KOCOヴェルト文学コーナー開催 吉田邦吉

KOCOヴェルト文学コーナー開催のお知らせ

KOCOヴェルト文学コーナー開催のお知らせ

先行公開
 第一回「KOCOヴェルト文学コーナー」開催

 郷土の文学を奨励するため、郡山市FMコミュニティラジオKOCOラジにて、雑誌ヴェルトガイストフクシマの吉田と福島県郡山市FMコミュニティラジオ「KOCOラジ」のパーソナリティちばにより、不定期でささやかな文学コーナーを設けます。

1、オリジナルの感想文を葉書にて募集します。住所氏名年齢職業明記。匿名可。
2、応募作品の著作権や出版に関する権利は雑誌ヴェルトガイストフクシマに帰属します。葉書はKOCOラジに帰属し、返却いたしません。
3、申し込み資格に制限はありません。どなたでも送ってください。

第一回テーマ
 「貧しき人々の群 宮本百合子 岩波文庫」

締切
 一定数で集まり次第、発表にかえて締切とします。
送り先
 〒963-8799 私書箱76 ココラジ宛

 主催 ヴェルトガイスト・フクシマ吉田邦吉 
 後援 KOCOラジ「こころおん」ちばえみ

※「こころおん」放送は、毎週㈫午後3時と翌㈬午後9時で、FM79.1です。郡山市以外にお住まいのかたはインターネットで「サイマルラジオ→郡山市」。スマホなら「リッスンラジオ→すべてのチャンネル」またはFM聴アプリダウンロードにて聞けます。吉田が出るときは不定期ですが再放送ふくめ毎月2回は出て、現在は再放送含め毎月4回など出演しております。

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 岩波文庫はテクストですが、青空文庫だと現代口語文になっていて読みやすいので、最初はそちらから読んでみるのも良いと思います。海外のかたはEメールむろんオッケーです。吉田

海外で暮らすことPart3 ー Why people move 羽賀智美

子どもの時に触れる価値観
フィリピンのインターナショナルスクールでは、ホートン・ミフリン・ハーコート社のテキストを使用しながらソーシャル・スタディ(日本の社会科にあたる教科)を勉強します。Grade1の一学期が始まって、2ヶ月くらい経った頃には「人々は(様々な理由で)移動する」という内容を学びます。よりよい仕事を求めて、または家族のそばで一緒に暮らすため人々は移動すると書かれています。テキストの中の写真は少し時代が古く、アメリカへ渡ってきた移民の人々の写真が使用されています。
私は興味深くテキストを眺めました。それは私自身が、原発避難民となり、これまで住んでいた場所を離れることになった経験が強く影響しています。人々はよりよい暮らしを求めるために土地を離れ、具体的に行動していくものだということが、小学校1年生の教科書に書いてあるほどに常識として定着していたなら、原発事故が起こり高濃度に汚染された土地から被曝をさけるための移動は、もっと積極的に行われ、当然の権利として強く主張されていただろうか。私はつい、そのようにして日本の現状を思い、避難や移住、健康を守るための行動がうまくいきにくい理由を探してしまうのです。

よりよい暮らしを求めて、人々は移動するということをGrade1で学びます(ソーシャル・スタディテキストより 撮影:羽賀智美)

よりよい暮らしを求めて、人々は移動するということをGrade1で学びます(ソーシャル・スタディテキストより 撮影:羽賀智美)


海外で福島を思う人々に問われること
2011年3月11日東日本大震災の際、福島第一原子力発電所の事故は起こりました。福島を含む東北、関東は濃淡こそあれ広範囲に及び放射性物質による汚染が広がっています。原発事故から6年目の今も汚染された場所に子ども達が住まわされています。この現実に、日本以外の国でも多くの人々が胸を痛めています。
なぜ核汚染のある場所に、そのまま子どもを住まわせ続けるの?という問いに対して、私はうまく説明できたことはありません。放射性物質の存在により、広範囲にわたり土地が汚染されたことや、甲状腺がんを含む健康被害があるということは公的に認められていないこと、それに加え、政府は避難区域を解除し帰還を推し進めているという話をします。ここは少々冷めた会話になります。あのね、政府っていうのは嘘をつくものだよ、そんなものを信じて待っていてはいけないと言われました。もっと大声をあげて、むき出しの怒りで戦わないと!と拳を握るジェスチャーと共に、ハグされ、もっと怒りの感情をあらわにすることをアドバイスされました。
このように私の説明は、日本のことを伝えたいと強く思っているにもかかわらず、ただ苦しい言い訳が空回りしているだけのような有り様です。そして日本人の私には、その拳を握るジェスチャーと「戦うのよ!」というニュアンスが少しピンとこないような、やり取りの中にはどこかがずれた不思議な空気が漂ったことも、正直にここに記したいと思います。

日本には欠損している文化
2015年にノーベル文学賞を受賞したスベトラーナ・アレクシエービッチさんが11月の下旬に日本を訪れ、大学で学生達向けの講演を行ったことを知りました。スベトラーナさんは、「チェルノブイリの祈り」というチェルノブイリ原発事故後の人々の証言集を出版している女性のドキュメンタリー作家です。来日し、福島を視察した後に、大学での講演は行われました。その中で福島とチェルノブイリで共通するものについて述べられたのは、国は人命に全責任を負わないということと、社会に対して人々が団結する形での『抵抗』という文化がないということでした。私がこれまでに、フィリピンを含む海外から福島を見ている人々から日本に対して投げかけられた疑問とほとんど同じ内容を話されています。私が何気なく交わした会話の中にも、チェルノブイリをつぶさに見てきたドキュメンタリー作家の眼差しの中にも、同じように映っている日本という国と人々の有り様であるということに、深く考えさせられました。これからを見据えるためにチェルノブイリのことを学んでいかなくちゃという強い思いで、スベトラーナさんの発する言葉から、懸命に何かを学び得ようとしていた自分がいます。しかし大事なことや本質的なことは、彼女のみが知っているわけでも発しているわけでもなく、福島を思って、子ども達を思って胸を痛め助言してくれた人々との会話となんら変わりがありませんでした。むき出しの怒りで戦わないと!と言われたこと、社会に対して「抵抗」する文化がないと言われてしまったこと。これらを私たちは客観的な視点で見つめ、これからの行動に生かしていかなくてはならないのかもしれません。

「彼女」のその後
さて、海外で暮らすことPart2 ー 暮らしの中で見えるもの http://weltgeist.info/?p=11729
の中に登場した「彼女」のその後です。
やはり数日後には、また道端に戻ってきて変わらない路上生活を送り、そしてある日、スリムになって路上に帰ってきました。一週間前か、すくなくとも10日前はお腹が大きかったので、あまりの早さに、私は口をぽかんとあけて思わず立ち止まって彼女を見つめてしまいました。私の中の常識や固定概念はことごとく覆されていきます。しかし私はどうしても気になって、彼女に話しかけるきっかけを探していました。
その日もまた、雨の日でした。銀行のテナントが入っているビルの軒下で、雨宿りをしながらガードマンと笑顔で言葉を交わしている彼女を見た時、今だと私は思い、持っていたシフォンケーキとアイスティーの紙袋を差し出しました。赤ちゃんはどうしてるの?と聞いたら、うちにいるよ、男の子。と彼女は答えました。元気なの?と聞いたらちょっと顎を突き出して二回頷いていたので、おめでとうと言って私はそこを立ち去りました。

学校に行かず、路上でコインや食べ物をくださいと言って日中の大半を路上で過ごす子どもたち(本文とは関係はありません) 撮影:羽賀智美

学校に行かず、路上でコインや食べ物をくださいと言って日中の大半を路上で過ごす子どもたち(本文とは関係ありません) 撮影:羽賀智美

日本人である私のこの行動は、本来であれば基本的にはやってはいけないことです。路上の子ども達や、物乞いの彼女などと目を合わせてはいけないというのが普通の感覚であり、日本人が取るべき常識的な行動と言えます。私はマニラ暮らしが2年を超えました。貧困支援のサポートが入っていないエリアの路上の子ども達に毎日あまりにもすれ違いすぎて、素通りを押し通すことに疲れたのかもしれません。しかしこれは一回きりの話で、その後彼女が自分からコインや食べ物を私にせがむようなことはなく、私たちは目を合わせることもありません。そのままの以前と変わらない日々が繰り返されています。

揺り戻されたこゝろ 酒井政秋

うつろな夢の中で揺れている…。

夢じゃない!

やけに大きな地震だ。これは関東か?それにしても長いな。揺れは益々大きくなった。
急いで情報を集める。
震源地は福島沖だった。
原発が心配だった。津波の大きさによっては、また5年8ヶ月前より酷い状況にだって想定できる。
しかし…。
すぐに情報は出てこなかった…。
東電のTwitterには、「■お知らせ■11月22日午前5時59分頃、福島県沖を震源とするマグニチュード7.3の地震が発生しました。現在、この地震による当社設備への影響を確認しております。詳細がわかり次第、お伝えいたします。」とのツイートだけ…。

あの時、何をあの企業は学んだんだ。と唇を噛み締めた。

後から東電は情報をツイートしてきたが、その前にメディアからの情報のほうが早かった。

不安がわたしの身体を包み込む。

最悪の状況をいつも想定し、1日の最後には必ずガソリンを満タンにする習慣が5年8ヶ月前にわたしのルーティーンになっていた。
食料の備蓄もしておいた。

でも実際備えても、またあの日の経験をしなくてはならないのか?その不安だったのだ。

明日がまた平穏に訪れるなんて保障はない。

パソコンとテレビと睨めっこをして、とにかく情報を集めて備えた。
気づけば2時間同じ体勢で情報を集めていた。
その間、友人の無事を各々確認したり、心配のメール、コメントが次々ときた。嬉しかった。その皆んなの祈りが不安を緩和してくれた。徐々に冷静さを取り戻していた。

仮設住宅の知り合いに声掛けをした。
みんな「あの日」の地震にこゝろは揺り戻されていた。
精神的に落ちこんでいる人は、「テレビを見ると身体が震えてくるからつけられない。」

「まずは原発が心配になった。」

そんな声が聞けた。

みんな目の奥は5年8ヶ月前の3月11日になっているようにわたしからは見えた。

自分が無理だと思ったらテレビや情報は見ないほうが良い。ストレスになるだけだから。と声をかけた。

改めて思った。

東京電力という企業の体質は何ら変わっていなかった。
ただ、5年8ヶ月前と違うのはSNSが普及している面、東電の中でも発信をしてくれる人がいた。ということだけ。
しかし、SNSをしていない人にとっては情報開示が遅いことで心労が深まったのではないか。ということだ。

改めて東京電力各位には速やかな情報開示をこの場で求めたい。

避難者の心労はまたひとつ深まったことを再認識し、改心し誠心誠意ある態度で臨んでいただきたい。

政治家の皆様には、地震が起きる度に原子力発電所の心配をしなければならないこの不安を取り除いて欲しい。
不安が押し寄せるエネルギーは時代遅れではないでしょうか?
日本列島はいや、地球は活動期に入っていると昨今相次ぐ天災で思います。国民を守る立場において、経済優先ではなく国民の生命を優先させなければならないのではないでしょうか?
核というものに平和利用なんてあり得ないということにまだ気がつかないのでしょうか?
原子力というエネルギーからの卒業するという転換期がやはりきているのではないでしょうか。
再稼動の道ではなく、エネルギーの転換する道へと進んでいくよう働きかけ・提言をよろしくお願いします。

もう2度と同じ経験をする被害者を出したくない。

それを痛切に感じた今朝の地震だった。

 

引用文:「東京電力(原子力)Twitter」より

土地が人を育ててきた文化を壊した…原発事故 米田ひろし

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「飯館村の母ちゃんたち 土とともに」の映画上映会とシンポジウムが11/8㈯に一橋大学で行われた。https://www.facebook.com/fukuima2013/

「飯館村の母ちゃんたち 土とともに」http://www.iitate-mother.com(HP)

飯舘村には、土地を先祖から受け継ぎ、そこで作物を作り育てる。作物が育つ「土」を作るのには長い年月がかかる。「土」の大切さを知る土地が育てた文化があると主人公である榮子さんは言う。

我が家から見える野手上山

【飯舘村の酒井さんの自宅から見える風景】

 

5年も続く避難生活…

飯館村に帰っては、家に、植物達に、土地に…

守ってあげられない世話できない気持ちからだろうか「詫びることばかりだ…ごめんね、ごめんね」と謝る榮子さん。

「ここがいちばん心安らぐ場所だった…この山なみを見ながら一生をおわりたかった」

「いずれ子供が孫の誰かが戻ってきてくれる。でも、選択する自由があるから遺言は書かん」

村民にとって、本当に飯舘は大切な所なんだろうな

旦那さんを原発事故の9ヵ月前に、義理の母親を原発事故の1カ月前に亡くし…

息子さんが農業を継ぎ、これからという時に原発事故…大切な先祖から受け継いできた土地まで失った

お友達の芳子さんがとなりに引っ越ししてくるまでは、部屋に閉じこもりがちだったという榮子さん…笑顔に隠されたものが多くある

避難生活が5年の歳月が過ぎた…

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「飯館村の母ちゃんたち 土とともに」上映後のシンポジウムに、この映画の古居監督とともに登壇したWELTGEIST FUKUSHIMAライターの酒井政秋さん

放射性物質は飯館村・福島の地からは、まだまだ消えない…

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飯館村・福島の問題は、福島・飯舘村だけにとどめずに日本全国の問題として

現代を生きる者同士で未来を考えていきたい

落胆したり…絶望したり…涙したり

怒りで夜が眠れなかったり

悔しいと唇を噛み締めたり

怒りを通り越して笑ったり…

様々な感情を味わった5年。

故郷が汚染されたことは寝ても覚めても変わらない…

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当事者が生の声で話せる場があるということはありがたいと思います。喪ったものを埋めるように人々の出会いがあったことに感謝していますという前向きな言葉も

「放射能で汚染され、ふるさとを失うということを少しでいいから想像してくださいイメージしてみてください」

そういう事を想像しながら、この映画を見て頂きたい。

この映画が多くの人に届くことを望む

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この写真は「民の声新聞」の鈴木さんよりお借りしました。ぜひ、こちもご拝読ください。

「民の声新聞」

https://www.facebook.com/taminokoe/

民の声新聞「仮設での収穫祭」

http://taminokoeshimbun.blog.fc2.com/blog-entry-74.html

 

ふくしま生産者の悲しみと怒り 吉田邦吉

2016年11月2日の福島民報新聞1面

福島県内の農協5団体すべて、はまなかあいづの全てが、賠償制度の継続を求めていることがわかりました。つまり、福島県で賠償を委任した生産者97%が、『福島の現実』に強く悲しみ憤っていることがわかるのです。これは分断とか対立ですか?違います。あなたも被害者になりえる「イジメ」です。たくさんの人が原発事故関連死で死んでいます。

販路の喪失や日本列島で同じスタート地点ではないなどの営業損害、汚染実害、精神的損害、内部被曝、外部被曝、放射能検査の実状、貴重な水となる山や川の汚染、海への汚染水たれながし、除染後の汚染、フクイチにある大量の放射能デブリ、30年間という長大な中間貯蔵施設、風評被害など、何から何まで挙げたら数えきれないほどあります。これら全てを包括的に入れて「フクシマの実害」と言え、それを引き起こしたのは加害者「東電」です。

もし、ふくしまで生きている人達を応援しているなら、次のようなことは控えてほしいと思います。表面だけ、放射能が大したことないとヒステリックセンセーショナルに安全を喧伝して目立ちたいなどのことや、誰か情報を間違えた人に対してことさら声を大きくして魔女狩りバッシングに終始するようなイデオロギー政治活動に福島の愛郷心を誤用して自らの劣等感から社会への私怨を追加するような混同話です。

例としては、原発事故後、情報を共有している人達のだれかを悪者にしてバッシングばかりしてきたネットの人達はこういう記事も全く無視し、いったいどこまで庶民を守ろうとする運動が憎いのか、どこかのデモが悪いなどと目をそらさせようとしています(<洗車汚泥>風評被害恐れ公表されず 2016年11月06日 日曜日 河北新報)。常にだれかをおとしめて切り捨てさせるようなことばかり言って極右思想に共感を示すような人達が、原発事故が起きたら、ネットに出てきたのです。被災地では被災があるから困っているのに、不毛ではありませんか。

なぜなら、そんなことをやっていても根本的な解決にならずむしろ政治的な対立を「わざわざ」引き起こしているだけだからです(そういうことをすると目立てるのでしょう)。そもそも被災というのは、被害というのは、政治的対立で起きるのではありません。本来の政治というのは利害調整行為であり、憎しみの押し付けではないので、誤用しないでいただきたいのです。敵を作り出す正義は卒業しましょう。静かに現実を見つめましょう。まだまだ福島は安心できません。

原発は何を出すのですか。
被害は加害で発生します。

5年も悲しみ続け6年間になろうとしています。とても長い日々です。いつもいつも日がな、寒いときには凍てつくような水をありがたく扱い、暑くて陽射しに倒れそうなときも農地に出続け、くたくたになっても重い荷を落とさず、エアコンもボーナスも有給休暇も連休もベースアップも何もかも無く、重労働に重労働を重ねて先祖代々命からがら日本の土地や文化を守ってきたことがあるために、日本の食糧は維持されています。

たとえば、海外の食糧は安いでしょう。日本の生産物が売れなくなれば日本の生産は消えますから、日本の食料を自分でまかなうという食料自給率は落ちます。するとどうなりますか。外国の言うことを聞かないと何も食べられなくなります。そうなった頃、海外の食糧は値上がりするでしょう。他にも食糧を盾にとり政治的な押し付けをされるでしょう。目に見えています。

ましてや戦争にでもなれば食糧の価格は高騰します。災害でも同じ。日本の国土を農地を生産を、長い目で大事にする社会にしませんか。世論調査によると福島県ではほとんどの人が原発再稼働に反対。つまり反原発です。もうこのようなことは起きてほしくないですし起きたら福島県どうなるかわからないからでしょう。東日本大震災もまだ警戒する必要あるそうです。よって福島県行政でも原発に依存しない社会を目指し、再生エネルギーが必死で注目されています。

それほど大変な事態なのです。こういう本当の、心の底でわきおこる地元ならでは福島の悲しみから応援してほしいと思います。なぜなら、このことは有名な一人や二人の意見ではありません。大勢すぎる生産者の事実だからです。巨大企業東京電カの起こしたレベル7世界最大の原発事故という行為があれば、上記のような被害結果があることは、一般の社会通念に照らし相当だと私は考えます。

本当の福島の被災はこういう悲しみです。被災は悲しみです。憤りでもあります。被災地が笑顔であれる日があるのは大変喜ばしいことです。しかし表層だけを声高に叫ばれても、今のままでは正直しらけます。被災地には被災者がいます。被災があるから被災地なのです。多大なる恵みをもたらす大自然は泣いています。聞こえますか。届きますか。もしよければいつまでも福島のみんなを大事に思っていてください。

それぞれの新しいフクシマを、創造しましょう。