「除染について除本理史さんへ」吉田邦吉

除染について皆様ご存じの除本さんからの意見がテレビで発表された。「効果が得られたか検証を」というものである(http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170104/k10010828221000.html)。

こう書いてある。
正月大勢が見たため印象は非常に重要だ。

『これについて避難区域の復興に詳しい大阪市立大学大学院の除本理史教授は「除染は住民の帰還に向けて放射線量を下げることが目的だったが、避難生活の長期化で戻らない決断をした人も多い。復興につながるなら除染の費用負担は必要だが、それに見合うだけの効果が得られたのか検証する必要がある」と指摘しています。』
引用(除染費用3兆円超に 専門家「効果得られたか検証を」2017年1月4日 4時22分 NHK)

除染について、原発作業を昔からしているかたにも私は知り合いが居て、状況によって一定の効果があることはわかっているし、おそらく除本さんもそれはわかっているだろうと考えるが、「帰らない決断をした人が多いことと人の所有物へ勝手に除染させない方向へ進ませること」は、異なることだと思う。そもそも一時帰宅はしているが暮らせないだけで明確に100%帰還の話を今、天秤にかけられても非常に、非常に困ってしまう。

こうも書いてある。
『除染を終えたあとの復興を見通せないケース』

やけに費用の面ばかりが記事全般に強調されており、かつ、復興コミュニティとやらがなければ他人の物なんてものは棄民するという方向だと仮定すると、全体のために少数者が泣き寝入りしてしまう全体主義に陥る。まさかわたくしどもの基本的人権を復興の名のもとに破壊するおつもりではなかろうとわたしは思っているが、この感じだと、「あたかも避難区域の場合は辞めさせる方向へ」発言が利用報道されたように「も」見えるのだ。私には少々疑問を感じられたので、ここで意見をしたためておく。

一所懸命な彼と、避難者の私と、意見がそんなひどいふうに違うとは全く考えていない。考えたくもない。しかし、まず除染を一度したら終わりにされると困る。なぜなら除染後に汚染が戻ってしまうからだ。また、最初から除染しないのはもっと困る。除染しない山林があるというのも困る。そこから汚染が生活圏に移動してくるからだ。この場合、除本さんのおっしゃりたいこと正しくは「除染方法を再点検向上せよ」ではなかろうか。

たとえば巷でよく聞こえてくる「除染は移染」だという言葉は、「汚染を移動したに過ぎない」の意味である。それは確かにそうだろう。しかし「だから除染が要らない」という理由にはなりえない。生活圏に汚染が再びやってくる以上、除染は「し続ける」が正しい。また、セシウム無毒化研究などを大企業が今進めているが、あらゆる観点から除染技術をまだまだ多様に研究して深めていかねば、国土は海はどんどんダメになっていくと私は考える。そして、何より「フクイチ」をどうにかしなければ根本的な汚染は止まらない。

もう一度言うと、帰れるかどうかわからないのに、帰ってないことを理由として、なぜ除染を放棄するかのような方向へ進もうとするのか、その理由が復興とやらだとしたら、矛盾しているのではないかということだ。帰る帰らないでなく、被災を回復させるうちの一つが除染ではないのか。今この状況で、帰る帰らないは除染するしないとは関係ないと思う。

余談だが、盛土や砂利をして「線量が下がった」と言うのは、果たしてどうなんだろうかということも考えている。そこに居る以上、土が掘れないというのは問題すぎるのではないか。いずれにせよ、これに限らず、いつでも申し合わせたような避難区域に関する報道の仕方には非常に疑問を感じている。NHKなのだから、避難者へのアンケート結果なども併記すべきではなかったか。

私にとって、ふるさとは大事なものなんです。
よろしくお願いいたします。

せめてここでささやかながらお伺いしたい。
皆様は、どう考えますか。

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除本さんご本人からツイートでご返信がありました。
リンクしておきます。→(こちら)
お返事ありがとうございます。

原発避難アラカルト  な 何に曝されることを被ったのか。 羽賀智美

オスプレイが沖縄県名護市安部の沿岸部でcrashしました。しかしこのcrashという事柄について、様々な日本語を駆使し、着水であるとか不時着であるとか、日本のマスコミは起きた出来事とは違う印象を持たせるような報道をしました。それと同時に、海に落ちたものと普天間基地内に胴体着陸したものを混同しやすい報道をしたようでもありました。日本語は、言葉をぱっと瞬時に受け取る時、注意を怠ると印象と事実がかけ離れるということが起こりやすい言語なのかもしれません。そして人は、その印象に簡単に影響を受けてしまいます。昨今の、あたかも誘導であるかのように思えるマスコミのそのやり方に、私は強い懸念を抱いています。

しかしオスプレイ墜落を別の言葉で表すための豊富な日本語バリエーションを目にする前から、私達は言語としての日本語が持つ独特なスタイルのせいで、誤魔化しと混乱の中に置かれていました。その誤魔化しと混乱の中でも、最も気になる言葉のひとつである「被曝」について、私は日本語と英語の両面から考え、それぞれの言語によって際立つ違いを原発避難アラカルト事典に記載します。

日本語における「被」「曝」という漢字の持つ意味
【被】…他から…される。他からその行為をこうむる、などの意を表す。
【曝】…むきだしにする。むきだしにされる。さらされる。
ここで被曝するとは、単に「曝(さら)されるという行為をこうむる」ということだけであることがわかります。

言葉は本来、「何に」曝されているのかという部分において、その都度明確にしていかなくてはなりません。しかしその部分が明記されていない場合にも、被曝という言葉は、それ単独で存在することが日本では可能です。広辞苑を調べると、被曝=放射能にさらされること、と掲載されています。放射能とは、本来放射線を出す能力のことです。もし日本語としての正確さを追求するなら、放射線にさらされることのはずだけど…と考えつつ、広辞苑ですらどこか曖昧さを残したままそのように記載しているということは、大変に興味深いです。また、被曝という言葉は、放射線にさらされる場合と、その他の有害物質にさらされる時にも使用します。そしてそれがどっちだかわからいままでも使用可能であるがために、結局都合のよい状態で曖昧なまま置かれている言語であると言えます。これは日本語であるために起きている特徴的な現象のひとつです。

英語表現における被曝
expose という英単語があります。これはやはり、日本語でいうところの曝されるという意味になります。
例えばbe exposed to 〜 というように受け身の形で使われる場合、必ず to〜のあとには、「何に」曝されたのか、明確に示さなければならないのが英語の特徴です。
寒い戸外に子どもを長い時間居させた場合の表現にも、exposeという単語は使われます。そのため、このexpose(曝される)という単語のみで何か特別な意味合いを持つということはありません。
後にradiation(放射線)という言葉がついて、be exposed to radiation(放射線で被曝させられる)というように、初めて意味が通る表現となります。何に曝されたのかを、必ず明確に示すということに加え、受け身の形で表現されること、◯◯によって被曝するのではなくて◯◯によって被曝「させられる」のだということ、英語でのそのような言い回しは、表したい中身に対してどこまでも明確であろうとするかのようで、新鮮味を感じるようでもありました。

福島第一原子力発電所 2015年8月撮影:HIroshi Yoneda

福島第一原子力発電所 2015年8月撮影:HIroshi Yoneda

曖昧さから醸成されたもの
2011年3月11日の東日本大震災の際の福島第一原発事故によって、私たちは人工放射線にさらされているという状態です。「何に」の部分を省略してしまった後の被曝という言葉は、本来はただの「さらされる」という意味合いしかありません。にもかかわらず、「何に」よって被曝させられているかの部分を省略したまま言葉を使用することが日本語として一般化されているため、そして(放射能によって、放射線を浴びることによって)被曝することの重さと、曖昧に扱うがためにうやむやになる現実が蔓延っていきました。起こることの説明しがたさと、はぐらかされ続けることで事態はさらに悪化しています。そうして被曝という言葉を口にすることすら、なんとなく言い難い空気が醸成され、結局口を閉ざしてしまう、困難に対して向き合うことをやめていってしまう、…これまでの6年の間に、多くの人々の間でこのようなことが起きました。

そして今、さらされ続けている私たち
放射線に被曝させられることの他にも、私達はさらされ続けていることがあります。それは、放射能を気にすることを変人扱いする空気や、自らの意思で置かれた状況から脱していないかのように思い込まされるその巧妙さです。原発事故により放出された放射線によって被曝させられたくない、子どもたちを被曝させたくないという当たり前の願いを持つことは、相当な勇気と覚悟と孤独とを引き換えにしなければ貫くことが困難であるかのようです。これは気のせいなんかじゃない。今の日本の現状です。原発事故で放出された人工放射線に加え、政治的な誤魔化しと、それに追従するマスコミにより、被災者もそうでない立場の人も、それぞれが真実を見えにくくさせられています。その状況に対して、日本語が持つ特質が、悪い方向に加担している状態に思えてなりません。他言語や他の価値観に触れることで多角的にものが考えられたら、違う視点から見えたものが新たな解決の糸口になりはしないだろうかと思いながら、被曝という言葉ひとつについてさえ、これまでずっと考えあぐねていました。

私たちは放射線に加え、幾重にも重なる困難にさらされることを被っています。事故で放出された人工放射線からの被曝を回避することだけであったなら、取るべき行動も、6年目の今の現状ももっと違うものだったはずです。

3.11以降の世界で、放射線による被曝以外にも様々な困難に曝されることを被っているんだ、だからこんなに生きることが難しくなったんだと気づくことで、それを真正面から受け止めることで足元をしっかりと固め、これからの長い年月を粘り強く戦い抜いていく力を、みんなで取り戻してゆきたいのです。

KOCOヴェルト文学コーナー開催 吉田邦吉

KOCOヴェルト文学コーナー開催のお知らせ

KOCOヴェルト文学コーナー開催のお知らせ

先行公開
 第一回「KOCOヴェルト文学コーナー」開催

 郷土の文学を奨励するため、郡山市FMコミュニティラジオKOCOラジにて、雑誌ヴェルトガイストフクシマの吉田と福島県郡山市FMコミュニティラジオ「KOCOラジ」のパーソナリティちばにより、不定期でささやかな文学コーナーを設けます。

1、オリジナルの感想文を葉書にて募集します。住所氏名年齢職業明記。匿名可。
2、応募作品の著作権や出版に関する権利は雑誌ヴェルトガイストフクシマに帰属します。葉書はKOCOラジに帰属し、返却いたしません。
3、申し込み資格に制限はありません。どなたでも送ってください。

第一回テーマ
 「貧しき人々の群 宮本百合子 岩波文庫」

締切
 一定数で集まり次第、発表にかえて締切とします。
送り先
 〒963-8799 私書箱76 ココラジ宛

 主催 ヴェルトガイスト・フクシマ吉田邦吉 
 後援 KOCOラジ「こころおん」ちばえみ

※「こころおん」放送は、毎週㈫午後3時と翌㈬午後9時で、FM79.1です。郡山市以外にお住まいのかたはインターネットで「サイマルラジオ→郡山市」。スマホなら「リッスンラジオ→すべてのチャンネル」またはFM聴アプリダウンロードにて聞けます。吉田が出るときは不定期ですが再放送ふくめ毎月2回は出て、現在は再放送含め毎月4回など出演しております。

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 岩波文庫はテクストですが、青空文庫だと現代口語文になっていて読みやすいので、最初はそちらから読んでみるのも良いと思います。海外のかたはEメールむろんオッケーです。吉田

海外で暮らすことPart3 ー Why people move 羽賀智美

子どもの時に触れる価値観
フィリピンのインターナショナルスクールでは、ホートン・ミフリン・ハーコート社のテキストを使用しながらソーシャル・スタディ(日本の社会科にあたる教科)を勉強します。Grade1の一学期が始まって、2ヶ月くらい経った頃には「人々は(様々な理由で)移動する」という内容を学びます。よりよい仕事を求めて、または家族のそばで一緒に暮らすため人々は移動すると書かれています。テキストの中の写真は少し時代が古く、アメリカへ渡ってきた移民の人々の写真が使用されています。
私は興味深くテキストを眺めました。それは私自身が、原発避難民となり、これまで住んでいた場所を離れることになった経験が強く影響しています。人々はよりよい暮らしを求めるために土地を離れ、具体的に行動していくものだということが、小学校1年生の教科書に書いてあるほどに常識として定着していたなら、原発事故が起こり高濃度に汚染された土地から被曝をさけるための移動は、もっと積極的に行われ、当然の権利として強く主張されていただろうか。私はつい、そのようにして日本の現状を思い、避難や移住、健康を守るための行動がうまくいきにくい理由を探してしまうのです。

よりよい暮らしを求めて、人々は移動するということをGrade1で学びます(ソーシャル・スタディテキストより 撮影:羽賀智美)

よりよい暮らしを求めて、人々は移動するということをGrade1で学びます(ソーシャル・スタディテキストより 撮影:羽賀智美)

海外で福島を思う人々に問われること
2011年3月11日東日本大震災の際、福島第一原子力発電所の事故は起こりました。福島を含む東北、関東は濃淡こそあれ広範囲に及び放射性物質による汚染が広がっています。原発事故から6年目の今も汚染された場所に子ども達が住まわされています。この現実に、日本以外の国でも多くの人々が胸を痛めています。
なぜ核汚染のある場所に、そのまま子どもを住まわせ続けるの?という問いに対して、私はうまく説明できたことはありません。放射性物質の存在により、広範囲にわたり土地が汚染されたことや、甲状腺がんを含む健康被害があるということは公的に認められていないこと、それに加え、政府は避難区域を解除し帰還を推し進めているという話をします。ここは少々冷めた会話になります。あのね、政府っていうのは嘘をつくものだよ、そんなものを信じて待っていてはいけないと言われました。もっと大声をあげて、むき出しの怒りで戦わないと!と拳を握るジェスチャーと共に、ハグされ、もっと怒りの感情をあらわにすることをアドバイスされました。
このように私の説明は、日本のことを伝えたいと強く思っているにもかかわらず、ただ苦しい言い訳が空回りしているだけのような有り様です。そして日本人の私には、その拳を握るジェスチャーと「戦うのよ!」というニュアンスが少しピンとこないような、やり取りの中にはどこかがずれた不思議な空気が漂ったことも、正直にここに記したいと思います。

日本には欠損している文化
2015年にノーベル文学賞を受賞したスベトラーナ・アレクシエービッチさんが11月の下旬に日本を訪れ、大学で学生達向けの講演を行ったことを知りました。スベトラーナさんは、「チェルノブイリの祈り」というチェルノブイリ原発事故後の人々の証言集を出版している女性のドキュメンタリー作家です。来日し、福島を視察した後に、大学での講演は行われました。その中で福島とチェルノブイリで共通するものについて述べられたのは、国は人命に全責任を負わないということと、社会に対して人々が団結する形での『抵抗』という文化がないということでした。私がこれまでに、フィリピンを含む海外から福島を見ている人々から日本に対して投げかけられた疑問とほとんど同じ内容を話されています。私が何気なく交わした会話の中にも、チェルノブイリをつぶさに見てきたドキュメンタリー作家の眼差しの中にも、同じように映っている日本という国と人々の有り様であるということに、深く考えさせられました。これからを見据えるためにチェルノブイリのことを学んでいかなくちゃという強い思いで、スベトラーナさんの発する言葉から、懸命に何かを学び得ようとしていた自分がいます。しかし大事なことや本質的なことは、彼女のみが知っているわけでも発しているわけでもなく、福島を思って、子ども達を思って胸を痛め助言してくれた人々との会話となんら変わりがありませんでした。むき出しの怒りで戦わないと!と言われたこと、社会に対して「抵抗」する文化がないと言われてしまったこと。これらを私たちは客観的な視点で見つめ、これからの行動に生かしていかなくてはならないのかもしれません。

「彼女」のその後
さて、海外で暮らすことPart2 ー 暮らしの中で見えるもの http://weltgeist.info/?p=11729の中に登場した「彼女」のその後です。
やはり数日後には、また道端に戻ってきて変わらない路上生活を送り、そしてある日、スリムになって路上に帰ってきました。一週間前か、すくなくとも10日前はお腹が大きかったので、あまりの早さに、私は口をぽかんとあけて思わず立ち止まって彼女を見つめてしまいました。私の中の常識や固定概念はことごとく覆されていきます。しかし私はどうしても気になって、彼女に話しかけるきっかけを探していました。
その日もまた、雨の日でした。銀行のテナントが入っているビルの軒下で、雨宿りをしながらガードマンと笑顔で言葉を交わしている彼女を見た時、今だと私は思い、持っていたシフォンケーキとアイスティーの紙袋を差し出しました。赤ちゃんはどうしてるの?と聞いたら、うちにいるよ、男の子。と彼女は答えました。元気なの?と聞いたらちょっと顎を突き出して二回頷いていたので、おめでとうと言って私はそこを立ち去りました。

学校に行かず、路上でコインや食べ物をくださいと言って日中の大半を路上で過ごす子どもたち(本文とは関係はありません) 撮影:羽賀智美

学校に行かず、路上でコインや食べ物をくださいと言って日中の大半を路上で過ごす子どもたち(本文とは関係ありません) 撮影:羽賀智美

日本人である私のこの行動は、本来であれば基本的にはやってはいけないことです。路上の子ども達や、物乞いの彼女などと目を合わせてはいけないというのが普通の感覚であり、日本人が取るべき常識的な行動と言えます。私はマニラ暮らしが2年を超えました。貧困支援のサポートが入っていないエリアの路上の子ども達に毎日あまりにもすれ違いすぎて、素通りを押し通すことに疲れたのかもしれません。しかしこれは一回きりの話で、その後彼女が自分からコインや食べ物を私にせがむようなことはなく、私たちは目を合わせることもありません。そのままの以前と変わらない日々が繰り返されています。

揺り戻されたこゝろ 酒井政秋

うつろな夢の中で揺れている…。

夢じゃない!

やけに大きな地震だ。これは関東か?それにしても長いな。揺れは益々大きくなった。
急いで情報を集める。
震源地は福島沖だった。
原発が心配だった。津波の大きさによっては、また5年8ヶ月前より酷い状況にだって想定できる。
しかし…。
すぐに情報は出てこなかった…。
東電のTwitterには、「■お知らせ■11月22日午前5時59分頃、福島県沖を震源とするマグニチュード7.3の地震が発生しました。現在、この地震による当社設備への影響を確認しております。詳細がわかり次第、お伝えいたします。」とのツイートだけ…。

あの時、何をあの企業は学んだんだ。と唇を噛み締めた。

後から東電は情報をツイートしてきたが、その前にメディアからの情報のほうが早かった。

不安がわたしの身体を包み込む。

最悪の状況をいつも想定し、1日の最後には必ずガソリンを満タンにする習慣が5年8ヶ月前にわたしのルーティーンになっていた。
食料の備蓄もしておいた。

でも実際備えても、またあの日の経験をしなくてはならないのか?その不安だったのだ。

明日がまた平穏に訪れるなんて保障はない。

パソコンとテレビと睨めっこをして、とにかく情報を集めて備えた。
気づけば2時間同じ体勢で情報を集めていた。
その間、友人の無事を各々確認したり、心配のメール、コメントが次々ときた。嬉しかった。その皆んなの祈りが不安を緩和してくれた。徐々に冷静さを取り戻していた。

仮設住宅の知り合いに声掛けをした。
みんな「あの日」の地震にこゝろは揺り戻されていた。
精神的に落ちこんでいる人は、「テレビを見ると身体が震えてくるからつけられない。」

「まずは原発が心配になった。」

そんな声が聞けた。

みんな目の奥は5年8ヶ月前の3月11日になっているようにわたしからは見えた。

自分が無理だと思ったらテレビや情報は見ないほうが良い。ストレスになるだけだから。と声をかけた。

改めて思った。

東京電力という企業の体質は何ら変わっていなかった。
ただ、5年8ヶ月前と違うのはSNSが普及している面、東電の中でも発信をしてくれる人がいた。ということだけ。
しかし、SNSをしていない人にとっては情報開示が遅いことで心労が深まったのではないか。ということだ。

改めて東京電力各位には速やかな情報開示をこの場で求めたい。

避難者の心労はまたひとつ深まったことを再認識し、改心し誠心誠意ある態度で臨んでいただきたい。

政治家の皆様には、地震が起きる度に原子力発電所の心配をしなければならないこの不安を取り除いて欲しい。
不安が押し寄せるエネルギーは時代遅れではないでしょうか?
日本列島はいや、地球は活動期に入っていると昨今相次ぐ天災で思います。国民を守る立場において、経済優先ではなく国民の生命を優先させなければならないのではないでしょうか?
核というものに平和利用なんてあり得ないということにまだ気がつかないのでしょうか?
原子力というエネルギーからの卒業するという転換期がやはりきているのではないでしょうか。
再稼動の道ではなく、エネルギーの転換する道へと進んでいくよう働きかけ・提言をよろしくお願いします。

もう2度と同じ経験をする被害者を出したくない。

それを痛切に感じた今朝の地震だった。

 

引用文:「東京電力(原子力)Twitter」より