避難指示解除にあたって思うこと・考えること 酒井政秋

原発事故から7年目の避難生活も3月31日には帰還困難区域を除き避難指示解除となる。しかし問題が解決したからではない。未だに除染をしてもなお1μ㏜/hのところも数多く点在している。安全にというには程遠い。この避難指示解除に至る経緯について村の説明によると原子力災害対策本部長(安倍首相)へ要望書の提出(平成28年4月5日付・村と議会連盟提出)し村が政府に要望したという形で決議された(※1)。大半の村民は解除の一報に唖然としたことだろう、それは村民に周知する前の解除の一報だったからだ。いつもそういう大切な事案は決定されてからの説明会及び懇談会を開き、ただ決議された内容を話すだけの何とも奇妙な説明会や懇談会が行われる。そんなことが6年も続いた村民は疲弊をしてしまっている。それは、自ずと国の思うつぼなのかもしれない。当事者を疲弊させ、「言う口」を減らした方がスムーズに物事は進んでいく。そうして6年の間に切り捨てられてゆく村民を目にしてきた。

「どうせ・・・」「しょうがない・・・」そんな言葉が蔓延しているのは確かだ。

4月からは村に帰らない人は自ずと避難者から「自主」避難者となる。
村からも何れは切り捨てられるだろう。
けれど、我が故郷は飯舘村に違いはない。
飯舘村はのどかな村だった。
飯舘村は放射性物質にも汚染されたが、この6年で国にも汚染された。
村と国はズブズブの関係を築き、今まで村民が築きあげたものを次から次へと壊していった。
このまま壊されたものを諦め、見なかったことにして飯舘村として見過ごして果たして良いのだろうか。
小さな田舎社会というものはしがらみがある、けれど、今まで築きあげたものを押しつぶされて、それすらなかった事にされてもなお、頑張っぺ!なんて言えるのだろうか…。

村の行政区総会説明資料(※2)によると、前年度より2倍を超える212億3500万円と過去最大の予算額だ。その内容は、学校等再会整備事業・スポーツ公園整備事業・復興拠点エリア整備事業・被災地域農業復興総合支援事業などの事業により、昨年度と比較し120億7700万円の増であり、その中で、復興対応事業分は約177億円と予算全体の約83%を占めるという。

それが飯舘村らしいやり方なのだろうか…?

つつましく、あるものを活かし、自主自立で「までい」な生活をスローガンとしていた村が次々とハコモノを建てたり、整備したり。戻る村民の負担にならないだろうか。確かに6年放置された建物は老朽化して使えないかもしれない。けれど、それだとしても、あるものをリフォームして使うことだって可能だったはず。そのツケは未来の村民に重くのしかかってくるはずだ。維持費や経費などを考えると莫大な費用はかさむだろうに…。

それで果たして「飯舘村の復興」というものなのだろうか個人的には疑問である。
わたしだってこんなこと好きで説明会などで言っているわけでもないし、書いているわけではない。
黙って見ざる聞かざる言わざるをするほうが楽だ。しかし、それは未来への棚上げではないのだろうか。
何れは未来の村民に振りかぶって苦悩するのではないか。だとしたら第1当事者が言い続けなければならない。そして、綴り残さなければいけないのではないか。
原発事故というものは途方に暮れる問題だ。
しかし、このまま解決していない問題を解決されたようにされていいのだろうか。

これから起こるかもしれない実害と日本が抱えている社会問題の縮図がこの村に襲い掛かってくるだろう。

限界集落・高齢化・介護・孤独死・少子化・村の存続など多岐にわたる問題とこの原発事故による低線量被ばくの問題・健康被害・風評という実害。

元の村民らしい生活ができるわけではないのだ。どこかで我慢しながら生活をしていかなくてはいけない村になってしまう。

自然と共存・共生してきた村は、もうそれはできない。生態系は崩れ、民家にまでイノシシや猿が来ている。6年、人を見なくなった野生獣は「境界線」が無くなっている。まずはその境界線対策を練らなければならないだろう。四季折々の山菜はもちろん食すことができない。畑で作る野菜もその都度計測しなければ食べれない。そして、村民にはガラスバッチをつけ、積算線量を計測しなければそこでは生活できない。介護の問題もある。村では介護を受けることができない。なぜなら、介助する人員がいないためだ。

これが現実問題なのではないだろうか。

非常に目に見えないものに抑圧された生活となるのではないか。

それでも解除が喜ばしいことなのだろうか。

現実よりも幻想の中で、生きる為政者たち。

その幻想は現実村民の苦悩にならなければ良いなと切に思う。

本当の問題解決までにはあと何十年…いや何百年かかるのかもしれない。

100年先、200年先、300年先にあの大地がそこに住む人々が輝きを取り戻している事を希望にしながらこれからも伝え遺していきたい。

 

iitate

 

 

 

※参考資料 1)村民自治会懇談会資料より引用 2)平成29年度行政区総会説明資料より引用

実存的実害論3「放射線教育の前に為すべきこと」吉田邦吉

 実存的というのは実際に存在するものごとである。

じつぞん【実存】 〔existence〕 ① 実際に存在すること。 「彼は架空の存在ではなく-する人物である」 ② 〘哲〙 ㋐ スコラ哲学で、可能的存在である本質に対して、事物が存在することそれ自体をいう語。現実的存在。現存。(引用:大辞林第三版)

 最近、放射線教育を福島県内で試験的に小中学校いくつかで行っていくことになったそうだ(福島県 7小中学校を放射線を学ぶモデル校に指定へ3月16日 NEWS WEB NHK http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170316/k10010913541000.html)。これについて私の周囲では、安全派や危険派を問わず怒っていた。

 この6年間何度も何度もおき続けている避難者イジメ。横浜での避難者イジメ事件とその後の対応に典型的なように(最初「イジメではない」と教育委員会が対応し、抗議があがり、後に「イジメ」と認めた)、今回も「その後の対応に疑問」を私は感じている。それは、「イジメられた子らと同じ立場にいる福島県民の子らが放射線教育を受けるのはおかしい」というものである。

 ただしここで重要なのは、「イジメられた理由は、本当に放射能だったのか」である。イジメとは、そもそも「その人に文化的な人としてのマナーがないから、心身ともに暴力的なことをしてしまう」のであろうから、「放射能は病気でないから感染しない」とか「光らない」とか「少しなら直ちに重大な影響がない」などと言っても、イジメは消えないのではなかろうか。安全系は2011年原発事故発生当時の枝野幸男もと官房長官と同じことを言っている。

 それどころか、放射能安全を学校が繰り返せば繰り返すほど、「原発推進したい」という露骨なコマーシャルにも見え、今までのように「放射能は危険だろ」という反発を招くこともありえる。したがって、「一見して放射能由来に思われるイジメ事件において、本質的なことは、イジメそのものを防ぐこと」なのかもしれないので、私は「マナーの問題(人としての作法)」に重きを置くことを考えている。

 マナーができる→
 安全危険関係なくイジメが減る→
 農家も避難者も助かる

 マナーができない→ 
 安全危険関係なくイジメが減らない
 農家も避難者も助からない

 むかし、日本の教育には道徳的な面が非常に強かったかと思う。それを、近代化の波によって「実用的な科目に変えていこう」としすぎて、道徳の時間が非常に減ったのではないだろうか。かといってナショナリズムや戦前回帰について、私は拒否する。なぜなら、そういった「精神教育」が何を引き起こしたか、イジメそのものである。Twitterに発生しているネトウヨを思い出すとそれの劣化コピーだ。

 放射能問題は学説も分かれていて、未解明な部分も多く、「これが妥当」という教育をする段階に達しているかどうか、私個人には疑問な面もある(ので、ひらかれた議論が必要だ)。または、逆の方法を行うこともありえる。「放射能は危険であるが、東京にもある、日本中にある」、この一言で私は自分への「東京来るなら福島での服持ってこないでね」を2度と言わせなかったことがある、これも一種の実存的実害論かもしれない(2011年の梅雨ごろと記憶している)。

 放射能安全教育をするよりも、「イジメとはどんな行いで、どのように罪であり、どう恥ずべき行いか」を、「イジメをしたことがある大人の人達に特別講義などをしてもらう」のは、どうなのだろう。同時に、イジメられたほうの話は世の中に沢山あるが学校教育で活かされているという話も聞いたことがない。

 なお安全御用には一言だけ言っておきたい。避難者の苦しみや実害を理解してこなかったくせに、自分らが放射能安全教育などということをして目立ちたいというときだけは避難者イジメ許さないということを捏造するのをやめたほうが良い。今まで散々、自主避難者にTwitterで陰口を叩いてきたではないか。周囲の人間はイエスマンだろうが社会はそうと限らない。ここでもまた「安全神話」が肩をいからせている。むろん、安全だろうと危険だろうと「押し付け系」は宜しくない。

 「押し付け安全」は、メディアを席巻しているところがあるだけに、とても厄介だ。安全コマーシャルな報道が山ほどあるのにまだ教育などと言っている。福島の農家のときと、ことの本質は似通っている。本質はそこでない。学校教育もその例外でなく、あまりに政治と連動しすぎていて袋小路であり関わりたくないのだが、ふと、そんなことを考えたので、ここにメモしておく。環境創造センターの役割が、果たして、いかなるものになるのであろう。

 いずれにせよ、人の不幸ではなく、人の幸せを祈りたい。

実存的実害論2「フクシマ」を創造する 吉田邦吉

 この私一人議論が開かれていても、政治的回復は実害論にとって一つのコアでもあるため、なかなか読まれないだろう。開いてしまったらある種の停滞を招くかもしれないと恐れる人も多いであろうからだ。しかし話を開いたら実害が消えるだろうか、そんなことはない。ペンは311の前にいかにも、そう、無力な言霊という星にもなりえるものであると信ずる。

 問題提起
 どうしても原発事故以来、フクシマは汚染地域やそのシンボルの意味合いであることは、否定のしようもない。なぜなら、いくらこちらが嫌だと怒ったところで、同時に、「被災を考えていかねばならない、または、実害を回復せねばならない」という希望があるからだ。精神的には二重拘束(ダブルバインド)の箱に閉じ込められる。

 実害の印象は嫌だが、実害の回復は望む。
 これが分断を作り出した根源であり、
 絶望と希望の狭間に居るのがフクシマである。
 一部が共存共栄できていないのだ。

 よって人々は、世界含め、「こんなに酷いことになっているところの」「えー……、フクシマ」となる。言語化しづらい多重的複雑性を一挙に持ったのが理由である。それは、あくまで「改善のための文字フクシマである」と言うことができるだろう。なので、「実害のままのフクシマなんて嫌だ」は、しごくもっともな意見であり、そこは実害論者の私と同意見のことなのである。

 復興したいと行き過ぎた希望をもつ一部の人達は、こう考える。「フクシマはネガティブ実害だから、そういう『イメージ』を『安全』にすりかえることもありながら、ふくしま復興へ」。それは、自分で実害フクシマを認めているに等しく、また、「フクシマはネガティブレッテルだ」と自分で認めているに等しい。被災地であることを自認した時点でそうなのだから。被災地でなければ復興助成金も要らないのである。被災地であるなら汚染地なのである。したがって、「自分でフクシマをネガティブにしている」と言える。

 厳しい言い方だが、拒否している者こそが、よりフクシマを認めている。

 どうすれば良いか 
 では「認めても認めない」こととして話を進める。そこの本質的な意味は、「実害を回復せよ」と本来はまったく同義であり、あたかも「御用安全論者が、フクシマ文字を嫌うのと表裏一体」であって、だから憎悪トルネードで言い続けていけば良いか、ということが、問題となる。それはむろん、「お互いにやりまくれYES」とも思うところもある。その意味ではどんどん今までの私のように東電コマーシャルをテコ原理のメディアにでもすれば良く、フクシマという言葉をネガティブにしないでくれでも何でも言ってくれと「も」思う。そんなところまで考えてきた。

 肯定的分断
 つまり、どうしても御用コマーシャルが止まらないのであれば、御用をテコの原理にするしかない。現状として、分断状況がおさまらない。おさまりようがない。憎悪と炎上のトルネードがありっぱなし。ならば、しばしばネトウヨも消費者になって参加しているところのヤフーが、実は、中国のアリババ・グループと協力しているという、消費者や政治の憎悪者などはほうっておいて、むしろその憎悪を、消費エネルギーに変え、漁夫の利のように進んでショウビズしていくのも、関心を高められる、とも考えられる。これを肯定的解釈の分断と名付けよう。拙書ヴェルト2号はこれである。

 最近のエッセイでは、そういうことをやめていこう無関心を助長する、と書いた。なぜなら、「先鋭化による近寄りがたさ」や「憎悪トルネードに参加しないほうが個人の人生においては、よほど生産的である」という二つの理由からであり、「吉田は今そちら(後者)の道を歩いているから」というだけのことなので、違う道をゆく人も、それはそれで陰ながら応援している。そういう意味では、「ネガティブなフクシマ」というのも存在しなければならない。おもしろいことに、「もちつもたれつ」というのは、このことなのである。批判する相手がお互いにいないといけない。しかし今のこの私の実害論は開かれていても一人だから、少々もの寂しくもあり、個人的には生産的でもあり。

 どこまでもネガティブ印象フクシマにしないでくれと言ったって、それが純粋でなく、見るからに「御用・安全・原発の推進」ということがセットになっていれば(改憲まで入ればなおさら)、多くのひとが眉をひそめることであろう。そういう「シンボルとしての御用フクシマ論」でなく、ニュートラルな思考を心掛ける科学者が言うように、「数値やデータ」というのも、あながち間違いでもないと考えられる。ただし、その「数値やデータは、環境や条件に依存するので、完全ではない、ということが大問題」なのだろう。

 なぜなら、今回は鬼頭秀一さんの「二〇世紀型技術の終焉と新しい時代の環境の倫理 所収「歴史としての3.11」(河出書房)」を読んでいるからだ。それには、こう書いてある。素人の私にはいきなり難しいところが出てくるので辞書を幾度か引いた。

科学技術には根源的な不確実性がある。データ不足に還元できる技術的不確実性だけでなく、データ不足に還元できないような構造的不確実性がある。それは科学的知識自身の性格に起因する。データはそもそも状況依存性があり、フレーミングという問題から逃げられない。(吉田改行)

 攪乱(かくらん)要因をどう扱うのかという点に関して、科学的探究やシミュレーションを行う際に、パラメータの取り方によって大きく違ってくる。そして、そもそも科学的計測、探求という行為自体が時間に制約されており、いくら高性能なコンピュータを使ったとしても、進行している問題をリアルタイムで膨大なデータを取って解析することは時間的な限界を持つ。そのような原理的な問題も元々知られていたものである。

(130頁)

 私にわかるようさらに翻訳すると、「かきみだされることがあるとき、データはそもそも場合によって意味が変わる」があるのであるから、「デモなどが敵だとか危険派が敵だなどのように、正義論をふりかざしたデータを扱っているような御用扇動を学者がし続けて出世し、人々がそれを余計に信じていたら、それは「安全神話」と言っても良い場合があろう。

 次に、「フレーミング(framing)」である。辞書的にはおおむね、「カメラのファインダーで見える範囲」や「その縁取り」などの意味であり、つまりは、「どんな状況でデータを取ったかに、そのデータへの人間の判断が、依存してしまうこと」である。すなわち人間はその事実の意味について、「様々なとらえかたをする」→「逆のとらえかたをする」ということである。

 2つ又は多様な意味があれば、
 安全派や危険派が生まれてくる。
 分断の根源は、
 フレーミング評価の不確実性であった。
 お互いに「信者」にすら見える。
 いや、不信心に見えるのだろう。

 事実としての冷静な認識を求める実害派。
 事実としての安心な安全を求める安全派。
 

会津若松のイヌフグリ。撮影吉田201604 真ん中の白い花が何か分からない。

会津若松のイヌフグリ。撮影吉田201604 真ん中の白い花が何か分からない。

 むろん引用した元の文全体では、科学としてこの文は語られているのだが、私にとって「人は見たいものを見る」にも近い表現にも見え、心理学的におそらく興味深いものがあろう。私のこの「ある言葉を見て、違う論点に適用したこと」それ自体が「フレーミング評価の不確実性」であり、「人は見たいものを見る」であり、解釈や思想の「ゆらぎ」であり、それこそが「ブリコラージュな進化の原理」なのかも、しれない。ニューアカデミズムには、そういう(別の領域の学術的道具を使う)「ツールの思想」というものを私は付加していきたい。

 世代間倫理(せだいかんりんり)
 ということが倫理的なカギになるだろう。田中さをりさんのインタビューに答えた「哲学者に会いに行こう(ナカニシヤ出版)」における鬼頭秀一さんが発した言葉である。

世代間倫理
未来世代(子孫)の利益を保護するために現世代が一方的に負うべき義務について論じる倫理の一分野。環境保護が主たる対象となる。

(大辞林 第三版)

 子どものために、どうする。親のために、どうする。そして「未来の列島の子孫たちのために」どうする。デモで声を挙げてくれた人たちの痛ましいほどの願いを、思い出す。そうして「若者」「高齢者」「将来の子」「親子」と言った様々な条件を持つ「被害者たち」は、無我夢中で自分の人生を歩き出し、雨あられ、槍が降ろうと自分たちの「ささやかな暮らし」を守り続けてきた。

 多様な被害者を分断させてはならない。
 仲間たちよ、気持ちだけは団結しよう。

 吉田千亜さんの執筆者からのメッセージ(『世界』2017年4月号)『原発事故7年目に問われる「復興」』(岩波書店)は、こう伝えている。 

東京電力福島第一原子力発電所の事故による「総」避難者数が、どこにも把握されていないことをご存知だろうか。……略……(いわゆる自主避難者)……略……「復興」に消されてゆく。政府が正確に把握しようとしない「被害」と「数」に、色と、匂いと、温度を添えたい。そのために「人の言葉」を一つでも多く伝えたいと思う。……略……

 涙が出る。枯れ果てる。

 なぜなら、放射能なければこの話なしに近く、放射能なければフクシマなし。放射能なければデマだろうと避難だろうとなかった。実害は実害だ。回復しない限り、現実論として「悲しみのフクシマ」なのである。しかしここでは主張でないため話を終えず、「話を経過する」。いずれにせよ、日々の現在進行形である原発避難体験から私は「フクシマ発(現代書館)」で書いた通り、「現代の生き方では将来の子らを守れない」と感じているから、たまに倒れそうになりながら、緊張感のもと、知的な体力の限界を超えて、考え続ける。

 どうネガティブ印象を脱出するか
 関心を増やすには、「かっこいいフクシマ」を創造することだろう。私はロック・ミュージックのミュージシャンが本質的なことを言うからロックを聴き始めたのではない。ロックは格好良いから聞き始めたら、それが本質的な意味の多く含んだ歌詞や楽曲があると感じられるからだ。

 多様な価値観で、自分が良いと思うフクシマ像を、創っていけば良いのである。気に入らなければ論争するなり、新たなる「フクシマ」を創造するなり、それぞれが「分散して創造していくこと」が、良いと思う。よって、「それぞれが、自らのWELTGEIST FUKUSHIMAを創造する」という旗を掲げている。なぜならこれは、「みずからの文化的アイデンティティを再構築すること」であるからだ。そうした意味があるから、あまり「闘いのみ」「論争のみ」で「終えること」を、オススメしていない最近なのである。ネガティブ・フクシマで良いのか。あなたのフクシマを創ろう。

 だからと言ってグーグル検索の結果を金で埋め尽くしても無駄だ。

 311後の庶民は、非常に覚醒している。主体的「個」に目覚め、クサノネでつながり、偉大なる庶民と言えるほどに、主張を強めている。以上のことは風評被害の話とは全く違うカテゴリーの話であるが、いずれにせよ「東電が自ら作り出した汚染やその苦しみという事実から派生する受信者の印象」は防ぎようないのである。それどころか、そういった「印象」は「感情」を引き起こすのであるから、「意思決定」を、「もう暑苦しい科学いらないよね」っていう感じで、オルタナティブ(選択的)に、自然にも、優しさや共感力も成長し、生み出していくであろう。

 鬼頭さんの文まとめ
 不確実だけを鬼頭さんは言っているのではない。

 鬼頭さんの言っていることの倫理的な重要さのほかに、こういうことがある。私なりに解釈して要約するので文責は私にある。つまり、私の名付けている「近代的信頼」(科学への盲目的信頼)を、まず本来の科学に戻す。そもそも原発は不確実であったが、その被害の度合いは甚大すぎるものがあり、消費地でなく原発立地地域ばかりがその人災の被害を背負うことになっているのは、不公平だ。

 自然災害に関して言えば、災害や防潮堤の不確実性などは当たり前に起こり得るものとして、たとえば「治水」などに代表されるような、災害は来るものとして考えたうえで、リスクを分散させる。その倫理感覚としては、自然に対する畏怖や敬意を思い出し、昔の暮らしの叡智を活かし、オーガナイズ(組織)しよう、それが次世代の暮らしやすい社会であろう、ということである。

 赤坂憲雄さんならこれを「民俗知の結集」と言うかもしれない。
 島尾敏雄の「いなかぶり」を読めば、小高沿岸の現場で分かる。
 そのことはもう一度、小高に行って分厚く書く。

 鬼頭さんのこの文を拝読しながら、私は即座に一人の友人、ある准教授の名前が浮かんだ。反原発デモにも参加している廣瀬俊介さんである。彼はその治水や風景デザインと言ったものを研究かつ実践し、地道な生業にしているデザイナーである。福島県にもよく足を運んでくれ、福島の人々との実際の交流をしている。ROCK音楽が好きで、お互いに気が合う。

 彼は今、相馬の故郷である「千葉県」にいる。今度、栃木県益子町のヒジノワというところで対談が決まっている。6月なのでぜひご検索されたし。たぶん私はそのときを待たず、廣瀬さんの丁寧な仕事ぶりの一端が見られる本「風景資本論 廣瀬俊介(朗文堂)(2011.11)」を読み終え、ここに文を出すかもしれない。そして6月に自分や周囲で何がどう変化したかをヒジノワで表現しながら内観するのかもしれない(なんて言っているが緊張してしどろもどろになるに違いなく、ご容赦)。

 ざっと見たところ、風景に愛が感じられ、大好きな本である。大熊町の現状を想ってもらえれば、わかるだろう。あの偉大なる大熊町の風景は、私にとって神そのものであるから。鬼頭さんが自然保護区の用語として「聖域」と言っていた。確かに私達は避難者で、避難指示区域なのであるが、あそこは「聖域」であり、意味そのまま、双葉高校の鋼直球で「自然保護区」へ、向かっているのかも、しれない。その自然保護とは、畏怖している大自然を矮小化することでなく、おそらく、文化を守るための手段なのであった。

 やろうじゃないか、何かを。
 信じようじゃないか、互いを。

実存的実害論「らせん構造のダブルバインド」1 吉田邦吉

 オープンな実害の議論を呼びかけているものの、ほとんど何らのリアクションもない。ただ応援があるのみなので、ひらかれた議論がオーガナイズされていくことも祈りながら、自分でも自分の議論を一人でオーガナイザーしていくほかないことになった。ある意味では、分断の崖っぷちで、ひとり彷徨(さまよ)っているにも等しいのかもしれない。

 思考の回復

 お酒をやめたわけでなく、晩酌を卒業したのだが、とにかく、あれから2か月が、経過した。こつこつと積み上げていける日々のなかでも、今まですっかり忘れていたことを、震災の本たちが、私に思い出させてくれる。(ただし私は実害論者であり、御用らしきものは原発コマーシャルと同じ程度のものと思っているため、読むことも多々あったが、今では捨ててしまっている)。

 思い出させてくれるどれを見ても、私も思っていたこと、体験したことであり、「体験者が自らを追体験すること」であった。すなわち、人間は脳内に考え起こしたことを、ノートなりSNSなりに筆記すると、それがフィードバックしてくる。一度考えたことを書き出し、観ることによって、さらに同じことを体験することで、「回転する状態」となり、いわば「精神的バベルの塔」が出来上がる。良く言えば思考のブリコラージュ(あるもので作る)。

 それらは「建設」したり「補修」したり、時には「崩壊」などしながら、いずれにせよ「上昇」もっと正確に言えば「経過」する。これを、「らせん状の思考」と呼ぶことができよう。普段わたしはfbでしか感想文を書かない。ここに「歴史としての311」(河出書房新社編集部編)がある。私の場合は特に「神山修一」さんの文が素晴らしいと思った。南相馬市ご出身である。最初の藤原新也さんのも私は非常に共感した。もう、自分が書いたかと思った。

 石牟礼道子さんの名前を見たときは、私が赤坂さんの講義を1年間受け学んだとき、テーマになっていた司馬さんが生きていたら……ということを思い出してしまった(「司馬遼太郎 東北をゆく」赤坂憲雄 人文書院 20150130)。昨年の1月に私は沖縄に約2か月滞在していたとき、われらが島尾敏雄のヤポネシア論を読んでいたからだ。

 今回は神山さんのことに関連して書く。

ダブルバインド【double bind】〔二重拘束の意〕 同時に相矛盾する二つの次元のメッセージを受け取った者が、その矛盾を指摘することができず、しかも応答しなければならないような状態。アメリカの人類学者ベートソンが提唱。

(大辞林第三版)

 特に「ダブルバインド」に関して私はずっと気になっていた。その言葉も3年前ぐらいから知っていた。知っていたが、晩酌のし過ぎで、そのときそれ以上の思考がらせんを描くことはなかった。「円熟しよう」と書いて、その後アルコール中毒になり、考えがあってのことだが、直情的に炎が立ち上がっただけだった。神山さん的に言えばそれは「天使」だそうだが。

 今、そうは思っていても、同時並行的に一人が複数の道を(曼荼羅的に)歩いても良いという考えから、毎日がスペシャルに生きていることの価値を焦って取り戻そうとしている日々なのである。なので震災原発事故のことが頭から離れず、かつ、次々と新しい理論というよりは、「なつかしき私の思想」を「再度、狂気でなく(いや、それでも狂気かもしれないが)、つむがなければならない」という「本能」に急き立てられてもいる。

 仕方がないから震災前のやりたいことを我慢して、311後のやりたいことに必死になってペンを執る。で、これはわたしかと見まがうような同じ体験的思考を話してくれる神山さんは自分と周囲の状況を極めて客観視でき、自分の内心を観自在する。よく見たら彼は脚本家なのだそうだ。私は無知なので恐れ多い。神山さんの文を読んでいて思ったのは、いま大事なのは実存と本質なのだということである。

 神山さんの話。一例を紹介しよう。

その言葉が、いつ、どこで、誰によって発せられているのかを勘案する必要が生まれているということは、きわめて広範囲の人間が否応もなく当事者にされたことを意味している。要するにみんな政治的に振る舞わざるを得なくなったということだ。これはあまり僕らが経験したことのない事態ではないだろうか。今置かれた立場から振り返れば、僕らの多くはたいていの事件について傍観者であり、不安や焦慮も外から、要するにマスコミによって与えられたものに過ぎなかったとさえ思われる。当然、9・11もその例外ではない

(119頁「福島のダブルバインド」著:神山修一 所収「歴史としての311」)

 この本は2012年2月に出ている。2011年の秋ごろに書かれ終わった可能性が高い。そして、冷静になった今の私に重大な、美味い水を飲ませてくれている。さらにわずか一部だが、続けよう。神山さんはそれが、2011年から発生したのが、東京と福島の、感覚の歪(ひず)みであることに、心理的に「疚(やま)しさ」や「怒り」や「願望」など、いろいろなことに自らも交錯しつつ、ほとんど喝破する。さらには、茨城南部にお住まいということから、フクシマ周辺地域の心理分析もなされていることは二重の当事者性をもち貴重だ(今とりあえず置くが重要な論点である)。

 福島のダブルバインドの本質はここ

福島の住民はダブルバインド的な状況に置かれている。放射能に汚染された土地の被害者として、怯え、身を慎み、直ちにこの地を去れと要求されると同時に、その場に踏みとどまり、他の土地に一切迷惑をかけることなく復興に励めと命じられ続けているのだ。そして、その上で、この世界が今より良くなるためのアクションを起こせ、磔(はりつけ)になってくれと期待されている。

 福島の農民に下される要求を考えて見よう。作物を作ることは自由だが、汚染が疑われる土地で作物を作り、流通させることについて、道義的な責任を負わなければならない。農民各自はそれぞれ市民としての義務を負うものであり、こうした状況下、自他共に最善の策を採らなければならない。

しかしながら作物の値段は状況に左右されるものであって、買いたたかれるのもやむを得ず、それを回避するために企業努力を惜しんではならない。ハンデと責任を負わせるばかりか、崇高さまで当然のように求めている。だから率先して福島の作物を食えと言っているのではない。風評被害だろうが実害だろうが、危険と思うものは食べるべきではない。だが、僕らが総体としてどれだけむちゃくちゃなことを要求しているかは想像すべきだろう。

(※括弧ルビは吉田)

 そして、挨拶に寄った(おそらく南相馬の)知人の一人は神山さんにこう言う。

山には近づくな

 これはむろん、放射能の話であり、その前後には私が言いたいこととは別の文脈がありながら、私の目にはこう映る、「神聖な山を穢した愚かな人類は、入れなくったのだ」と(ここには複雑なこともありながら)。それから文末にある「グローバルの命令」というくだりで私はふと、息が止まったようにペンを止める。考えたいからだ。それから鬼頭さんの文へ進む。再び、はたと気づく。この本には広告が一切ない。著者のプロフィールすら最小限の「関連文や著作」がわずか紹介されているだけだった。

 なお、私がかき出した部分は神山さんの公平さを少し違うものにしている嫌いがある。神山さんは東京のデモについて、ある部分で東京の人々は福島の人々に疚(やま)しさを感じているからこそ政府への批判が非常に強くなる面があるのではないかとも書いている。それはおそらく、当たっている面もあるだろう。ここでの疚しさは、「罪の意識」であり、「申し訳なさ」であるからこそ、強くなる。

 大方の人は決して福島を置き去りにするつもりではなかったが、そこは「世界最悪レベル7原発事故からの汚染地」であった、ということを考えながら、いま私が書きながら食べているポップライスにんじん(株)やおきん(墨田区)には、こうあった。「米(国産)」。なにもかも欧米の焼き直しでないことを祈りたくもなるが。

会津若松市で補助事業か何かで毎年植えられるマリーゴールド(2015年8月撮影吉田WELTGEIST FUKUSHIMA)

会津若松市の補助事業かなにかで毎年植えられるマリーゴールド(2015年8月撮影吉田WELTGEIST FUKUSHIMA)

 実存と本質
 実際に存在しているのは、放射能である。そして大自然と人間という、いま放射能と共存させられているという困難な存在が、復旧復興をしようとしている。ここに福島特有の二重三重、多様のの苦しみがある。神山さんは短い文のなかで先述のことを書いているがさらに私なりに箇条書きに敷衍(ふえん※拡大)して書き換える。

1、実害がある
2、人がいるから復旧する
3、ほぼ放射能は除去しきれない科学技術の現状
4、復旧できないでいる

5、人だから生きるには生産する
6、がんばれ復興が叫ばれ、復旧の文字が消える
7、汚染におびえている
8、その土地で生産して、売る
9、安全を探す

10、実害に重なってしまう面もある
11、被害に相反している面もある
12、放射能汚染から復旧できない
13、生きるには復興したい

14、復旧と復興が、混ざり、よじれ、対立状態になる
15、実害的な表現が目立つ(鼻血事件は国会でも取りあげられた)
16、やはり風評被害となる
18、御用が実害論者を消そうと風評被害論を用いる

19、分断が深まり、底の見えない断層のようになる
20、東京も実害で政府批判をする
21、福島もばらけるように見えた
しかし、
22、ここにきて県民は主に原発に反対が判明
(※恐らくトランプも関係している)

 ここにある対立は、やはり「復旧(実害)と復興(安全)」なのであり、前回に書いた「安全神話と危険神話」が、これにマウントしているから、話がこじれていく(しかしこのことを私個人は「安全危険のアンダーゴー」などでその絡まり具合を整理し終わったように感じるので、切り離す)。つまり、「福島のダブルバインド」は、「二重のルール拘束(ダブルバインド)が、重箱の構造になっている」のであろう。

 問題は何か。数えきれない。数えきれないが、時系列で起きたことを箇条書きにしていき、そこに考えがぶつかるところ、論争のところ、つまり「論点」を入れていけば良いのかもしれない。こうして考えてみると、「人だから生きようとする復興へ進む」のは本質的であり、「復旧しなければ復興もできない」というのが実存的であることがわかる。

 ただし私個人的にはア・プリオリ(根拠的に)、東電が行った加害や隠ぺいや、実害の数々を丹念に見ていかなければならないと感じられる。それは書く者として、メディアにおけるパワーバランスを必ず観ることもあるからだ。実害優先の公平でなければならない。その点、会津若松ご出身の柳澤秀夫さんの今朝のアサいちNHKは優れていた(避難者に関する政策的問題に目を向けてくれたので私は感謝した)。そして同時に、2020年で復興助成金が切られる予定であるということを知ったこの2年ほどは、復興のことも非常に重大視している。

 この構造を注視すれば、それが「しっかり多角的な観点から見なければならないものの、やはり弁証法的になっている」ということも分かる。それは、思考のらせん構造なのである。人間の思考は、対立することを、複眼的に考えられる。そのなかで、(いま抱えている大事な実害論は風呂敷に包み担ぎ歩きつつ)いろんな思考を補修し、健全なバベルの成長を塔建て、自らのなかでも、高みに上昇していくことを「経過して観る」のも、良いのだろう。

 実存的実害論「らせん構造の曼荼羅陰陽思想」には、生命の本質的なチカラが備わっている。

福島&チェルノブイリ写真展(感想、わたしの場合)吉田博子

 
 
  
中筋純さんの写真展「流転」福島・チェルノブイリ
福島展 が、今日から始まりました。(福島テレサ4階)

流転リーフ2
中筋純さんとは夫と共に飲食や旅をご一緒し、
ありがたき豊富な体験から学ばせてもらったり……と、
日頃から大変お世話になっている先輩です。
寛容で誰にでもフランクに接してくれるので話しやすく
仲間内でも後輩思いで知られる純さんは、わたしたち夫婦、
また、ヴェルトガイスト・フクシマのライター陣にとっても
お兄ちゃんのような存在です。
  
  
☆ 感想 わたしの場合 ☆
中筋純さんの写真から「温度」を感じます。


本来冷たい場所のはずですが、
光や、命の輝きに暖かさを感じます。
(郡山)会場にいて、
展示されている写真を見てホンモノの窓だと錯覚し
差し込む光に吸い込まれそうになりました。


特に右下の風景(↓)からは冷たさを感じます。
今でも、いつでも思い出すだけで凍えることができます。
そこは極陰の世界……
「身の毛もよだつ」 「ゾッとする」のです。
サーモグラフィー検査をしたらきっと、
わたしの体温が下がる場面を目撃することでしょう。

チェルノブイリ

チェルノブイリ


  
ご覧になったみなさんも、
みなさんなりの体感、感想が湧き出して然りで、
それは感動から出てくる感覚ですよね。
共有できたら嬉しいです。

今日から20日まで、福島テルサ4階です。