろう。であればその「核心にふれること」を考えておく必要を感じている。教室で行われ続けるイジメを毎日毎日、見て見ぬふりをした子どもらが、今も大人になって何も変わってない社会がそこにあるとしたら、大人は子供に何を教えるのであろう。
 いつもながら自由記事も盛り沢山で詰まっている。

表紙、裏表紙、表紙文字 :天井優志
裏表紙 : 吉田葉月

著者
山川 貢
吉田葉月
天井優志
柴田慶子
伊藤千惠
物江 潤
酒井政秋
米田 博
高田 緑
吉田博子
芸術先生

編集部
デザイナー:天井優志
編集者:伊藤千惠
総務:吉田博子
編集長:吉田邦吉

ーーー

定価550円。

・注文方法
「お手紙を送る」より以下を送ってください。

1、送り先 2、氏名 3、冊数

・送料(スマートレター・ゆうメール [旧冊子小包] )

スマートレター
1~8冊まで180円

※送料はあくまで指針です。60ページのもあれば40未満のもあり、文字組がハーフサイズの単行本なみに大量に入ってる組もあり(定価が違うのはこのためです)、場合によって少し変わることもありますので、注文を受けてから計測し、ご連絡いたしております。

※送料を定価×冊数に追加してお振込ください。

・振込先

ゆうちょ 18280 27500011 ヨシダ クニヨシ

・他行からの振り込み先

店名 八二八(ハチニハチ)
店番 828
預金種目 普通預金
口座番号2750001

※わたし吉田のフェイスブックへのご連絡でもありがとうございます。
前にご注文くださったかたはご連絡一本で発送いたします。

心よりありがとうございます。
歩みは遅くとも続けていく所存です。
何卒よろしくお願い致します

~ 震災の日から5年 ~  鈴木清一 (鬼生田開発プロジェクト 下巻)

平成23年3月11日の午後、この日も相変わらずの多忙極まる業務に追われながらも何事も無く一日が過ぎる筈だったが、その時は突然やってきた。

午後2時46分ズンズンズン・ドンドンドンと地の奥底からの体を揺さぶる様な地鳴りが聞こえたかと思う間もなく、ガガン・ゴゴン・ギシギシと3階建ての建物は悲鳴をあげ大きく揺れ動いた。咄嗟に皆がそれぞれの机の下に潜り込むが、机ごと体が建物の中を前後左右に移動し、各所で女性達の悲鳴が聞こえた。

このままでは建物が倒壊し我々の命も危ないぞ!数分後に地震は収まったが、その後何度も余震が襲ってきた。建物の柱は傾斜し、壁は剥がれ落ちて書類は辺り一面に散乱していた。皆茫然と立ち尽すばかり、一体何が起きたんだ。緊急用のテレビを点けると東日本大震災の広大な範囲に及ぶ被害状況を放映している。自宅や家族の携帯に何度電話しても繋がらない、皆無事なのか不安が募る。

何時までもこうしては居られない。広範囲に及ぶ停電の復旧に電力社員や地域の電気工事店社員が一昼夜寝ずの対応に当たる。

そうこうしている内に東京電力福島第一原子力発電所の1号炉・2号炉・3号炉でメルトダウンが発生し、水素爆発によりそれぞれの建屋が崩壊し大量の放射性物質が大気に大量に飛散した。「これでもう福島は終わりだ!」と思わず口に出しそうになったが、必死にこらえた。

この時咄嗟に思ったのは、40代の単身赴任時代(浪江・小高原子力準備本部)に家族同様に7年間お世話になった浪江町の人々の安否だ。

大津波の被害に逢い更に追い打ちをかける様に放射能汚染に見舞われ一家離散となり、避難先で体調を崩して亡くなられた方も多いと聞く。原発事故被災者の方々の為に私に何か出来る事は無いのか・・・・。

その思いは、年を追うごとに強くなり平成26年3月23日の鬼生田1区定期総会に於いて「原発事故災害者復興タウン鬼生田開発プロジェクト構想」を臨時決議案として提案し、参加者全員の賛同を得た。その場で一緒に中心となって活動する仲間も9名となり、現在は11名となっている。

その後、7月24日には鬼生田小学校の体育館に於いて、鬼生田1区~4区までの全地区住民を対象とした「原発事故災害者復興タウン鬼生田開発プロジェクト」の説明会を開催した。それからは、このプロジェクトの趣旨に賛同する住民の承諾書を得るために仲間と共に鬼生田の地域を奔走し、1区は全世帯から承諾を得て、現在は2区・3区・4区へと大きく広がっている。

その承諾を受けて福島県内各地に避難している原発事故被災者の方々との交流を何度も行い、27年7月7日には郡山市長へ西田町区長会会長と共に「原発事故災害者復興タウン鬼生田開発プロジェクト」の趣旨を説明し、その理解と支援を依頼した。

その後も各地域の仮設住宅にて避難生活を送っている自治会長を始め被災者の方々との交流を深め、家族と一緒に住める安住の地を求める切実な訴えを聞いた。

ある時、会津若松の大熊町仮設住宅を訪れた際の自治会長の言葉が胸に深く突き刺さった。「息子夫婦は孫達を連れて仮設住宅を出て行って久しい・・・・爺ちゃん生活が整ったら迎えに来るからな!と言っていたが、このままでは、先にあの世からお迎えが来てしまうなハハハ・・・・」と寂しそうに笑った顔が今でも忘れられない。

「このままでは駄目だ!一日も早くこのプロジェクトを実現して、原発事故被災者の方々が失った古里と絆を回復し、家族と一緒に住める夢と希望を取り戻せる協働のまちづくりをするんだ。会社勤めをしながらの片手間の仕事では、このプロジェクトは達成しないぞ」との熱い思いがこみ上げてきた。一日も早く鬼生田開発プロジェクトを達成すべく27年11月20日付で再雇用先を依願退職し、このプロジェクトに全勢力を傾ける事となった。

そうして、今まで任意団体として行ってきた活動を更に県内全域に広げて行くために地元郡山市はもとより、他地域の行政や関連団体との連携を深めて、社会的にも認められた公的な組織にして行くことが最良の策であると考え、特定非営利活動法人格を取得するべく郡山市NPO活動推進課と協議を重ね平成28年2月19日付でNPO法人として認証を受け、更に2月25日に法人格としての登記を完了し、NPO法人として成立した。

これから、鬼生田開発プロジェクトの達成までは数多くの困難な課題を乗り越えなくてはならないが、原発事故被災者の方々が家族と一緒に楽しく暮らす笑顔を夢見て、鬼生田の地域の仲間達そして原発事故被災者の方々と力を合わせて、行政からの押し付けではない、自分達が本当に住みたい復興の街づくりを目指したいと考えている。

鈴木清一代理吉田邦吉投稿
(これは上巻の続きである)

※吉田注……鈴木さんと吉田が出会えたのは第一回ヴェルト秘密会が秘密会であるとの連絡がいきわたっておらず米田博さんを通じて津田枝里子さんが唯一お客として訪れた偶然からである。